107・二人の忍者の戦いを見守る二人
「おかしい」
「何がおかしいの?」
俺の呟きにユーティーさんが反応してしまった。
一切声を出すなと言われた事をすぐに思い出しんだろうね、慌てて両手で口を押さえていた。
そんなユーティーさんに「大丈夫」と微笑んだつもりだけど、ううん、もしかするとすぐに忍者同士の戦いに集中してしまったから笑えていないのかも。
半分は応えが返ってこないと知りつつも、ユーティーさんに何がおかしいのか説明した。
でももう半分は独り言だったと思う、先程よりも激しい討ち合いに気を取られていたから、目をそらせなかったから。
無いんだ、別に今は隠密行動を取ってるわけじゃないのにとう……じゃなく師匠から気配がまるで感じられないんだ、まるで生物じゃないただの人形が勝手に動いているみたいに。
二人の会話の流れから、師匠の言葉から考えればあの男は間違いなく敵。
だからこそさっきまで師匠にはちゃんと殺気があった、もちろん師匠は本気じゃなかったけど。
でもそれは向こうも同じ。
やる気は無い、それは事実みたい。
使った魔法も師匠を狙ったように見えるけど、実際はただの足止めにしか使ってなかった。
でも……悔しいけれどこの戦い、師匠には不利だった、追い詰められていたのは師匠の方だ。
師匠はあいつと違って本気を出さなかったんじゃない、出せなかったから。
武器が刃こぼれしないように、折れないように魔法を何度もかけ直しているんだけど、自分の剣術に魔法の方が追いついていない。
まさか強すぎた、早すぎた剣術が足を引っ張るなんて……。
おかげで刀を振るう好機は何度もあったはずなのに、攻撃は体術に頼り、魔法は回避するしかなかった。
それに引き換えあいつの魔法、信仰系魔法のように完全に詠唱無しで使ってると思ったけど違う、あれは簡略化された詠唱だった。
正体は腹話術、あいつの魔法は言葉や音じゃなくて口の動きで魔法を使っていたんだよ。
布で口元を隠していたのは正体を隠す為なんかじゃない、どんな魔法を使用したか隠す為のものなんだ。
あれもおかしいと思ったんだ、喋っている時に口を隠した布の揺れる動きが、声を発した時と一致していないって言うか、それ以前に喋っていても動いていなかったからおかしいって。
だけど声を出しての水の魔法で師匠の動きを封じた時、初めて声と布の動きが一致した。
あれのおかげで魔法詠唱の正体に気が付いたよ。
魔法の使用速度も異様に速い、もしかすると母さん達よりも早いかも。
二つの斧も師匠相手なら相性が良い、一方の斧が魔法効果を失ってももう片方が残っているからね。
体術の方もそうだ、脚力を強化して有利なはずなのに、向こうは風遁疾風迅雷の効果が高いのか師匠にも負けていない。
向こうの斧術と比べ剣術は圧倒的に師匠が上だけど、魔法による強化と保護が間に合っていない。
体術はそれでも師匠がまだ上なのが救いだけど、問題は魔法が完全に向こうが上って事。
さっきも言ったけど魔法発動が早く、師匠が魔法を一つ使う間に、向こうは二つから三つまっで使っているほど早い。
せめて使っている刀が二本なら、あるいは脇差じゃなく俺が持ってる打刀なら間合いが変わる、距離も取れて不利な状況を補えたのに。
なのに戦い方が急に変わった。師匠の変化で向こうも完全に命を奪いに来ている。
魔法は変わらず回避だけでなんとかなっている。
けどこちらの刀はどちらかの斧で防がれて、続けて連続の二撃目の攻撃を行っても、魔法の掛かってない刀が魔法の掛かった斧で防がれる。
運よく向こうの斧よりも体術よりも早く攻撃出来たとしても、普通の魔法攻撃のおかげで躱されるかこっちが躱かになってしまってる。
今は何とか刀に負荷が掛からないように剣術で緩急をつけているけど、魔法のかかった武器と魔法のかかっていない武器とでは明確な差がある。
時々聞こえる刀と斧がぶつかる衝撃音と金属音、金属音は師匠の刀だけに強い衝撃と負荷を受けたせいだ。
師匠が何も考えていない、そんな事無いと思うけど、このままじゃあいつを斬る前に師匠の刀が先に壊れてしまう。
「何がおかしいの?」て思わず聞いてしまったけれど、僕はロイン君の状況説明の半分も聞いていなかった。
何しろ今の僕は頭の悪いこの頭でまとめる事に必死だった。
一体何が起きているのだろうか?。
この素顔を隠した男は一体何者なのだろうか?。
この二人はどうして戦っているのだろうか?。
色々と疑問に思う部分はあるけど、僕の考えが間違っていなかった事が一つあったんだ。
『ゲンジュウロウ』これがノイドさんのもう一つの名前。
ただこれも本名なのかどうかは分からない。
何しろ最長老の話によれば、偽名が必ずしも嘘にならないと言う事だった。
戦いも説明も気にはなっていたけど、今は記憶を全速力で掘り起こし最長老の言葉を思い出していた。
『ユーティー様、あやつの言葉に嘘はありません。そりゃぁまぁマリオンに言った事は一部嘘と言えば嘘かもしれませんけど、別に決して悪気があっての事ではありません、あの子の為を思っての嘘です。おほん! とにかく人探し、正確には探していた人物の足取りを探っていた事も、お酒を入手が目的だった事も嘘でありませんし、ノイドと言う名も偽名ではありません。ただ……名前と言うのは特別なもので異なる名が必ずしも嘘にならない事もあるのです。そうですね……ユーティー様ならすぐに納得できる、ご存知な例え話を二つしましょう。一つ目は親に捨てられた赤子がいました。赤子は別の大人に保護され、他の兄弟達と一緒にすくすくと成長しました。何年も、何十年も、自分を保護し育ててくれた大人がくれた名と一緒に。ですがもしも、何年も、何十年も時が経ってから産みの親が現れた時、その産みの親から名付けられた本当の名前を教えられた時、育ての親が付けた名は偽名になるのでしょうか? いいえ、そんな事はありません。産みの親が付けた名も育ての親が付けた名も、その者にとってはどちらも自分の本当の名前です。何故ならその者にとって異なる名と過ごしたその人生は本物の人生、嘘偽りなどありませんから。もう一つですがこの南アティセラ大陸のテンタルース国王も同じです。確か国王の名前に入っている『ラウル』、これは先の国王ラウルが病で亡くなった時、王位を継承した時に受け継いだ名だったはずです。その名はもしかすると国民にとっては王の称号のようものかもしれませんが、本人にとっては付いていてもいなくても、どちらも本当の名前ではないでしょうか?。そもそも偽名とは相手を騙す気があっての、本名を教えられない一時的に付けられた名前ですからね。まぁ国王が自分の身分を隠すために、相手を騙す気はないが国王とバレてはまずいから偽名を教えた、昔そんな例もありますが私ならすぐに嘘だと分かります。私の意見ですがノイドはユーティー様やクレオが心配しているよな男ではありません。意外と義理堅い男ですから信じてみてください。ノイドもロインも十六年前のあの事件とは、直接とも間接とも深く関与している関係者ではないと私は言えます。ただ一つだけ注意点をあげるとしたら、ノイドを怒らせたり敵対しないでください。あやつは降り注ぐ火の粉であろうと、あるいはそれがただの無害な粉であろうと容赦なく切り伏せてくるでしょうから。』
意識を四日前の記憶から今の目の前に向ると、ロイン君の状況説明は終わっていたけど戦闘はまだ続いていた。
ちゃんと聞いてなくてごめんね、ロイン君。
改めてノイドさんと変質者さんの戦いを観ているんだけど凄い。
刀と斧がぶつかり合い、拳打と蹴りがぶつかり合い、でも魔法と魔法が何故かぶつからない。
凄いんだけど不思議だ、ノイドさんは何故魔法を使わないのだろう?。
近づいて攻撃する事はまだ分かる。
だけど離れた時、魔法を使っているのは変質者さんだけで、ノイドさんはそれを躱だけ。
しかも戦いが始まってからと言うもの、ノイドさんはとんでもない速さで動き続けているのにほとんど休んでいない。
あれじゃ人間族の戦士の戦い方どころか、まるで僕の師匠と同じ戦い方だ。
それに変質者さんはもっと凄い。
ノイドさんみたいに腕は立つし、何より魔法が凄い。
あれ? もしかして変質者さんて幻魔族? ノイドさんとは知り合いみたいだし魔法も凄いしそうなのかも。
ただこの人の魔法も不思議、これほど凄い精霊系魔法を連続で使ってるのに、どうして信仰系魔法は一つも使わないのだろ? いや、ノイドさんも一度も使っていないけど。
それに何よりこの精霊系魔法、これだけ強力な魔法なのに周りに影響をほとんど与えていない。
あれだけ強力な炎の魔法使ったのに地面にも近くの木々にも燃えた、焦げた痕跡がまるで無い。
地面からあれだけ石が飛んでノイドさんを攻撃していたのに、地面からその形跡が完全に消えてる。
斧とか蹴りで付いた地面の傷はちゃんと残っているのに。
それに加えて驚いたのがこの二人が使ってる言葉。
明らかに違う言語で会話してたよね?
どう考えてもこのアティセラで使われてる言葉じゃないよね?
他の大陸から来た? 確かに会話の中で『船でこの大陸来た』って言っていたけど、東とか別のアティセラ大陸から南アティセラに来たって事だよね? 実際ノイドさん達は北から来たんだし。
でも一番謎なのは、初めて聞く言葉なのに、僕の知らない言語なのに、僕がちゃんとその会話の内容を理解出来ているって事、何故解るんだろう? これもテセラ様のおかげ?。