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忍者と狐to悪魔と竜  作者: 風人雷人
第一部 忍者見習いが目指すは忍者か?魔法使いか?
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105・初めての海

 四日目の朝、ロインは逸る気持ちを必死に抑え、昼前には到着する予定であるパトネートの町を目指していた。

 正しくは港町の前より先に着く、人生初めての海にロインの心は高揚していた。発端は昨夜に村で宿泊した宿屋での事。老夫婦が経営する、お世辞にも綺麗とは言えないかなり古びた宿屋だったが、夜食朝食と共に安い値段に相応しくない程の海の幸、海鮮料理をご馳走になっていた。

 代金にそぐわぬあまりの贅沢にユーティーが真っ先に驚いたのだが、聞けば年齢的にこのまま宿を続ける事は厳しく、宿を閉めパトネートに暮らす息子夫婦と一緒に暮らす事にしたらしい。ただ宿の最後を迎える前に、泊まってくれるお客さんに喜んでもらおうと、ちょうどもてなしている最中なのだという。

 そして海の事を聞いたロインの頭の中は、ほぼこれから見れる海に埋め尽くされていた。当然潮の香りが鼻腔をくすぐった時、海を早く見たくて少し馬を急がせてしまったのは仕方なき事かもしれない。







「これが海……本当に水溜りより大きいや」



 丘の上からロインの視線は、もはや波で揺れる海と遥か先まで続く水平線、左から正面へ、正面から右へと、横一直線に広がる真っ白な砂浜しか目に映っていない。

 妖精の森を出てから四日目、生まれて初めて見る海にロインは興奮し眼を輝かせていた。元々ロインが育ったテノアの町は、山と森に囲まれた土地にあるので、ロインはもちろんほとんどの幻魔達は海を見た事が無い。そんな中、海を見た事があるノイドの話と忍びの書物により、海がどのようなものかは知識としては知っていた。しかし実際その目で見た時、それが聞いたとおりだと知った時、この旅路も目的も綺麗さっぱり忘れてしまい、歳相応の少年らしくただ『海で遊びたい!』、そんな思いだけが占めていた。

 先頭に立って丘を下るロイン、本当は馬の腹を蹴って一気に駆け下りたいが、必死に我慢する。そんな気配を汲み取ったノイドは小さなため息を付き、呆れた口調で海に行く事を許した。



「分かった、馬は私が見ていているから行って来い」

「有難う父さん! ココ行くよぉぉぉっ……」



 ノイドの許可を聞くと早いか、僅かな余韻だけを残し一気に海に向かって走り出した。当然その後をココが、ついでにホイップも「ぴぃ~!」と嬉しそうに飛んで付いていく。そんな小さくなっていく姿を見つめつつ、馬から降ろされたユーティーは楽しげにぽつりと呟いた。



「湖と海を比較する人はよく聞きますけど、水溜りと比較する人、僕初めて見ました」

「確かに。ただ、北アティセラの二つの幻魔の町の中や周辺に、意外だが川はあっても湖や池は無い。比較対象が偏ってしまうのは仕方がないのかもしれないが……」



 ロインが残した馬の手綱を引きながら、『竜の里で大きなあの湖を見ているはずなんだがな』、そう心の中で付け加えるも、これもまた初めて見る竜人達と、千里視で見た姿を消した竜王の存在が記憶を占めてしまい、湖の事はスッポリ抜け落ちててしまった可能性はある。

 そんなノイドの内心を他所に、ユーティーは笑顔のまま凍りつく。



(えっと……どうしよう?)



 この四日間ほとんど会話すらなく、馬に乗る以外直接係わる事がなかった二人。内心気まずくなるも、無視したよう思われないように、なんとか乾いた笑い声を搾り出す。

 きっと感動しているのだろう、波際で立ちすくむロインとココ、その頭上でパタパタと浮いているホイップを見て、『ホイップ、僕もそっちに行きたかったよ』と心の中で全力で泣いていた。







「凄い、全部水なんだこれ。……うへっ、父さんが言ったように本当に塩辛いや!」



 波打ち際にしゃがみこみ、指に付けた海水を舐めると、その味に一瞬顔をしかめるも嬉しそうに笑う。立ち上がったロインは「水遁、水蜘蛛(みずぐも)」と、術を発動させると海に向かって歩き出す。恐る恐るゆっくりと慎重に足を踏み出していくが、水面は水溜りになったかのように足は水の中に沈まない。小さくパシャ、パシャと音を立ていくつもの波紋が生まれるが、大きく押し寄せた波がすぐにかき消す。波はロインの足にも打ち付けるが、靴もズボンの裾もまるで濡れていない。

「よし、大丈夫だ」と確認したロインはゆっくりと速度を上げていき、最後は全速力で走り出した、そこがまるで草原であるかのように。


 青く澄んだ海は信じられない程に透明度が高く、無数に泳ぐ小さな魚の群れと、白い海の底に自分達の影さえはっきりと見えるほど美しかった。

 水上に弾けるような笑い声と、バシャバシャ大きな水しぶきの音が響き渡り、近くで泳いでいた小魚達は驚いて散っていく。

 わざと足を強く踏み込み大きな音を立てるその姿は、忍者ではなく長靴を履いて水溜りではしゃぐ幼子だ。

 ロインの『楽しい、嬉しい、面白い』が伝わったのか、ココも嬉しげに周りを走り回り、ホイップも回転を加えるなど、楽しそうにくるくるとまわりを飛び回っていた。そして……。







「あ、転んだ」そう呟いたユーティーの目に、ひと際大きめの波に足を取られ、全速力のままの速さで水面を転がっているロインが映る。まるで氷の上を滑るようにかなりの距離を転がり続け、完全に止まったロインは大の字になって水面に寝転び、痛みに耐えているのか暫く黙って青い空を見つめていたようだが、やっぱりそんなに痛くなかったのか急に笑い出した。

 心配そうに傍で固まっていたココとホイップも、笑い声に安心したのか、圧し掛かるようにロインの胸に飛び込み、受け止めた後に更に大きな声で笑い出す。



「僕、海の上を走った人も海の波で躓いた人も、初めて見ました」

「ああ、確かに。躓くなんて私も初めて見たよ」



 丘を下り砂浜を前に立ち止まった二人。ほんわかとした表情で呟いたユーティー言葉に、ノイドも嬉しそうに笑って応えた。その応えたノイドの笑顔を見たユーティーは驚き、思わずその横顔をジッと見つめてしまっていた。



「ん? どうしました?」

「いえ、ノイドさんて笑っているはずなのにどこか無表情と言うか……あっ、すみません、そう言う事じゃなく、そんな風にあまり嬉しそうに笑ったりするような人じゃないと言うかなんと言うか」

「嬉しそう? 私が?」



 今度はノイドが逆に驚き手で口元を隠す。

 視線を外し、ココとホイップを抱きしめ楽しそうに笑っているロインを暫く見つめながら考え込んでいたノイド、手を下ろし再び見せた表情は優しく穏やかだった。



「……そうか、そうだな、確かにユーティー殿の言うとおりだ、私らしくない。ただ、自分の子が楽しんでる、喜んでいる姿を見て嬉しくならない親はいない」



 まだ水面に寝転がったままじゃれあっている一人と二匹を見守るノイド。

 ユーティーも同じ光景を見つめながら、ノイドの言葉の意味について何か考え込んでいた。そして勇気を奮い立たせ声を搾り出した。



「ノイドさん、一つだけ、質問、しても良いですか?」

「ええ、どうぞ」

「……幻魔族とか、人間族とか、種族の違いがあると思いますが、父親って、皆そういうものなんですか?」

「さて……どうかな?」



 少し落ち着きを失い始めた二頭の馬をなだめながら、『嬉しくならない親はいない』、そう言いきったノイドが何故か疑問系で答えた。馬が落ち着いた事を確認してから「違う、んですか?」、そのユーティーの疑問にノイドはロインの更に向こう遠い水平線を目に映し、『本当にらしくないな』と寂しそうに心の中で呟き、自分の父親の事を語り始める。






 私の父は人前でほとんど感情を見せる人ではなかった。

 一度も笑った顔も泣いた顔も見た事が無い。せいぜい激怒した姿を何度か見たくらいか。

 母が亡くなった時もただ「そうか」、そう冷たく一言だけ残し極自然に受け入れていた。

 生まれた時から苦楽を共にしたはずの仲間の死さえも同じ。

 だからかもしれないな、幼い頃の私は感情を見せない父が怖かった。

 父に叱られぬように、見捨てられぬように、認めてもらえるよう、怯えながらも必死だった。

 いつしか私も父の前では表情を変えることが出来なくなっていた。

 いつしか父のように感情など不要なのだと信じていた。

 そんな私に新しい家族が出来た。

 妻と、子と、義理の父母と。

 私が嬉しそうに笑っていたのなら、全ては家族のおかげだ。

 ……あの頃もしも、父に怯える事無く、父に笑顔を見せていれば、父は笑い返してくれただろうか。






 それは質問の答えでもなく、また質問を質問で返したわけでもなく、自分自身への自問だった。

 その自問に何かを伝えようとしたユーティーだったが、突然ビクッっと身を震わせその気持ちを一瞬で凍らせる。



「なんて、全て冗談ですよ」



 そう吐き捨てながらノイドは一人町に向かって歩き出す。

 一瞬だけ見えた表情はいつもの冷めた表情で、先ほどまでの優しさはない。二頭の馬を放置して歩き出したノイドと、突然の変化に戸惑うユーティー。

 海中に顔を突っ込み、海の中の景色と泳ぐ小魚達を見て満喫していた一人と二匹だったが、それに合わせたかのように頭を上げた直後ロインは立ち上がり、驚くほどの速さで二人に向かって走ってくる。ただその表情はかなり焦っており、実際悲鳴に近い声が砂浜に響く。

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