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忍者と狐to悪魔と竜  作者: 風人雷人
第一部 忍者見習いが目指すは忍者か?魔法使いか?
107/114

104・ユーティー・シルケイトと名乗る者

 目的の港町パトネートを目指した三人は、馬の使用により二人だけで移動するよりも遅くはなってしまったが、順調に街道を進んでいた。


 ケツアルクアトルとの戦闘後、妖精の森を含む南北の森を抜けた後も、あっけないと言えるほど楽な道のりだった。

 元々幻魔族と争っていた人間族、ある意味魔物と同じ扱い、同等の警戒心を幻魔族に持っていた。それゆえ妖精の森の外部、周辺では砦が多く点在し、争いが無くなった後はいくつかの砦が廃棄されるも、残された砦は傭兵達の休息場、つまりは仮の宿場町、仮の傭兵ギルドとして機能していた。おかげで現在では南アティセラの中でも妖精の森の外周は対魔獣、対魔物に対しては非常に安全と言われ、北アティセラと比べても人口密度の少ない小さな村も数多く生き残っていた。

 それもあってか野宿する必要が無く、旅人や傭兵達は砦を再利用した仮ギルドか村で宿を取り、値段と質の差はあれど常にベットで眠る事が可能、初級者から中級者の傭兵達にとっては非常に安全、しかも人間も増えれば当然この周辺に発生する魔物、一部の魔獣は傭兵達を狙ってやってくるので、狩場としては安定した地域でもあった。

 当然ロイン達三人はケツアルクアトル以降は襲われることは無かった。


 そのおかげもあり馬で進める所まで進み、休息は野宿をせずとも好きな時に比較的自由に宿をとる事が出来た。

 当然の事だが、ロインとノイドの二人は傭兵達や村人からは奇異の目で見られる事となる。が、ノイドは元々気にしておらず、ロインもさすがに慣れていた。ユーティーに至ってはココと同じ、姿こそ変わらないが瞳の色を変え普通の人間のように振舞っている。闇の翼も出てない姿は、誰が見ても彼の事を神の眷属、天使とも悪魔とも思う者はいない。

 その中でホイップに関してはその小型犬サイズの大きさから、竜族と言うより蜥蜴と思われているようだった。しかも空気を読んでバレないようにしているのか、それとも本当に眠いのか、人のいる場所ではいつも眠そうに目を閉じているので、その青い瞳を見た者がいない事も要因になっていた。

 そんな中、一日目にして少々微笑ましい事件が起こっていた。

 ホイップもココもいる事から宿を取る際、村では犬を連れた傭兵が寝泊りできる宿屋を、それが無理なら比較的自由な元砦を使ったのだが、ホイップはロインに対してごく自然に懐いていた。ロインの胸に飛びついては抱っこしてもらったり、頭の上に飛び乗ってはお得意の甘噛みを披露したり、結果やきもちを焼いたココがホイップを追い掛け回していた。

 ただノイドには違いが分からなかったがロインの目から見ても、またユーティーの目から見てもココは本気で怒っているわけではなく、仲良くじゃれ合っているだけだと言う。結果二日目以降は、眠る時二匹はロインのベットに潜り込んだり、移動の時はホイップがロインの頭の上に、ココまでも昔の子ギツネ時代の大きさまで小さくなって、ロインの膝の上に陣取るなどとなっていた。おかげですれ違う人間族の視線が益々ロインと頭の上のホイップに集中していた。ただし相変わらずココに気が付く者はいないが。

 定期的にユーティーが「本当にごめんね」と申し訳無さそうに、濡れた頭を拭く為のタオルを手渡される旅路となる。


 二日目の昼過ぎにして進んでいた街道は二つに別れる。

 そのまま真っ直ぐ東に向かえばこの国の首都である王都チェノア、北へ、更に北東と進めば港町パトネートにたどり着く。

 当然北に進み峠などを越え、最終的に四日目の午前中に目的地であるパトネートに到着することとなる。

 尚この四日間の間に、ユーティーについていくつか分かった事がある。



 一つ目はココと同じような能力を持っている可能性がある事。


 まだ濡れた姿と瞳だけなのでどこまで変えられるかは分からないが、もしかするとノイドに姿を変えたココのように、全く別の姿に変えられるかもしれない。

 あるいは今のユーティーの姿こそ、人間族の噂であった『悪魔に殺された先代会長とその息子』のどちらかであり、本当に悪魔と呼べるような姿、あるいは天使と呼べるような姿を別にもっているのかもしれないが、そこまでの答えは残念ながら不明だった。

 また食事に関しては先に聞いたとおり、ココと同じく食べても食べなくても問題が無い。ただ味はちゃんと理解しているらしく、美味しくないものは食べたくないし、美味しいものなら何でも食べたいと本人の談。

 ホイップに関してはクレオ達が食べている同じ物、同じ量を食べているそうだ。ホイップは見た目に反し肉よりも野菜や果物が大好物らしいが、少なくともこの十六年間、つまみ食いをしたり無断で畑の野菜を勝手に食べたりした事は一度も無いという。



 二つ目は制限内であれば色々な物を創り出せる事。


 タオル以外にもランプ、食器、釣竿、移動中その時その時必要な物を、その手に闇を生み出し、闇は実物と変わらない物を創り出していた。

 そんな何でも創れると思われたユーティーの力に制限があった。

 ロインは何気に『刀を作ってみて』とお願いしてみたのだが、そうそう何でもうまく創れるわけではないようだ。まず創られた刀だが二人が感嘆の声を上げるほどの美しい刀が創られた。その流麗な造形と輝きはまさに芸術、美術品としては非常に価値のある素晴らしい物だった。だがそれは武器にはならない、見てくれだけのハリボテだとノイドはすぐに見抜いた。事実、ノイドは「試し斬りがしたい」と頼み、人が座れるような手ごろな石を斬りつける、刃こぼれしないよう風遁術の刃まで使って。しかし石には小さな傷が付いただけで、刀は刃こぼれどころか真ん中から折れてしまったのだ。ノイドの技量ならそれ相応の刀剣であれば、石どころか斬鉄すら可能だ、刃こぼれ一つもせずに。だがユーティーの創った刀では石は斬れない、それどころか『石を斬ったから折れた』ではなく、『ノイドの剣術には耐えられなかった』と言うのが折れてしまった一番の理由だった。


 ユーティーの創造にはその物に対しての知識が必要だった。武器にしろ道具にしろ生活用品にしろ、それらの形成、性能、能力、効果、これらはユーティーが一度見てその手に触れなければ、知っていなければ完全な創造と再現は不可能。結果、見た目だけの刀が創られ、また『今度は折れない刀を』と言われて何度か創ってみたが、全く切れない刀だったり、普通の両刃の剣が出来てしまったり、挙句の果てに刀と言うよりただの薄い細長い鉄板が創られたりと、「あちらを立てればこちらが立たず」と、とても刀と言えない中途半端な物しか創れなかった。

 ユーティーに改めて聞くと「美術品としての刀は知っているけれど、戦闘用の刀なんて見た事もなければどんな物かも知らないんだよね。正直ノイドさんがケツアルクアトルを斬ったのが刀だなんて今でも信じられないよ。一度直接触れて見せてもらえれば同じ物を創れると思うけど……」と答えが返ってきた。

 もちろんやんわりとお断りしたが。


 また食糧を、材料だったり既に調理された物だったり創れないか、そう確認したのだが一応は可能だった。ただ「これって汗とか自分の身体から排出された物から作られたような物でしょ? それって自分でも食べたくないし、他人にも食べさせたいとも思わないかな~」

 その言葉以降、食べ物関係だけは一切創られる事がなかった。



 三つ目は気が弱すぎる事。


 クレオに対する態度でうすうす分かってはいたが、この四日間の対応も遠慮と言うより明らかに顔色を伺いながら、特にノイドに対し怒らせないように気を使っている、そんな態度になっていた。

 幸いロインにはココとホイップを通じてか、楽しそうに友達のように接するのでその落差はよく分かった。もっとも幻魔の二人に代わって人間族と対応する際に、人の良さそうな村人などは満面の笑顔で対応するのに対し、厳つい顔をした店主や大きな体をした傭兵相手と話す時、まるで化け物の前にした女子供のように、完全に怯えていた姿はもはや天使でも悪魔でもなく、どこにでもいる気の弱いだけ普通の青年そのものだ。


 ユーティーとクレアが警戒をしていた事は最初から分かっていた。

 いかに忍術を封じようとも素人になるわけではない。

 ユーティーの気配が読めなくとも、クレアが自分に向ける警戒心はハッキリと分かっている。


 ケツアルクアトルをノイド一人、剣術のみで倒したのは言うなれば発破だ。

 もちろん初めて見る魔物の戦闘能力を、ロインに見せる事も理由の半分だが。

 いくら剣が得意と言っても、幻魔族が一切魔法を使わないと言うのは絶対にありえない。

 幻魔族でなくとも十年以上、幻魔と暮らす者ならばそれくらいすぐ分かるだろう。

 しかし、ユーティーはノイドに対し警戒どころか距離をとりはじめた。

 馬に騎乗する以外は出来るだけ係わらないように、何かあってもロインを間に挟み直接係わらないように。

 もちろんそれ自体がノイドを偽った演技である可能性もある。

 かつて暗殺の任務中に目標人物の部下がノイドを疑い、表向きは笑顔で親しく近づこうとするが裏ではノイドの事を探ろうとした。当然そのような敵対行動を取ったその時点で、目標より先に消す事も珍しくなかった。

 しかし今回に至っては彼こそが目標人物であり、想定した行動はまるでとらない為に、どう対処すべきか戸惑っていた。

 人間族達との対応も、四日間は商会の会長である事も伏せていた為、結局先の三つを除き、ユーティー・シルケイトの正体も未だどんな存在なのか、そもそも本物の天使なのか悪魔なのか、どちらが正しいのか分かる事は無かった。













 夜が開け太陽が昇り続け昼にはまだまだ遠い薄暗い森の中。

 黒い外套に身を包み顔が見えない程フードを深く被った男は、しゃがみこんで右手を地面に押し付けていた。正しくはその右手に先ほど捕まえたかなり大きな蛇が、その男から逃れようと激しく暴れていた。

 男は両手で無造作に蛇の頭を引きちぎると、頭だけ放り捨て頭を失っても尚暴れ続ける蛇を、焼かずに生のまま食べ始める。その時、獣なのか木々の向こうで白い影が音もたてず動いていたが、男は気にも留めず蛇を食しながら歩き出す。

 土や落ち葉を踏む音も揺れる葉と枝の音も立てず静かに、気配も無く歩く男の姿はまるで幽鬼のようだったが、その男から漏れた生気溢れる声に、彼が亡霊の類ではない事が分かる。



「あぁまったくよ~、小太郎の奴も無茶言いやがるぜ。大陸で人一人探せなんてよ」



 霜雪轟之助(そうせつごうのすけ)は時折、口の端から流れる蛇の血を手の甲で拭いながら、この大陸に上陸してから今日まで十数回目になる愚痴をこぼしていた。



「大体よ、下忍が使えないってだけでここまで厳しいとは思わなかったぜ。いやまぁ裏切りもんだし多少の覚悟はあったさ。だが蓋を開けてみればどうだ? 百年もかけて集めた世界の情報が本当に聞いていたのと全然違うじゃねぇか。魔獣はまだ良いさ、普通の獣よりつえぇのは確かだが俺の敵じゃねぇ。最悪操れば良いんだからよ。魔物だって呼ばれてる妖怪もまだ良い。魔獣と違いピンきりあるって聞いていたし、実際忍術にも似た妙な妖術を使う奴もいたが、こっちの忍術は通用するしな。今のとこ大した奴には遭っていねぇし、問答無用でさっさとやっちまって問題ねぇのは助かる」



 進むべき方向が分かって進んでいるのか、迷いなく力強く歩く轟之助は食べては愚痴り、食べては愚痴りを繰り返していた。蛇も半分ほど食べた頃には完全に動かなくなっていた。



「問題はこの大陸に暮らす連中共だ。小太郎から聞いてはいたが何なんだあの壁は? 城なら解るが何で町ごと壁で囲んでんだよ。おかげ入るのも調べるのも出るのもコソコソしなきゃなんねぇじゃねぇかよ、めんどくせぇ。ついでに金もねぇから町の食いもんは食えやしねぇ、折角良い匂いしてんのによ~。だが問題はあいつだ、いきなり襲ってきた奴。ありゃ何だ? どう見ても忍術じゃねぇか。剣術の方も腕は立っていたが、どうも時々変な動きがあったな、動いた本人が一番焦っていたみたいだが。まぁ上忍、ヘタすりゃ十人衆の一人になっても良い実力だったぞありゃあ。つうかどうすんだよ、この大陸の連中とは係わるなって言われてんのにいきなり係わったじゃねぇか。あの馬鹿でかい町、絶対城下町だよな? 町の中央にあった馬鹿でけぇ建物、絶対に城だろ。顔を隠した怪しい黒マント? 完全に俺じゃねぇか、手配されてどうすんだよ。つうか国の兵士ぽい連中連れてたしまさかとは思っていたさ、まさか本当にそのまさかが当たるとは……」



 その場で止まり最後の尻尾を口に放り込み、懐からひょうたんを取り出し水で一気に流し込んだ。「ぷはぁ」と息を吐き、空になったひょうたんをしまいながら水と血の混じった口元を拭うと、祈るように両手を合わせ、枝と葉でほとんど見えない天を仰いだ。



「願わくばこの事があいつらにバレませんように、っと」



 再び森の中を進み始めた轟之助だったが暫くして、「ん?」と小さく声を漏らす。

 立ち止まらず進んでいくと、目の前に白というより灰色の狼が一匹身動きせず立ち止まっていた。

 正確にはそれが『元狼』である事は轟之助は知っている。

 そして今はそれが魔獣である事も知っている。



「どうした風斬(かざきり)?」



 風斬と呼ばれた元忍狼は顔を上げ鼻とヒゲをヒクヒクとさせていた。

 かつて四代目半蔵が忍犬に代わって育てた二匹の忍狼のうちの一匹。

 見た目も大きさも当時とほとんど変化は無い、見た目だけなら正真正銘普通の狼。

 だが瞳の無い真っ赤な目が、一度振り返り訴えるかのように轟之助を見た後、森の先から流れてくる『その匂い』の更に先をジッと見ていた。



「潮の香り? いや、この反応……そうか! 俺達が先に見つけたか!」



 嬉しそうにニヤリと歪んだ口元を、首に巻いていた手ぬぐいを上げ隠す。

 フードと手ぬぐいで半分以上の顔を隠し、唯一目元しか見えないその姿は、誰がどう見ても怪しい奴だ。



「良いぞ良いぞ! 一時はどうなるかと思ったが運は俺に向いてきた。あとは八助にはわりぃがうまく説得出来りゃぁ良いが……。風斬、おめぇはこのまま森の中で隠れていろ、誰にも姿を見せんなよ。ここじゃ魔獣は討伐対象、一応見た目だけは以前とあんま変わんねぇが、その目を見りゃ即分かっちまうからな」



 外套で隠れた腕、袖の下にあるそれを服の上から撫でる。別に触れなくとも術は発動する、発動していると小太郎から聞いてはいるが、自分の忍術とは異なる術だ、ついつい無意識で触ってしまう。



「今度は逃がさねぇぜ、幻十朗」



 轟之助は高く跳躍すると、枝から枝へと跳び渡り進んでいく。

 どちらかと言えば太めでもある体躯を持つ轟之助。

 見た目とは裏腹にまるで重さを感じさせないその動き、事実かつて枝から落ちたロインと異なり、彼が足場にした枝はどんなに細くとも折れず、そればかりかまるでそよ風が撫でたように小さく揺れるだけだった。

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