98・妖精の集落、精神体
「最後まで最長老がお役に立つはずが……色々とご迷惑をお掛けしました、申し訳ありません」と何故か頭を下げた最初に出合った長老アイリス。そんなアイリスに「何故私が迷惑を掛けた事になっている!」とインベリスは悲鳴を上げた。
「僕は魔獣の事を言ったのです。お役に立ったのが最長老と言っただけで、迷惑を掛けたのも最長老だなんて一言も言っていません。おや、もしや自覚がありましたか?」
そう冷たく言い放ったアイリス。魔獣の出現により念の為と名目にやってきたアイリスと合流したインベリスだったが、謝罪から始まったやり取りの末にインベリスは再び背を向けしゃがみいじけてしまった。そんな背中を楽しげにアイリスはニヤニヤしている。
「ごめんね、アイリスちゃんてば真面目そうで実は最長老を苛めるのが生きがいなの」
「嫌な生きがですね。もしかして他の集落の長老も?」
「私とアイリスちゃんと違って、他の長老達はまともですわ」
「……自分がまともじゃないって自覚はあるんですね」
あまり聞きたくも無いロインとアプサスの雑談を無視し、ノイドはいじけているインベリスの隣に膝をつくと小声で、まるで独り言のように続きを口にする。同じように誰にも聞こえぬよう小声で答えるインベリス。まるで自分達の周りに囲いを作るような、そんな二人の雰囲気を感じ取ってかロイン達は聞耳を立てる事も、ましてや間に入ってまで聞こうとはしなかった。
「苛められるふりもしなくてはならないとは最長老とは大変ですね」
「数千年もやってると慣れて意外と楽しいもんだ。ただあいつらに言うなよ」
インベリルの演技がノイドだけにはバレている事は想定出来ていたのか、微笑を浮かべただけで驚きは無い。
「続きですがおそらくは白の竜王です。マリオン殿がここに来た時期と竜王が討伐された時期が近い事。ドルヴァン殿が持っていた刀の材料も白の竜王から渡った物である事。そしてこの刀に白の竜王の魂を宿しておりマリオン殿の事も何やら知っていて私達と会わそうとした事。例え直接ではないにしても同時に討伐された黒の竜王のように、協力者を利用して間接的に何かやろうとしていたと思われます」
「やはり竜王か、確かにあやつらは私達以上に精霊達と深い仲だ、だからこそ、その可能性は考えてはいた。精霊に聞いても何も答えないからな。しかしまさか既に死んでいる白だったとは」
「その協力者の中に天使殿が入っていると言えば信じますか?」
「どんな理由があってお前がそう確信を持っているかは知らんがそれは絶対に無い」
キッパリと言い切るインベリルに「ほう?」とノイドは驚く。
「何故? 最長老殿達は随分天使殿を信頼されているようですが、神獣と同じ神の眷属だからですか?」
「それもあるがユーティー様は神獣様とは少々違っていてな、精霊と神獣の間、むしろその両方であり女神達に近い存在と言えるだろう」
「それはどう言う意味でしょうか?」
インベリルの話によれば神獣など神の眷属は本来、精霊と同じ精神体だと言う。では何故神獣が神獣としてこの現世に肉体を持ち存在しているのか、それは魔獣の身体に憑依しているからだ。
精霊召喚とは召喚者が精霊が宿る為の仮初の肉体をマナで造り、それに憑依し出現しているのに対し、神獣は元からこの現世に存在する生物、魔獣に憑依した存在にあたる。ただ憑依した精神体は元の動物から神化したものであり、動物とは無関係の精神体が憑依したものではない。
そこまで聞いた時、ノイドはドルヴァンから聞いた人間族の噂を思い出した。もしも、天使の中にいる精神体が本物のユーティーを殺害し、その遺体に憑依したのならドルヴァンから聞いた人間族の噂は真実になる。だがインベリスが語る真実は少々異なっていた。
「だがユーティー様は違う。ユーティー様は自分の意思で、自分の力で憑依する為の肉体を自ら創り存在しているのだ。そして本来そんな事が出来る、許されているのはこの世界の創造と破壊の女神アセラとテセラだけだ」
「精霊は憑依する為の肉体を自ら創れないのですか? 世界の全ての生物を生み出した程の存在なら出来るのでは?」
「出来るかもしれんが絶対にやらない。そもそも何故女神達がこの世界と精霊界と二つに分けたと思う? 何故自分達と同じ精神体にしたと思う? 自身が創った精霊の肉体はこの世界の生物達から見ればあまりにも強すぎるのさ。地震、暴風、落雷、洪水、火山、極寒、世にあるありとあらゆる自然災害、天変地異こそが肉体を持った精霊そのものと言えばどれだけ強いのか分かるだろ? 存在するだけで世界が滅びかねん、だから精霊自身からこちらに来る事は絶対にない。唯一精霊の強さを知り尽くせない、精霊の本当の力を想像、再現できない私達が創った弱き紛い物の身体だからこそ召喚に応え、精霊がこの世界に出現してくれるのさ。それに引き換えユーティー様は女神達のように、世界に影響を与えるほどの肉体も、戦闘どころか子供の喧嘩すら出来ないような非力な弱い肉体も自由自在に創れるお方なんだよ」
「しかし神獣も肉体の姿を、強さも変える事が出来るのでは?」
実際ココは普通の狐の姿に変えられる。強さそのものは不明だが気配を抑えることは実証済みだ。
「見た目、姿形は変えれるさ。人間だって化粧、服装、髪型である程度の変化は作れるし物だって加工と言う形で全く別の物が出来るだろう? 例えばただの鉄を溶かし鉄製の武器にも防具にも道具にも作り変える事が出来る。同じように神獣様が望めば憑依している肉体を変化させる事は可能だ。しかし神獣様と言えど無い物は創れんし変えられん。鉄が無ければ鉄の剣が作れんようにな。だがユーティー様は作り変えることはもちろん、無から有を生み出す事だって出来る。多分だが……いや、間違いなくユーティー様なら果蜜など収穫せずとも酒だけを作る、生み出す事は出来るだろ。だがそれは決してしないだろうがな」
「何故?」
「自分が作ったものは本物とは全く別物と考えておられるんだ。本物ではなく偽物だから、商人である自分は絶対に偽物を扱ってはいけない、とな。意外と人間臭い頑固さがあるのさ、素敵だろう? 神獣様の強さに関してはまぁ元は普通の動物だったんだ、そこまで弱くなる事も可能じゃないかな」
「なるほど、つまり天使殿は精霊や神獣以上、二人の女神と同格、あるいはそれに近い存在だと?」
「そう言う事だ。そしてそれらに関して教えてくれたのが精霊なんだが、この精神体ってやつは嘘をつけなくてな、偽る行為は自分の存在を否定するに等しいんだ。精神体である彼ら自身の否定行為は己の消滅を意味する、だから真実を語るか、真実が言えないなら何も語らず沈黙するかのどちらかだ。そんなユーティー様が私達も守ると言って下さったのだ、信頼するに決まっているだろ。もっとも、そんな事より何よりも、十六年前に起きた誘拐事件、ユーティー様のおかげで一人も欠ける事無くエルフの子供達が無事に帰ってきたのだ、仮に神族でなくとも私達が信頼するのにそれだけで十分だ」
十六年前、『第三者』と呼ばれた者に大賢者の一人が操られ、人体実験によりおよそ三十人の幻魔と、人数は不明だが山賊や盗賊と言った人間族が犠牲になったが、後々誘拐された人間の子供とエルフの子供達は全員無事に救出されていた。
「一歩間違えればエルフの子供達は死んでいた。それでもあなたは天使殿を信じ幻魔を許すと?」
「おい、話がすり替わっているでは……まぁ良いが……許すさ、一番被害を受けたのは幻魔族であり、ユーティー様もそう願っているからな。最後に私からももう一つ聞きたい」
「何でしょうか?」
「タダナリはまだ健在か?」
「いえ、私が生まれる前には既に」
「そうか……」
再びいじけて地面にグニャグニャと線を書き始めたインベリル、それは本人の本音を隠す為にいじけたふりのふりをしているのか、単に話が終わったからと先程の続きしているのか、どちらなのかノイドには分からなかった。