97・妖精の集落、真実と嘘と三文芝居
「有難う」
インベリスの開口一番の言葉がノイドへの感謝だった。
他の皆はアプサスとエルフにまかせ、ノイド一人に話があるから出ろと言われ外に出たのち、暫く前を浮遊する最長老の後ろを無言で歩いていたノイドだったが、聞かされた言葉がそれだった。
「何の事です?」
「マリオンの事だ、お前はあやつの正体に気が付いていたのだろう?」
「さて、何のことやら」
実際には気が付いている。マリオン、彼女は幻魔の証である黒い髪をしていたが自分と同じ紛れもない人間だ。遠い先祖に幻魔族、あるいは自分達と似た境遇の者がいて彼女達はそれらの血を強く受け継いでしまい黒い髪になった。
母親の死の原因はこの森に入る際に見せた幻。だが我が子達を守りたくて幻に耐え抜き、そして安心して死んだのだ。もちろん夫の死と親しいはずだった村人に殺されそうになり、精神的に追い詰められ耐え切れなかったのも理由の一つだろう。
そして何よりも彼女に会うまで気になっていたのは双子だったと言う事。本当に幻魔族であれば双子はありえないし、双子ではなく歳の近いだけの兄妹だったとしても幻魔族の体力で、しかも子供を連れて人間族から無事に逃げられるとは思えない。
「あのままお前があやつの過去を探っていれば、何かがおかしいと気付いていただろうな。もしかするともうとっくに気が付いてるのかもしれないが」
「最長老殿は最初から?」
「亡くなる前に母親から聞いている。紛れもない自分達の子供であり正真正銘人間であると。あの兄妹がタダナリに懐いたのも知らないながらも『黒髪の人間』と通じるものを感じたのだろうな」
ノイドはタダナリが森から消えた時どこに行ったか、消える前にどこへ行こうとしていたか尋ねた。この異界にいつまでいたのか、どのような方法を用いて本当の世界に帰ったのか、ノイドが今一番知りたい事だ。その答えによっては覚悟を決めなければならない。
「森から消えた方法、どこに行ったかは知らん。転移したかのように突然消えた事は分かっている。
『消える前にどこへ』と聞かれれば確か里に帰りたいと言っていたくらいか」
「そうですか」、そう応えたノイドは一瞬だけ気落ちした表情を浮かべたが、すぐに元に戻っていた。
「どうして真実を知りながら人間族を?」
「確かに始めはどうすべきか悩んだが時代が時代だ、二人の面倒を見る事にすぐに決めたよ。黒い髪だから人間に認められず、人間の子だから幻魔に認められない、ではあやつらは誰に認めてもらえば良いのだ?」
「だから妖精族がマリオン殿と今は亡き兄を受け入れた、か」
「そう言う事だ。別に私達妖精は人間とも幻魔とも不仲ではないんだ、追い出す必要はないだろう?」
「ええ、確かに。更に言うなら追い出しはしないが森の外にも出さない。マリオン殿は森から出た事が無いと言っているが正しくは出してもらえなかったでは? その理由は町に行けば自分と幻魔との違いに気付かれてしまうから」
ふわふわとゆっくりと飛んで移動していたインベリスだったが、宙で停止し反転してノイドを見据える。
「お前には驚かされる、たったそれだけで気が付くか。だがタダナリを連れてくると言う嘘はいけないな。マリオンの為についた嘘だろうがそれでは傷付けていないとは言え後々悲しませるだけだ」
「ほう……何故それが嘘だと?」
「昔から嘘を見抜くのが得意でな、魔法の類ではないので勘と言えば勘だが、それでも一度も外れた事はない」
そのわりに最初に会った長老の嘘に騙されていたようでしたが? とノイドは声には出さず心の中で返す。
「特にお前は嘘が得意なようだな。例えば他にも『恩を仇で返す』、半分は本当だが半分は嘘、違うか?」
「驚かされたのはこちらですよ。ええ、仰るとおりです。可能な限り恩は返しますが、主君の命令であれば恩人と言えども喜んで殺しましょう」
「お前、それは本気だろう。まるで『散歩に行ってくる』みたいに気楽に殺すなどよく言えるな」
インベリスは呆れたように言っているが、ノイドの言葉に嘘が無いと分かっているのか、僅かだが警戒の色が見え隠れしている。そんな空気を感じ取ったノイド、元より森の住人とは敵対するつもりは全く無く、すぐに小さく微笑み付け加えておく。
「ご安心を。我が主君、五代目は誰かを助けようとは言っても、殺せなどと言いませんよ。むしろそんな命令、天と地がひっくり返ってもありえない事ですから」
その言葉に暫く見つめていたインベリスだったが、肩を落とし大きくため息を付いた。
「お前の言う五代目とやらが何者か知らないがそう願おう。それで、お前さっき鈴の事を気にしていたがマリオン達がここに来れたのもやはり誰かの仕業だと思うか?」
「当然でしょう。あの天使殿ですら鈴を使ってまで私達を集落まで連れてきた。たかが人間ごときが鈴も無く自力で来るなど出来ないでしょうね。ならば誰かがマリオン殿達が隠していた黒髪をバレるようにした、ここに逃げるように仕向けた、精霊の結界を無効化しこの集落に来るようにした。あるいは可能性は低いが集落に来るまで鈴を持っていたが、誰にも気付かれず誰かが回収した」
「なるほどな、最後のはまるでこの集落に住む誰かが私達を裏切って鈴を回収した、そう聞こえて気に入らんが。まぁ良い、それで? マリオン達をこの集落に導いたのは誰だか心当たりはあるのか?」
「まだ確信はありませんがその可能性がある者は知っています。おそらくは……」
ノイドが誰かの名を口にしようとした時、インベリスが何かに気が付いたように僅かばかり顔を上に上げた。当然「どうしました?」、そう聞いたノイドだったがすぐにその理由に気付く。
「強い獣の匂いと気配、魔獣か」
「ここからは姿は見えんのによく分かったな。お前の言うとおり魔獣がこの集落に来たようだ。精霊が言うには昨日今日新しく魔獣化した奴のようだ。どうやらユーティー様の素敵な魅力に引かれ、ついでに神獣様のマナを求めて来てしまったようだ」
何故ユーティーだけ魅力なのか、この最長老ならそう言いたいだけなのだろうが。
問題は魔獣の方で一応「手伝いましょうか?」と聞いたものの、ここには妖精の森、ましてや自分よりも優れた魔法の使い手が目の前にいるのだから不要と言える。当然最長老からは「問題無い、稽古中だったエルフ達がもう向かっている」とキッパリと返ってきた。
「魔獣は若い連中の訓練相手にちょうど良い。戦い方を教えるエルフも傍にいるのだ、安心して任せれば良い。それに人間のお前がこの森で魔法を使うのはやめておけ」
「使うとどうなるのですか?」
「たいした事は起こらない。私の家族と幻魔族以外の連中が精霊系魔法を使えば森の外に追い出されるだけだ」
「家族か、だからマリオン殿は人間でありながら魔法使用を許されたのですか」
「そう言う事。それにしてもお前は自分が人間だとバレていると知ってもまるで驚かないのだな」
「そんな事はありませんよ。ただタダナリが人間だと知られてる時点でこちらもバレている覚悟は出来ていましたから」
そう言ったノイドは人間だとバレた事に驚きは無く、微笑みながら肩をすくめた。その時、中でくつろいでいたロイン達も魔獣に気付いたらしく、外に飛び出し二人に向かって走ってくる。
「父さん、魔獣が出たみたい」
「ああ、だが問題ないようだ」
「だから大丈夫だって言ったでしょう? 若いエルフ達に任せておけば大丈夫ですわ」
「そう任せておけば……うっ」
と、何故か苦しげにインベリス最長老はうめき、ゆっくりと地面に降りた後に方膝をついて苦しんでいる。「まぁ! 大丈夫ですか? 最長老」とアプサス長老が傍によると「ああ、大丈夫だ」と冷たく笑いながら魔獣が現れたと言うその方向を睨んだ。
「ふっ、魔獣め……この私をここまで傷付けるとはなかなかやるではないか」
「やだぁ最長老、その怪我はアイリスちゃんの家の扉で自滅した時の怪我ですわ。そもそも魔獣とは戦っていませんわ」
「おおそうだったな。ユーティー様をお守りしようとついその魅力に心奪われて忘れてしまってたよ」
「分かりますわ最長老、うふふふふっ」
いきなり始まった三文芝居、二人の時に起きていれば自分がこの状態の最長老を相手しなくてはならなかったのか、そうげんなりしたノイドだったがすぐに来てくれたアプサスに心から有難うと感謝した。