恋
「タケル君それ取って。」
「あっ、はい」
開店準備を始める。
青空夕日それが彼女の名前である。年は2つ上。
ここから都心に30分電車でいったところにある大学に通っていて、
彼女も土・日・祝日と同じシフトで入っている。
ここのパン屋さんの娘さんで、青空さんと呼ぶとややこしくなるから、
ユウヒでいいよと会った初日に言ってくれるような気さくな人だ。
「ユウヒ、パンをショーケースに並べて」
厨房から、彼女のお母さんの声が聞こえてきた。
パンは彼女の親御さんが焼いているのだが、クロワッサンがたまらなく美味しい。
「はーい。」
少し高めの澄んだ声。
そんな彼女を横目で見ながら、受け取ったパンをショーケースに並べていく。
カランカラン。
ある程度、お客さんの波が去ったころ、
見計らったようにレイがドアを開けて入ってきた。
「タケル~、お疲れさま。ユウヒさんもこんにちは。」
「いらっしゃいませ。レイ君今日も食べていく?」
にっこり笑った彼女は魅力的である。
「はい、もちろん。」
店内は食べるスペースもあり、レイは週に1回来店し、
いつもアイスカフェラテとその日のおすすめのパンを購入する。
レイが彼女を気に入っているのは明白だ。
困ったな。
レイがどこでバイトしているのかしつこく聞いてきたので、教えてしまった。
彼女とレイを引き合わせてしまったのはもちろん自分なのだが、
恋のライバルになってしまうとは。
そんなに、グイグイいけない自分としては気が気でないのは確かで、
レイがどこまで俺の彼女への気持ちに気付いているのだろうかは分からない。
「お待たせしました。」
彼女がレイのもとへ、パンとアイスカフェラテを運んで行った。
楽しそうに会話する声を聞きながら、
ショーケイスの前でただ立ちすくしている俺はどこか滑稽である。
こうゆう時に限って、お客さんというものは来ないものである。
今日もきっとただ彼女を見て、仕事としての会話をして終わるのだろう。
そんな毎日も決して悪くはないと思うのだから、
今でいうところの草食男子というやつなのかもしれない。
でも、できれば笑っている彼女が自分の隣にいてくれたらいいのにと思った。
「タケル君、タケル君?」
「え、あっはい。」
「なにか、考え事でもしてたの?」
フフっと笑った顔。
いつの間にか彼女はレイとの話を終え、こちらに戻ってきた。
「あっ、いや、特には」
「そう?何か困ったことがあったらいつでもお姉さんに相談しなさい。」
そう言って、少しおちゃらけてイジワルそうに微笑む姿も様になっている。
とにかくひとつひとつの言動が美しく、可愛らしく見えるのだからズルい。
先程、思ったことはそっと自分の心の奥底に閉じ込め、
「その時は、よろしくお願いします。」
と微笑んでいる彼女に、笑いながら返した。
それが、今の精一杯だ--。