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呪怪文書  作者: 花美輪 乃霧
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「養鶏所」にて

 挿絵(By みてみん)



 親愛なる不定の者たちへ

 

 あの忌々しく畏怖なる者どもから身を隠しながらの執筆であるため、不定期に更新する。私は慎重にならざるをえないと言うことを了承していただきたい。

 「養鶏所」にて

 著者: 花美輪 乃霧



 ここに記すものは1968年、N県J市の養鶏所で起きた、全く怪奇な事件である。詳しい地名は、風評被害の恐れがあるため伏せておこう。

 1945年、日本政府のポツダム宣言受諾が昭和天皇により発表され、血の匂いと火薬臭い時代は終わり、国民は失われた平和を取り戻すべく、自らが行動し、考えるようになった。

 終戦後3年が経ち高度経済成長期と呼ばれる時代が始まった。終戦から幾年が経った1968年は高度経済成長期の末期である。しかしながら、地方にはまだ、その経済成長の波は到達していなく、東京などの鉄やガス臭い都市と違い、田舎臭い、土と川、海、動物の鼻につく臭いが漂っている。全く怪奇な事件が起きたN県J市も同様であった。

 農家の土は肥料に人糞が使われ、日本特有の酸性土壌と相まって、醜悪な臭いが漂っている。この地域の河川は海水と交わる河口水域が多いため、海水の潮と淡水の湿っぽい臭いが独特な香りを発している。

 事件はN県J市の山林近くの河川と海が交わる地域で起きた。その地域は農村集落で、J市の管轄であるが、当時は道路などの交通がまだ確立されていなかったため、自立生活を強いられていた。農村集落にたどり着くには、肌にこびりつくような潮生臭い河口水域に掛かる橋を渡り、山林の林道を1時間ほど歩かなければならない。

 怪奇な事件が起きた農村集落の中に一軒、養鶏所を営む夫婦がいた。この孤立した集落の住民は養鶏所の夫婦を毛嫌いしていた。というのも、養鶏所から、一日中放たれる鶏の鳴き声、鶏が垂れ流す糞尿は、住民の鼻を捻じ曲がらせるほどの異臭が農村全体を覆っていたからだ。

 住民たちは養鶏所の夫婦に苦情を申し立てたい者が殆どであっただろう。しかし住民たちには申し立てることは出来なかった。その理由は、いささか、夫婦の奇怪な生活ぶりにあったと推し測ることができる。夫婦の奇怪さは、すべての住民を困惑させ、口を噤ませていたのである。住民たちの間で、何かしらの呪術を行っているのではないかと噂され、夫婦の気に障れば呪い殺されるのではと考える者もいた。そのため、養鶏所の夫婦には、鶏肉の取引交換以外は関わらないというのが住民の禁忌とされていた。



 奇怪な様相


 酷臭漂わせ、騒音を撒き散らす養鶏所は住居、飼育小屋、蓄殺場からなっている。飼育小屋では妻が餌をやり卵の管理をしていた。蓄殺場では、夫が生きた鶏を食肉用にするための儀式を執り行う。これはどこの養鶏所でも同様な仕事内容である。この食肉の儀式は多少残酷であるが、人間が鶏肉を食すために必要なことである。

 畜殺の儀式は日本全国の養鶏所の伝統的なものであり、N県J市の農村集落の住民が、困惑している事柄と、なんら関係ないことを予め申しておく。


 農村集落の住民が恐れている、夫婦の奇怪な生活様式は真に異常で、困惑を抱かざるをえないほどの奇々怪々なものである。

 養鶏所の敷地内のいたるところに、怪異を感じさせる御札が貼られ、敷地を囲む腐りかけの柵にも張られており、その光景を眼前と見る者に鶏の酷臭と相まって、畏れと鬼胎を抱かせる。この景象からも夫婦の奇怪さを感じられる。

 さらに養鶏所には藁で作られたカカシが数体設置されている。カカシは敷地外からも確認でき、腐りかけた柵の隙間から伺い知ることができる。鶏の糞尿で濃くなった酸性の土に、斜めにカカシが差し込まれている。養鶏所に不必要なカカシには御札が貼られ、これにより極めて珍妙な不自然さを住民たちに感じさせているのだ。

 一人の百姓が野菜と鶏肉の取引に訪れた際に、その景象を眼前にし、瞬と勘ぐったのである。養鶏所の夫婦がカカシで呪いの儀式を執り行っているのではないかと。その勘ぐりは瞬く間に集落中に広り、噂されるようになった。

 噂は尾ひれがつき、カカシの形をした藁人形での呪いを恐れた住民は子どもたちに、養鶏所に近づくことを忌ましめたのである。

 しかし、この忌ましめは藪蛇で、子どもたちに余計な好奇心を与えることとなった。



 遊戯


 集落住民の悪戯坊主三人が男試しと称して、有ろう事か養鶏所に侵入するという、真に驚愕的で無思慮な遊戯を行って見せたのだ。

 数分の相談の後、子どもたちは誰が忍び込むか虫拳で決めることとなった。二人は蛇(人差指)を差出、一人は蛙(親指)を出した。親指を出した子どもが養鶏所に忍び込むこととなった。


 親指の子どもは腐った柵の隙間から養鶏所の様子を伺った。子どもは強がった態度を見せながら敷地内に侵入できそうな場所を探す。

 異臭を放つ腐った柵は、地面に突き刺さっている。酸性土壌の影響により、柵が朽ち果てている部分があることに子どもは気づき覗き込むと、柵の向こう側が林となっていることが解った。身を隠せると踏んだ子どもはそこから養鶏所に侵入することを試みることにしたのだ。

 子どもは土に膝をつき、朽ち果てた柵の隙間に腕を差し入れ、胴を酸性土壌に這わせた。そのまま匍匐にて子どもは、酷臭立ち込める領域へと踏み入れるに至った。

 子どもが養鶏所の林に侵入すると、先ず似て醜悪な眼差しで睨みつける数体の藁人形じみた人間大ほどのカカシが奇態なる様相で聳そそり立っていた。藁人形からは、藁の青臭い酸味のある臭いが発せられており、その発酵した藁の頭部、胴体が木製の棒で貫かれる形で、無造作に土に突き刺さっている。この形状の物体が、敷地内のいたる所に配置されている。子どもが数えた限りでは七体だったそうだ。

 七体の藁人形の頭部には御札が張られており、中には千切れて半分無くなっているものもあったらしい。御札には赤い色で漢字らしき文字が書かれていたようである。どの藁人形も丸裸で、藁が剥き出しになっている。その異様さに畏怖の念を抱きながらも、子どもは林の中から敷地内の様子を慎重にかつ注意深く目していった。

 醜悪かつ威圧的な藁人形以外は建物が三軒あるだけで、皆式観取に至らなかった。このおり良い間に、子どもは林から巧妙に抜け出し、一軒の木造小屋の影へと駈走った。鶏の合唱のお陰で、物音に注意を払う必要が無いことは承知していたが、子どもは慎重に行動した。敷地の異様さが子どもをそうさせたのである。



 畏怖なる探索


 木造小屋横の腐敗した木箱の影に子どもは身を潜ませながら、周囲の様子を伺う。鶏の異様とも思える鳴き声が一層酷くなったと子どもは感じていたに違いない。何故ならば、その小屋は鶏の飼育小屋となっているからだ。

 騒音を放つ飼育小屋周辺を見渡した子どもは小窓を発見し、室内を覗くため眼前の腐敗した木箱を小窓の下へと移動させた。その後、子どもは木箱に攀じ登り小窓を覗き込んだのだ。この一連の子どもの驚愕にて大胆な行動は集落の大人たちを驚愕させ、子どもたちの間では、勇姿としてしばしば語られることになったことは言うまでもない。集落の住民たちは養鶏所に近づくことでさえ恐れていたのだから、この子どもの驚愕にて大胆な行為が語られるということは、至極当然なことである。

 しかしながら、子どもの眼前に映し出された光景は、真に平々凡々たるものであり、子どもに興味を与える程の事柄ではなかった。眼前に広がった光景は、藁が山のように積まれているだけで、鶏一匹目視することは出来なかったと子どもは後に集落の大人たちに言ったそうだ。

 小僮は卑小たる眼前の光景に飽きたようで、腐敗した木箱から跳び降り、向かいの建物に駈けようと勢いづいた。

 おりしも小童は、異変に気づいたのだ。その異変は畏怖たりて鬼胎に満ち満ちていた。その異変においては、小童は慎重にならざるをえなかった。濃い酸性土壌と発酵藁による刺激臭が漂う飼育小屋の木製扉が、叫び声の如く開いたからだ。さらに、その扉が開くやいなや、きちがい染みた鶏の鳴き声が一層酷くなったのである。

 この畏怖たる喧騒が愕きとなりて、小童を卑小の念から鬼胎へと変貌させたのである。

 鬼胎なる念によって、子どもは無意識に先ほどの木箱の裏に身を隠すことができた。子どもは眼前の光景をじっと鬼胎のもと伺い知ることにしたのだ。



 魍魎たる顔面


 子どもは異臭を放つ木箱の物陰から慎み深く息を潜め、畏怖たる喧騒の元凶に目をやった。その目に映るは、面妖にて奇っ怪きわまる万物の霊長であった。体つきから、子どもはその者が女であることに、疑念きわまることなく呑み込むに至ったのである。

 喧騒たる小屋から出てきた女は継ぎ接ぎされた衣服を身に纏まとい、鶏糞だらけの白濁とした群青たる長靴で醜悪な敷地の土を踏み、住居と思しい建物へと歩んで行ったと小童は集落住民に語った。然しかれども、真なる面妖さは着衣からなどではなく、女の顔面にあった。その顔面は珍妙としか言い難く奇異を感じさせるばかりであったようだ。何故かと問うに、小童が集落住民に語った内容からう伺い知ることができる。

 奇異なる女の顔面は、正に猿人と言うに相応しく、目は丸みのある一重で瞳孔は開き、両目共に異様に離れており黒目が呆然と遠くを見据えている。その見開かれた目の異様さをさることながら、女の鼻穴は上向きで平らに広がり、分厚く膨れ、前方に突出した唇は乾燥し割れていた。その顔面の様相たるや、珍妙にて複雑怪奇で見る者に畏怖なる鬼胎を抱かせるのだった。その外見は正に霊長類の魍魎であったと小童は畏れる住民たちに語ったのである。

 集落住民の多くは食肉や卵における等価交換の際に顔を合わせた者もいたのだが、あまりにもその魍魎たる奇怪な顔面と呪術的様相を見せる藁人形の噂と相まって、祟りを恐れた住民は口を噤まざるをえなかったのだろう。この奇異なる顔面に初めて言及したのが勇姿なる小童であったことをここで申しておく。

 もちろん勇姿なる小童も例外ではなかったようで、奇異なる女の顔面に恐れ慄き鬼胎に満ちた息を呑み込んだと言う。畏怖のあまり後ずさり、逃げ帰りたい衝動に駆られたが、おりしも、ある思いが過ぎったそうだ。

 ここで舞い戻るならば、外界で俟つ二人の童子たちに蛇の如く食指と揶揄やゆを向けられると思い遣りて、内界の童子は放胆にも醜悪な敷地へと足を踏み進めるに至ったのである。



 無垢なき無知なる者たち


 時に同じく、醜悪な敷地外の人差指の子どもたちは、腐りかけの柵の前で内界に忍び込んだ小童が直ぐに帰ってくることを期待していた。恐れ逃げ帰ってきた蛙の子を嘲弄ちょうろうすることを想望したのである。

 外界の子どもたちを取り巻く環境は惧おそれのある有り様であった。

 養鶏所に張り巡らされている柵には、奇妙な御札が無数に貼られている。その札は赤い漢字らしき文字が書かれ、赤い文字は所々、黒ずんでおり奇妙さと怪異を感じさせていた。異常なほどの鶏の鳴き声と相まって養鶏所を酷悪たらんとしている。この近寄りがたい赤い文字は子どもはおろか、集落の大人たちでさえも、誰一人読み上げることは出来なかったという。その文字は呪術的様相を秘めているように感じられ、二人の子どもは気味悪がった。

 しかしながら、子どもたちは無垢なき無知さ故に、てんごうの思いで忌々しい札を剥ぎ取り、まじまじと自身の手中の上で観察したのである。その赤文字は薄手の和紙に類した物に書かれ、隅は劣化し朽ち果てている。朽ち果て腐り落ちた部分は和紙にしては太く毛羽立っていて、真に奇異かつ怪異的な異様さを漂わせていた。

 子どもたちは武勇伝の話の種にするため分捕り物と称して持ち帰ることにしたのだ。真に無垢なき無知さ故に起こした、きわめて無思慮な行動である。



 奇臭たる根源へ


 さて、酷臭漂わせ喧騒を撒き散らす養鶏所に忍び込んだ小童は、女が住居と思われる建物に歩いてく様子を伺っていた。

 その霊長類じみた女は敷地内に点在する藁人形に類したカカシを縫うように歩き去った。完全に視界から消えたことを確認した小童は向かいの建物へと駈けた。もちろん足音を気にする必要が無いことは言うまでもないことだろう。

 小童が駆け寄った建物は、木製の板で建築されており、建物の周りには雑草が茂りて、謎種めいしゅな虫と蚊や蠅共が羽音を飛散させている。建物の木壁は雨風で風化し、板の所々に節があり、その節部分は特に黒ずみ腐っている。幾つかの腐った節の部分は、蟲むしや微生物に侵食されたようで、親指大ほどの穴が開いていたと小童は後に語ったそうだ。建物は木製の両開きの扉で閉ざされており、建物正面からは中の様子を伺い知ることは出来なかった。

 小童は風化した建物の正面から死角となる雑草茂る木壁角に身を隠しながら周囲に慎重になった。先ほどのように扉が叫び声の如く開くと勘ぐったのだろう。

 慎重さきわまること相まって小童は先ほどの喧騒たる醜悪めいた建物とは全く違う奇臭を感じ取ったのである。その奇臭たるや、河口水域や人糞肥料、酸臭なす藁と鶏糞を完全極まり超越したもので、小童に悪寒を生じさせるに至った。

 小童は奇臭たる根源を勘ぐりたく思いて、覗き窓が無いかと腐敗たる木壁に探し尋ねたのである。この問い掛けにより、即妙な返答がすぐさま得られ、木壁の腐敗した穴が不均一に数箇所欠落していることを見て取れたのであった。

 無思慮で無知なる好奇心を抱いた小童は、その呆然かつ奇怪な穴へと自身の顔面を押し当て、真っ黒な瞳孔を見開き網膜に靉靆あいたいたる光を当てたのである。



 異界的奇臭


 小童の眼前に広がる光景は、心臓の鼓動を発狂じみた獅子舞の如く鼓舞させたのであった。奇臭たる根源には人影が一体、靉靆あいたいたる視野のなか確認できた。小童は、畏怖なる明るさに目が順応してくると、その人影が男であると伺い知れた。

 その男の肉体は細胞が隆起し、筋肉が盛り上がっているようで、その様相見るからに、剛力の持ち主であることが把握できる。しかしながら、その隆起した肉体は変異的で通常とは幾分異なった怪態たる様相を見せていた。隆起した肉体の男の足は胴体に似つかわしくない程、か細く、弱々しく感じられ、体幹胸部は衣服が張り裂けそうなほど膨れ上がっている。その膨れ上がった胸部鎖骨の窪みに頭部が埋もれんばかりであった。特に怪態たる様相を秘めていたのは、脅威的かつ奇怪なほど膨張した腕である。腕は胸部横の隆起した肩から、転太てんたのごとく伸張され、それは真に奇異なる特性を帯びた上腕であり、そこからさらに隆起し引き伸ばされた前腕は、酷く筋張っているように見えた。前腕から先に控えるは手の甲で、前腕から伸びた筋が甲にまで達しており、右手には錆色の包丁らしき尨大ぼうだいなる刃物を握っていたのである。

 男の顔面は鬼畜奇怪極まりなく、両目は蟀谷こめかみあたりまで吊りあがり形相険しく、常に開口された厚い唇からは黒く虫歯だらけの歯が垣間見えた。

 その男、正に奇怪かつ変容異質なる醜怪な様相でもって、この現世に事実存在しているのである。小童はその醜怪たる様相見るや、背筋は悪寒における寒気めいた感覚によりて身震いせざるをえなかったことは、考えるまでもない。

 酷怪な男の足元には、何やら奇っ怪な円図形と赤文字が書き下ろされた御札がありて、その前で腕を組んでいる。

 小童が覗いている醜悪な建造物の室内の壁は全て木材で建造されており、床は酸の臭いを発する土で覆われ、隅には藁が積み重ねられている。両開きの扉付近に風呂桶ほどの鈍血色に染まった盥たらいが置いてある。奇臭の根源がどこにあるのか小童は観取に勤めたが、その要因見つけることできず、困惑じみていた。恐らくは不快なる奇臭でもって建造物そのものが侵食されていたからであろう。

 観取勤めること暫時、奇臭たる室内にて牽引めいた音風が舞い込み、両開きの扉から一条の光が差し込んだのだ。光は埃によりて煙霧し、霧光きっこうの中から一体の霊長類じみた影が現れたのである。醜悪たる霊長類じみた雌が一匹の鶏脚を掴んでいた。その鶏は恐慌しているのか酷く騒いでいるのであった。

 小童は悪寒たる息を呑み、小さくも広汎と鬼胎なる穴から、異界的奇臭に満ちた空間を伺い続けたのだ。



 慄然たる光景


 霊長類じみた女は手に鶏を倒懸させながら、醜怪な男のもとへと歩み寄った。醜悪なる女は丸く見開かれた瞳を男の吊り上った奇っ怪たる卑しく血走った眼球へと向け、鶏を醜男に差し出したのである。あろうことか、鬼畜怪異な男は女の腕を掴み、自身の隆起した肉体に霊長類じみた女体を引き寄せたのだ。二体の鬼畜異形なる人体が抱擁し、原人たる様相の女は突出した唇を醜悪なる分厚い唇に、交わせたのである。その鬼胎たる接吻は数秒続き、激しくもその勢いが増していく。筋すじが隆起した男の腕が、霊長類じみた臀部でんぶに回り、原人たる女体が厭らしい腰振りと変化した。その異様たる接吻に恐慌したのか、鶏は猿人きわまる女の手の中で、発狂じみた喧騒たる悲鳴を上げ始めたのであった。その発狂鬼畜めいた光景を眼前のものにしてしまった小童は、建造物から発せられる奇臭と相交えた衝撃的たる不快さ故に、生涯にわたり女体不振に陥ったのである。

 発狂した鶏に我を取り戻した奇怪な夫婦は、囁き声で話し始めた様相を見せたのだ。しかしながら、小童は向かいの建物から聞こえる醜悪たる喧騒と、先ほどから恐慌し発狂している鶏の鳴き声によって、珍妙かつ怪異秘たる夫妻の声は聞き取ること至らなかった。

 秘めたる囁きが了しまううと、女体から伸びた白妙の手房に倒懸された鶏を、珍妙かつ不愉快な朱肉色の文字が書かれた御札の上に置壇したのだ。

 円形なる赤い記号の上で、鶏は嘴くちばしから奇妙に垂れ下がる肉ひげを震わし、無数に凹凸じみた皺しわで覆われた鶏冠とさかを逆立たせながら純粋無垢なる目球でもって小童を見つめている。

 原人たる面妖の女は、鶏の胴体を抑えるように蹲つくんだ矢庭に、醜怪しゅうかいなる男は畏怖なる醜悪な憤怒の形相となりて、白妙の腕によって倒懸された突出した首に、厖大なる包丁を無慈悲に振り落とし、不協和音のごとく響動どよめかしたのである。

 その慄然りつぜんたる生々しい光景を目睹もくとするやいなや、親指童子は蛇に睨まれた蛙のごとく体を硬直させたのであった。

 さらに追い討ちを掛ける驚愕的現象が起きたのだ。

 奇臭漂う不愉快極まる空間にて、響動が轟くと同時に、鶏の喉首断面から鉄砲堰てっぽうせきを切ったのごとく大量の血量が噴出したのだ。真に驚愕的現象はこれだけではなく、首無しの鶏は白妙の手から逃れ、真直一進に駈け出したのである。その光景を地面に落ちた凹凸たる皺首は、まじまじと見ていたに違いない。大量の血量を撒き散らしながら駈け出した頭部欠損の鶏は、数秒後、木壁に突当し酸性土壌の上に転がったのだ。

 その光景、真に奇怪かつ奇異と怪異に満ちた珍妙怪奇な畏怖異形なる現象であったという。小童は駈け出した鶏を見るや、大人たちが噂をしていた一種珍妙な呪術は真の話であったと信じざるをえなくなった。

 奇臭と醜悪なる夫婦の鬼畜外道たる形相、畏怖異形なる現象が相に相まって、小童の精神は発狂きわまる状態へと変動していくのだった。

 小童は慄然たる眼前の驚愕的状景から発狂じみた奇声を発しながら、小蛇たちが待つ外界へと我健忘の如く逃げ帰ったのである。



 浮遊せし言霊


 二人の外界の子どもたちは、異臭と喧騒に嫌悪しながら奇怪たる朱色の文字で書かれた御札を懐に忍ばせていた。この異次元的様相を秘めた土地においての御札は、集落の子どもたちに武勇伝を聞かせる手土産としては十分な分捕り物である。

 忽然妙怪こつぜんみょうかいにして、醜酷なる異臭を放つ養鶏所から、鶏の発狂めいた鳴き声が喧騒に喧騒を重ね響きわたり始めたのだ。二人の孺子じゅしたる童子は何事かと周囲を見渡した。遠くから険悪たる鶏たちの共鳴とは異なり、恐々に満ちた金切り声と取思とりおもとれる薄声が、鶏鳴に埋もれながらも微かに聞き取ることができたのである。

 二人の子どもは発狂じみた恐々たる叫び声に畏念なる感情を酌み取ったようで、険悪たる柵の向こうから逃げ帰る恐乱たる小童と察したのであった。

 悲鳴なると思える声が、異臭放つ柵に近づき、その発狂にて狂い叫ぶ柵の隙間から鼠の如く小童が現れたのである。

 小童は形相歪ませ、息途絶えんばかりの加呼吸でもって小蛇たる童子たちに早々と、この醜極に浸る土地から立ち去ることを哀願したのである。哀願きわまり三人の童子たちは、奇怪にて珍妙なる酷い喧騒たる臭界から離れるに至った。

 集落近くの叢林そうりんまで逃げ下った三人の童子は脚を止め、二人の小蛇は小蛙の顔相を見るや囃はやし立てる気を起こせず、只々その恐顔させた童面を呆然と眺めるだけに留まった。その顔相たる性質は奇怖に覆われ蒼白で、正真恐怖が刻まれていたのである。

 程無くして、健常たる二人の童子は好奇心と思遣の念から何を見たかと小さな蛙に物問ものといたのだ。童子たちの言葉によりて、小童は蒼白妙奇たる顔相にて語り、痙攣のごとく震える言霊が小童の怯たる幼口ようこうから飛び出し浮遊するのであった。

 さて、その言霊は夕刻までに集落中の子どもはおろか、大人たちに瞬く間に広まり、人糞肥料の怪臭を相交えて、畏怖恐々たる暗闇の夕刻なる晩がやってこようとしていたのだった。

 養鶏所にて慄然たる光景を目もくしてしまった小童は、顔面蒼白にて一時的に畏怖たる心病に蝕まれ、集落に舞い戻りても、しばらく怯えていたが、集落の人糞臭い懐臭により少々の如く心安を取り戻した。二人の小蛇たる童子が小蛙の呪土で行った所業に、尾ひれを加え蝦蟇がまのごとく語ったのである。

 珍妙奇才な無知たる短慮たんりょなる遊戯によりて、呪土における醜悪たる秘儀を目撃した蝦蟇の小童は、集落の子どもたちから自来也じらいやとの敬称で呼ばれるようになったという。

 もちろん集落の困惑なる大人たちはその話に驚愕珍舞し、危険きわまりない呪界たる区域に侵入至りて、禁忌までも犯したのであるから怪々恐覧していたに違いない。

 夕刻を過ぎても、集落の子どもたちは分捕り物と称された朱色の御札を拝観しながら武勇伝に聞き入っていた。集落の一人の頑たる大人がその様子を伺いつけ、恐怯たる視線と共に子どもたちを叱咤し、その御札を奪い取ったのであった。



 醜悪なる執念


 頑たる大人が和紙を奪い取るやいなや、その物が養鶏所の奇悪かつ忌々しき呪術めいた和紙であることに狂震と共に気づいたのだ。眼球見開き、瞳に映るは朱色の文字で、その悪寒漂う様相は眼前と周眼を異様な空気で覆い包みこむに至った。

 恐れた頑たる大人は奪取に騒ぐ子どもたちを尻目に、集落中の壮丁や老者を呼びつけ、やがて群集となりて醜悪たる奇っ怪な和紙の周りに群がったのだ。

 既に暮れた明るさであったが、群集が持つ近代的な電灯で蟲明ちゅうめいの如く辺りは照らされ、響動たる群声が放たれた。

 群集の中から一人の祈祷師じみた老婆が朱色の和紙に近寄り取り上げては、祟り起き災いと騒ぎ立て始めたのだ。その声音たるや霊廟に響き渡るごとし、奇妙たるが些か清めを感ずる鬼畜めいた枯葉朽ちたる声色であった。

 その鬼畜めいた霊廟たる響きに群集は躊躇たじろいだ。この現象が切っ掛けで、群集が発狂づき、喚声から喊声かんせいへと変貌していった。

 壮丁が燃やせと口走るやいなや、群集は声を高鳴らせたのだ。それは真に戦時下における我が元日本帝国なる巨民が上げた、狂怪にして乱舞の暗雲と歓声たる戦火の心的様態を想起させるほどであった。

 狂乱たる群声によりて、一人の老者が従軍時代を想起したのか、我知らずに集落農道を照らす篝火かがりびを手に持ちて、奇声じみた喉仏を震わせたのである。

 群集は老者に次々と道を開け、鬼畜騒然たる暗闇に鎮座する朱色の和紙の元まで、清霊の道途を開いたのだ。悪寒奔おかんはしる和紙を清めんばかりに老者は群集が見守るなか、直ひたと歩むのであった。

 祈祷師じみた老婆の老練刻まれた手には、あの奇怪醜悪にして悪寒奔る朱色なる和紙が、人糞たる臭いを纏まといた風に靡なびいている。

 篝火をもった老者が近づくや、枯葉朽ちたる婆声ばせいの祈祷たる言霊によりて、清らかにして狂信なる灯火を揺らすのであった。

 気違い染みた祈祷たる言霊が、酸性土壌に響き亘り、老練からなる手元が篝火に照らされていく。その逆光は畏怖焚かんとする炎となりて、朱色からなる和紙は、凶悪かつ醜悪なる執念に満ちた焔ほむらと奇臭へと変貌を遂げたのであった。炎舞えんまいする焔なる和紙は人糞纏う風によりて、勢いづき朽ち果てたのである。

 子どもたちは、その清霊的でありながら発狂めいた狂信的祭事と奇臭なる焔を、只々見つめるだけだったのだ。



 蛞蝓這うが如く


 この集落では通常ならば、真夜中であっても鶏が絶えず泣き喚いていたのであるが、朱色たる和紙が焔となりて消えうせた晩は、妙囲静寂たるものであった。集落住民らは長年悩まされた騒然たる夜更けから開放されたのである。

 しかしながら明朝日が昇ると、集落全土にて住民誰もが絶望し絶叫するほどの慄然たる醜景が広がっていたのだ。喧騒を遥かに超越し、轟音焔の如く叫び上げる鶏どもが集落中に点在していたのであった。その数、数百で、朱色の忌々しい奇怪たる御札が、全鶏首ぜんけいしゅに蜷とぐろの如く巻きつけられていたのだ。

 集落の農作物は食い荒らされ、農屋民家は鶏の糞尿で覆われていた。さらには、人糞と鶏の糞尿が相まって、酸性土壌は極悪きわまる異臭へと変異し、住民たちに臭覚障害を引き起こさんばかりの真の絶臭にて、羽音立てる蠅の中、集落民を目覚めさせたのであった。

 その醜景、奇臭を超えた絶悪たる様相であり、肥溜こえだめめに落ちたと見られる鶏も数十存在し、民家の中を醜悪たる臭い漂わせ、我が物と頷き歩き回っていたのである。

 この光景に眼前きわまる物とした集落民は、あの鶏首に巻かれた奇っ怪たる朱色なる和紙から、養鶏所の剛力かつ醜怪なる男と、霊長類じみた原人たる女の仕業と勘ぐったのだ。

 さらに囃し立てるが如く、祈祷師じみた老婆が、奇臭漂わせ焔に散った札は忌々しい養鶏所夫妻の嫌怖たる罠だと騒ぎ立てたのだった。集落民に老婆の言霊宿りて、群集は蛇恐れんばかりの憤怒の形相とかしたのである。

 憤怒なる形相の群集は激怒震撼たる奇声を叫び上げ、一斉に鍬を持ち、鎌を手に、あらゆる農具を取り上げた。数十の奇声なる郡声を帯びた集落民たちは朝旦たる曇天のもと、農道を蛞蝓なめくじ這うが如く練り歩き、憤怒進足たる擦音が大音響となりて、集落全土に鈍鐘を響かせた。 震怒たる群集が練り歩く光景は、真に驚愕かつ鬼畜騒然たる狂進で、養鶏所へと暴叫と共に猛進押し寄せるのであった。暴怖にて醜悪なる言霊が集落全土を染そめたのである。

 奇臭漂う養鶏所入り口に、大群めいて集結した住民たちは声を荒げ忌々しい養鶏所夫妻の名を叫ぶが、一切の応答もない。住民たちは養鶏所の鬼畜様相じみた門を憤怒噴壊し、敷地内へと蛇恐る蛞蝓かつゆの如く這流れ込んでいったのだった。



 黒錆混じる朱色


 怒りに満ち満ちた集落民たちは、怪異怪胎たる養鶏所に集い、静寂となった奇異たる土地を見事に占拠せしめたのである。喧騒響かせ鬱感たる鳴き声、もはや過去のものと過ぎ去り、住民たちの暴怖なる叫びが再び喧騒となりて、凶悪なる醜声が養鶏所を狂震共鳴させていたのだ。住民たちは怪異たる土地にて忌々しい養鶏所の主ぬしの名を叫び続けたのだった。

 しかしながら応答なく、奇臭漂う醜臭と狂震たる醜声だけが無残に一刻と共鳴するだけだった。憤慨苛立った住民たちは、不快に棒立つカカシを縫うて、奇怪忌々しい三つの建造物に強襲するに至ったのだ。あの忌々しい主をこの外界に引き擦り出すために。

 強襲する民たちは全ての建物中を虱しらみつぶし、主たる醜人しゅうじんを捕牢繋げんとばかりであった。

 しかしながらその行為は藪蛇たるもので、最悪たる奇臭漂わせる一酷の建造物にて、驚愕絶句する光景が広がっていたのである。それを見た者の中には気が狂いて、蒼白たる思いで倒れこむ者、さらには醜極自失病となりて記憶を無くし、酷いものは生涯にわたりて自失を患う者もいた。この惨たる光景は異質的怪奇様相で、米公よる原爆投下被爆人の様態すらも超越する事様と伝えられた。

 奇臭漂う建物は両開きの木製扉であった。室内に入ると、奇臭が極悪なるほどの腐乱たる醜臭へと変わったのだ。その漂う空気を吸う者全て、酸たる汚物を口々から撒き散らしたと言う。その腐乱たる鬼畜怪異なまでの臭いは錆び色に染まる盥たらいから放たれていたことがわかったようで、一人の不学なる住民が勇敢にして癡鈍ちどんなる所業を行って見せたのだ。臭根たる盥を覗き込み、冷怖たる形相へと変態したのだった。

 腐敗たる酸臭放つ錆び色なる盥の中には、黒錆混じる朱色の文字が書かれ、蛆が湧き一匹の百足が張り這っていたのである。蟲どもに躊躇たじろぎながらも、不学なる男は悪寒たる形相で直眼したのである。その文字は奇怪奇異にて忌々しい焔に消えた札に書かれていたものと同一であった。黒錆混じる朱色と奇怪きわまる文字、さらには鬼畜騒然とした極臭が総じて、見る者に悪寒たる怖念を与えたのであった。

 その文字は、口クチ、鳥トリ、子コ、人ヒト、形カタチ、に類似したもので、不学なる男が語るには些か読めぬ配置になっており、真に奇々怪々たる呪術的様相を秘めた文字であったという。

 また一方にて、近代的な電灯を持った壮丁が奇臭漂う暗霧たる建物の深部を、照らし出したのであった。



 一羽と六羽の鶏


 暗霧を照らした薄明は塵霧にて幻想たる煌きらめきを瞬と映したが、すぐさま絶叫たる厳騒無言へと変容し頽くずれおれたのである。

 形相歪みし壮丁の眼前に、無形容たる異形なる四態の物体が、酸性土壌に貼り付けられた朱色なる例の円形たる文字図形の上に、名状しがたい状態で転舞していたのであった。

 驚くべきことに、その無形用なる物体の一部が、蚯蚓みみずのたうち怪きわまる動作を見せたのである。壮丁は絶句言失、自失失いて完全に醜極なる酸性土壌に鈍響にて倒れ込んだのであった。

 この暗霧に放置されていた無形用なる物体は、四態からなり二態は手の平大の鞠まりよりも少々大きな円形物で、さらにもう二態は長方からなる塊物であったという。

 失神する前の壮丁は、それが何であるのか無知好奇なる故に、薄明を向けてしまったのである。

 眼下に転舞し壮丁伺うは、手の平大の鞠と朽ちた、霊長類じみた女と醜悪なる蟀谷こめかみまで血走った睨眼を見開いた醜怪に変異変貌せし男の顔面であった。その二つの形相は苦目痛口たりて、絶対的恐怖に絶無なる畏怖の念を含んだ瑠璃色を纏ていたのだ。

 霊長類じみた女の突出した口は、鬼畜無残にも抉えぐられ皮膚細胞が引き裂かれていた。さらには醜悪たる長なる歯茎まで眼隠無残に開口していたのだった。苦痛恨念たる顔相で、真球たる眼球は擦ずり落とされ、冥府なる眼穴が睨眼見開き呆然と無思考に朽ちていた。

 剛力と思えし男の相貌はさらに懐胎無慈悲なものであった。左眼球から右後頭部まで、畜台から産み落とされた鶏卵の如く割れ果て飛散し、流血なる臓塊が酸性土壌の一畳ほどの呪符に、染み渡っていたのである。

 両者の断首された惨たる刳えぐい傷は、喰い突かれた如く、その断面は柘榴ざくろと飛散していたのだった。

 頭部欠損の最怖たる胴は二態とも裸体であった。顔面無くした女体は震撼たる体態ていでありながら、その白妙たる肌は卑猥な様相を帯びていたのであったが、脚部に鬼畜たる臓が絡まっていたために、異形たりと醜観せざるをえなかった。

 屈強に隆起し筋張った男の腹は、柘榴なる冥穴が開口され、人糞を含んだ蚯蚓なる管が縺れ垂れ下がっていた。それは卑猥なる女体の脚部の付け根へと絡み、醜臭たる人糞を白妙なる大腿に撒き散らしていたのだ。

 忽然と縺れ垂れた蚯蚓なる臓器が蠢うごめき、臓を収める器腹から一羽の鶏が首を出したのである。暗朱に染まりし鶏は威怒なる遠吠えの如く、怖音轟かせたのだ。

 暫時即時たる瞬間に、嘴くちばしを朱に染め藁に隠伏せし残り六羽の鶏が、一斉に魑魅魍魎どもを呼び寄せんばかり鳴き喚き、畏怖なるその光景を眼前に焼き尽くした壮丁は、忘れんばかりに自失昏睡の病に落ちたのである。



 養鶏所にて


 欝感なる慄然的光景を目々とした集落住民らは、集団発狂となりて絶大なる絶句と悪寒奔る恐感となり、鬼畜鬼胎たる二体の遺体を驚愕呆然と眺めていた。

 無言たる喧騒のなか、口火を切ったのは祈祷師じみた老婆であった。老婆は霊障を引き起こさんばかりの恐声で叫び上げたのだった。忌々しい呪われた札の祟りだと、畜殺された鶏の祟りだなどと騒ぎ囃し立て、今にも狂舞するが如く誘鐘を鳴らしたのである。集落住民らは狂信めいた賛声をあげ、醜悪たるこの養鶏所に清めの油を撒いたのだった。

 不定なる者のカカシを燃やせと言う怨極まる言霊によりて、外界より醜悪たる鬼畜怪奇なる養鶏所に火種が投げ込まれたのだ。

 その火種たちまち炎となりて、業火の如く燃え広がったのだ。藁人形たるカカシを焔に舞い込み、三つの建造物が暗煙たつ朱と瑠璃の炎によりて畏怖たる炎声を上げ始めた。その恐音は魑魅魍魎どもの叫の如く、集落住民の畏怖たる心理に刻み込んだのである。

 燃え盛る炎のなか、一口いっこうの錆色盥に映るは業火に焼き尽くされ散る、四態の異形なる物体であった。

 焦土と化した残炎立つ養鶏所を直眼した群集は、焔を瞳に宿らせ呆然と立ち尽くしているだけであった。

 全ての奇臭たる醜源が消え、湧きたる憎めし鶏も、異質不自然なる奇怪極まる形容しがたい遺体も、焼き尽くしていたのだ。

 残炎立ち上る煙のなか、養鶏所にて無言に立ち刺さる怪奇なる呪術めいた七体の藁人形と、一口の盥が焦無く残り、外界に立つ一匹の蛇が最後に懐弄ふところまさぐり、嘲うたのである。

 怪奇な鳴子なるこたる人形に恐れたか、集落中の鶏が喧騒を唱え始めたのであった。終

『あとがき』


 この「あとがき」を書くために、先の手記を執筆したということを述べさせてもらいたい。

 『「養鶏所」にて』導入部分は出来るだけ平常文を使用させてもらった。これについてはこれから語る内容を読解せしめれば察して頂けるだろう。

 文章が幾分、失礼なる異形たる怪文である理由は、我が手記に呪術的様相を秘めさせたかったからである。古来より言葉には言霊宿りて人を妖あやかしに妙変と言われており、我が手記においての呪術的根源たるは、文言という言霊である。怪文をもって、我らが妙怪にして畏怖恐れる者どもを封印せしめるために行った所業である。

 この怪文を各地に点在させることにより、畏怖なる者どもを封印することが出来ると考えた。つまりは、この手記に呪術的様相を秘めさせることにより、畏怖なる者どもを手記が読まれる事によりて、怪文そのものに封印せしめるための物である。

 この手記においての一部の呪術的例を上げるなら、「醜、酷、酸」などという漢字を常用することによりて、「酉とり」の文呪を張り巡らせている。「酉」は酒を入れるカメを表した古代中国に記されている甲骨文字が由来である。甲骨文字は些か雨乞いや占い、呪いなど呪術に用いられていた。時がたち漢字と変化し日本に伝わったのである。呪術的様相をもった漢字は我が国、日本においても同様、呪術に使用された歴史がある。

 古来の術すべにならうならば、先に述べた「酉」は酒を入れるカメである。酒は人を快楽的安定的な精神を維持させる。しかしながら時に、酒は人を発狂乱舞させ破滅へと誘う。この相反する性質でもって手記全体に言霊における文呪的結界を張り巡らすことに至った。幾分、手記が怪文であるのは呪術様式に則った為である事を改めて了承していただきたい。

 「酉」の持つ相反する性質は、人の心たる陰陽五行に近いと考えられ、そのため畏怖なる者どもはこの手記を人間と思いて寄り集ってくると我は考えたのだ。また清めなる酒を入れるカメに畏怖たる者どもを封印せしめようと勤めたのである。

 しかしながらこれには、重大かつ逃れようの無い問題があり、それは人々に一怪の呪術を纏わせてしまうということである。 

 現実に至っては、この手記を読んでいるということにおいて既に我が術中に嵌っていると言えよう。その証拠に手記を読み我が怪文と呪術的要因によりて、精神的疲労が生じているはずである。また平常文からの微弱な先導的要因も大きく関与している。

 安心して頂きたいことはこの効力が著しく弱いと言うことである。もし気がかりであるならば、一つまみの塩でもって身を清め休息を取ることを進める。

 さりとて、効力が弱いとは言え、もしこれを放置するならば、重度の精神疾患を招く恐れがあると言うことを申しておく。最悪死亡することとなるだろう。

 一人一人に加わる効力が弱いとは言え、我が国の人口が一億二千万ほどであるからして、その畏怖なる念が、一つに終結したならば畏怖なる効力もまた絶大なる力を秘るということになるのだ。手記に登場した集落民のように。

 万が一を考えるならばの話だが、もしこの手記の結界を解外するならば、たちまち汝は冥府に落ちるだろう。

 さてこれは消して宗教の話ではなく、あらゆる宗教は根本的にこれを解決することは出来ない。何故と問うならば、それは万物そのものが畏怖なる存在であるからである。万物にはもちろん人間、社会、宗教、自然、宇宙も含まれているので抗あらがうことはできないのだ。これは先に述べた、陰陽五行の説話に記されていることである。

 しかしながら、言霊を読み上げることにより、幾分人に収まる畏怖なる念は消化出来るのでは無いかと我は考えたわけである。

 また「酉」の文呪以外にも数種の呪術的結界を張り巡らしているが、それに関しては控えておくこととする。その解答は親愛なる不定の者たちに委ねておこう。


 さらに一つ、『「養鶏所」にて』で登場する頭部欠損の鶏は少々怪奇な行動を起こしていたが、実在する怪奇として一九四五年九月十日、コロラド州の農家にて頭部を失った状態で、十八ヶ月生存した鶏が存在している。その光景は真に慄然たるものであったに違いない。現在では写真での記録が残っているが、著者が拝見したところ正に首無しであった。

 その鶏の名前は「首なし鶏マイク」と呼ばれ、現在では毎年5月にフルイタで「首なし鶏の日」と呼ばれるエッグレースが開催されている。この首無しの鶏は脳が一部残った状態であっため、生存できたと当時の研究者が語っている。このことから、怪奇とは小説や映画、機械遊戯コンピュータゲームの中だけの話ではではないということが解るだろう。この実在する話は解明されているため怪奇とはならないが、その光景を目の当たりにしたら万人は怪奇と思わざるをえないだろう。

 少々、話が脱線してしまったようである。私は一つの醜悪たる怪奇なる探索に失敗してから数年がたち、畏怖なる者どもに眼をつけられてしまった。今では息を潜め、慎重にならざるをえない状況が続いている。しかしながら畏怖なる者共を封印せしめる為に、さらなる手記を執筆し続けなければならないようだ。私の命が冥府に叩き落とされるまで。

 最後に畏怖なる者どもを完全に封じるために「完」ではなく「封」で締めくくることをご理解いただきたい。封

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読まれる方へ
これは実際の呪術を使用して執筆された手記です。
精神疾患等の発病については著者は一切の責任をおいません

※すでに心臓疾患・精神疾患のある方は絶対に読まないで下さい
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