1-7. まずは現状の確認から
まず、身に着けている物を確認していくと、武器として右手に戦斧を持ち、腰には小ぶりの鉈が括りつけてある。防具は厚手の丈夫な服の上に、身体の要所要所を覆う革鎧を着ていた。
戦斧を『鑑定眼』で確認すると、『バルディッシュ』という名称と、主な素材が鋼鉄であることが判明した。形状は1.5メートルほどの持ち手の先端に、巨大な三日月形の刃が付いており、重量は身体能力が変わっているため正確には分からないが、5~10kgくらいだろう。
服は『丈夫な布の服』で素材は綿で縫製はしっかりしているものの、飾り気のない地味な服だ。革鎧は『硬革の防具セット』で、鎧とヘッドギア、小手と具足の一式で、素材はグレートバイソンという魔獣の革だそうだ。
ちなみに全ての装備に『自己修復【小】』というスキルが付いており、少しの傷や汚れなら時間経過で消えるらしい。装備の手入れ方法なんて知らない俺達には、有りがたいスキルである。
次に道具類のチェックに移るとしよう。腰に括りつけてあった革のポーチと、近くに有った肩掛けのザックの中身を一通り確認していく。
革のポーチに入っていたのは、次の通りだ。
・小冊子『異世界の歩き方』
・金貨(大1枚、小9枚)
・銀貨(大9枚、小9枚)
・銅貨10枚
・着火の魔道具
・身分証らしきカード
『異世界の歩き方』は日本語で書かれた、修学旅行の旅のしおりみたいな冊子だ。目次を見る限り、所持品の説明や、異世界の基本的な知識、戦闘についてなどが記載されているようだった。
所持品についてを読むと、貨幣と魔道具についての記載があった。所持金は余裕で1年生活できる程度で、支給された魔道具は人によって違うらしい。
各硬貨の価値は、金貨1枚=小金貨10枚=銀貨100枚=小銀貨1000枚=銅貨10000枚で、銅貨1枚が約100円程度の価値だそうだ。ちなみに金貨10枚の価値がある緑貨というものもあるらしかった。
着火の魔道具は、大型のライターにしか見えない。身分証は冒険者カードらしいが、偽造じゃないだろうなこれ?
肩掛けのザックの中身は生活必需品類だ。
・革製の水袋4つ(約2リットル)
・1包み400gほどの携帯食料が6食分
・傷薬と、解毒剤
・毛布1枚、手拭い5枚
・着替え一式(丈夫な布の服と、下着)
・歯磨きセット
最低限必要なものは揃っているようで、歯磨きセットまで入っていたのには驚かされた。水と食料の量を考慮するに、2日以内に水場と食べられるものを探す必要があるだろう。
以上、装備類と所持品で総重量がだいたい30kgほどだ。前の世界ではあり得ないほどの重量だが、身体強化スキルのおかげか、どうにか持ち運ぶことが出来そうだった。
あと、少し動いて気付いたのだが、自分の身体が一回り大きくなっているような気がする。視界の位置を考えるに、身長は10cmくらい伸びて180cmくらいになっていそうだし、身体全体の作りもがっしりと骨太な感じになっているような気がする。
その上、無駄な贅肉はそぎ落とされ、細マッチョ体型に変身していた。残念だったのは、脚と胴の長さが均等に伸びたのか、胴長気味なのが変わらないってことくらいだ。
今の俺の見た目を言い表すと、革鎧を纏った凶顔で胴長の斧使い、何というか山賊の頭みたいな感じだ。
漫画とかで第1話に登場して暴れた挙句、力を覚醒させた主人公にあっさりやられるポジションだよなこれ……。よし、出来るだけ敵を作らないように気を付けよう、命は惜しいからな。
命が惜しいと言えば、このまま此処に居て大丈夫なのだろうか? 森の中ってことは魔物とか居そうだし、早いとこ安全な場所に移りたい。
とは言え、何処が安全なのかも分からないので、下手に動くのも危ないだろうし、まずは周囲の偵察が必要だろう。
周囲の偵察するとしたら、直接見て回るか、何らかのスキルで周囲を探るかのどちらかってとこかな? 速水が『気配察知4』持ちだから、近寄ってくる敵については任せても良さそうだが、問題はどの程度の範囲をカバーできるかだよな。
なんとなく、『気配察知』だと大した範囲はカバーできない気がする。この世界のスキルって、任意発動のアクティブスキルというよりは、常時発動のパッシブスキルって感じで、パッシブスキルはコストが無い代わりに効果が低そうなイメージだからな。
そうなると、アクティブスキルが欲しいとこだが、魔法がそれに該当するのかな? 〇〇魔法っていうパッシブスキルが有れば、何らかの魔法を覚える事が出来るって感じだろう。
魔法適性のスキルは確か、空間魔法、神聖魔法、元素魔法、暗黒魔法の4つが有ったな。他にも有るかも知れないけど、今のところは判明していない。
ちなみに『鑑定眼』は、ある程度近づかないと効果が発揮されないらしく、周囲のクラスメイトのステータスは見えていない。効果が発揮されるまでに1分近くかかるし、あまり多用は出来ないかもな。
4つの魔法適性の中で、気配察知の代わりが出来そうなのは空間魔法のような気がする。そうすると俺の出番だ。
俺が空間魔法と聞いて、パッと思いつくのは、空間転移、空間創造、空間把握の3つだ。
空間転移はその名の通り、瞬間移動や物質転送といった能力で、これは何となく難しそうな気がした。
空間創造は、異空間を作り出し、其処に住んだり倉庫にしたりといったもので、たぶん空間を作るのは無理なんじゃないかと感じている。
最後の空間把握が、気配察知に相当するもので、レーダーみたいな役割の魔法なら作れるんじゃないかと思えた。
何となくとかたぶんとか言っているが、俺はこの感覚がとても重要な気がしている。
天才的な人間は、人に教えることに向かないという話を聞いたことあるが、きっと常人とは異なる感覚を持っている為だろう。
今の俺も空間魔法に限れば、それが出来そうなのか、どうすれば出来るのかを、何となく分かってしまうのだ。
空間魔法を使うにはどうすれば良いか、そう意識すると思いつくことが1つ有った。
俺は、転生してから今まで無視してきたが、意識の端に、今まで認識できていなかったはずのものを感じている。
たぶんこれが、現実とは別の異空間というものなのだろう。この異空間を意識して見ると、いくつか分かったことが有った。
それは、次のような事である。
・俺が認識できる異空間を使えば、空間魔法を行使することができる
・俺用の異空間がいくつか存在し、ある程度自由に空間の設定ができる
・異空間は現実と別位相に存在し、相互で影響を与え合うことができる
・現実から異空間へ影響を与えるのは、比較的簡単にできる
・異空間から現実へ影響を与えるのは、魔力消費が大きく、難易度も難しい
・異空間に生物を長時間入れると、悪影響が有りそう
・俺が認識できる空間は現在6つまで
といった処だ。異空間については上手く説明できないが、テレビで例えるなら、2つの番組を同時に視聴出来るようになったようなものだ。
今までは、現実世界というドラマ番組を見続けるしかできなかったのが、今では裏番組のアニメも同時に見れるようになったのだ。この見る裏番組は、スポーツ番組、お笑い番組、歌番組にも切り替えられる。
とまあそんな感じであり、俺は異空間をチャネルと呼ぶことにする。当面はこの6チャネルを用いて、空間魔法を編み出していくのが俺の課題だ。
取りあえずは索敵用に1チャネル、倉庫用に1チャネルを割り当てるつもりだ。空間を作る事は不可能だが、認識できている空間を倉庫代わりにすることは出来そうだ。他には、転移系はまだ無理そうだから保留で、残りの4チャネルの使い道はおいおい考えようと思う。
そこまで考えたところで、速水が戻って来る。
「よう、取りあえず全員集まって話をしようって事になった」
「そうか、今すぐに?」
「ああ、付いて来てくれ」
まったく、良いところだったのに仕方が無い、話し合いに向かうとしますか。実りのある話し合いになればいいんだけどな……。
俺はそう祈りつつ、重い腰を上げるのだった。