1-4. 狙われたボッチ達
突然だがこれから、栄えあるボッチくん達を紹介していこう。
まずは俺、言わずと知れた転校生である、特にコメントすることは何も無い。
次に男の娘くんだ、速水を須長に取られてしまった所為か、憮然とした顔でつまらなそうにしている。
そんな顔も可愛らしく見えてしまうのが、実に恐ろしい。
次からは真のボッチくん達だ。
まず1人目の九条さんだ。
目元の鋭いシャープで美しい顔、スカートから伸びる黒のストッキングに包まれた御御足には、ハイヒールが実に良く似合いそう。
両手を組んで仁王立ちする御姿には、風格すら感じられる。これでボッチなのはきっと、キッツイ性格の所為なんだろうな。
2人目は名前も知らない眼鏡女子だ。
その表情は、黒く長い髪と分厚い眼鏡で隠されており、近い位置の俺からでさえ窺い知る事は出来ない。
背は小さいほうで、体型は驚くほどに華奢だ。ひたすらぼーっと突っ立っている姿は、プレーリードッグを彷彿させる。
3人目は根暗が服を着て歩いているかのような男子だ。
顔の造形は悪くないのだが、病的な顔色が全てを台無しにしている。背は普通なのだが、身体は全体的に細く、病弱な印象を受ける。
4人目は特徴が無いのが特徴と言ってもいいほどに、まったく印象に残らない男子だ。
中肉中背で、顔のほうも可もなく不可もない感じだ。唯一、注意深く周囲を観察する眼の力強さに、他には無い光を感じる。
クラスメイト40人中、6人がボッチとか……このクラス、ボッチ率高くね?
いや俺と男の娘くんは微妙に違うから、正確には4名だな。1割って考えると多いんだか、少ないんだかわからんね。
と、ここまでボッチくん達の解説をしてきたのには理由がある。それは俺が、この中の誰かと交流を持とうと考えているからだ。
最初に俺は、どこかのグループに混ぜてもらう事も考えたのだが、いろいろな理由で却下した。
まず、女子グループに混ぜてもらうのは、こんな状況でどこの馬の骨とも分からない男子を、仲間に入れてくれるとも思えないので即却下だ。
次に男子の上位グループに入るのもあまりしたくない。スキルの数という明確な差が生まれてしまった現在、パシリにされるのが落ちなので却下である。
そうすると、消去法でヲタコンビになるのだが、片割れのポッチャリ系は自分のことを某と呼び、もう片方のガリ男くんは拙者と呼んでいるのが聴こえてきた。
正直このノリに付いていける自信が無かったため、敬遠させてもらった。
どうでも良いことだが、このクラスのオタク達はどこかオカシイ。何というか古き悪きオタクの印象を、そのまま形にしたような感じなのだ。
ヲタコンビは前述の通りであるし、腐女子3人組はチビ、デブ、ノッポと、某有名RPGに出てくる三姉妹を彷彿とさせる姿だ。
全員メガネを掛けているので、メーガネ三姉妹とでも呼ぼうかと思っているくらいだ。
ともあれ結局のところ俺は、消去法でボッチくん達と交流を持とうと決めたのだった。
そんな余計ことを考えている内に、残り時間はもう30分を切ってしまった。
ヤバいな早いとこ誰かに話しかけないと……誰にすればいいんだろうな?
個人的には九条さんと仲良くなりたいところだが、流石にそれは無茶というものだろう。
その選択肢を選ぶには、俺の勇気と伝達力のパラメータが足りていない。
しかし、ぐずぐずしている時間的余裕も無い、俺は当たって砕けろとばかりに最初の1歩を踏み出す。
そして、2歩目を踏み出す前に、良く通る怒声が俺の歩みを阻んだ。
「あんた達、いい加減にしなさいよ!」
「クソ女は黙ってろ! いいからさっさと寄こせよ古泉」
運動部の男子2人組が根暗な病弱ボッチくんに絡んでいたようだ。
九条さんがそれを止めようとしているようだが、2人組の片割れに遮られて、思うように動けずにいるのだ。
「……わかったよ、でも僕以外には手を出さないって約束してよ」
「いいぜ~、俺らは優しいかんな、クククッ」
「そうそう、大人しく渡せば1枚は残してやるし、守ってもやるさ。まあ気が向いたらだけどな、ブハハッ」
あー、やっぱりこうなるのか。
ガラの悪い男子2人組が古泉からカードを奪い取り、1枚だけ投げ返して去っていく。
こういう輩はどこにでもいるものだ、よくよく周囲を見ると、彼以外のボッチくん達にも別グループの生徒たちが接触している。
最上位のリア充グループが居なくなったことにより、抑えが利かなくなったのかもしれない。
上昇志向の高い準上位グループが、他人の風下に居ることの鬱憤を下位グループに押し付ける。そんな歪な関係が、どうやらこのクラスにもあるらしかった。
正直、助けてあげたい気持ちはあるが、前の学校と同じ失敗はしたくない。力も無いのに粋がっても、碌な事は無かった。
木乃伊取りが木乃伊になるって言うのは、厳しい現実ではよくある話だという事を、俺は嫌というほど知っていた。
「将継……大丈夫?」
「心配してくれてありがとう、都ちゃん」
「ばっ、バカ。幼馴染としてしょうがなくよ、しょうがなく! それより、ほら」
九条さんはそう言うと、古泉にカードを1枚渡そうとする。
「貰えないよ、それは都ちゃんの物だ」
「でも、それじゃ将継が……」
「やっぱり都ちゃんは優しいね。さっきだって病弱な僕の為に、悪者になってまで走ってくれたんだよね?」
「そっ、そんなわけないじゃない! もう、いいわ……困ったら言いなさいよ、助けてあげるから」
「うん、いつもありがとう」
もうこの2人は放っておこう、これ以上見てても俺が死にたくなるだけだ。
取りあえず分った事で重要なのは、九条さんは意外に良い子だが、俺が入り込む隙は無いってことだ。
俺が2人のぎこちないながらも、甘酸っぱい遣り取りにげんなりしていると、後方から「きゃっ」という可愛らしい悲鳴が聴こえて来た。
振り向いて見ると、眼鏡ボッチちゃんがボスギャル率いる3人組に突き飛ばされたような構図だった。
「うふふっ、いい気味ね。クラス一の秀才さんなら、スキルなんて無くても大丈夫でしょ? これは私達が有効活用してあげるわ」
「……返してください」
「嫌よ、ここにはあんたを助けてくれるママは居ない。あんたの言う事なんて、これっぽっちも聞く必要は無いのよ。次に行くわよ、お前達!」
「「はい、マリ様!」」
うわぁ、3枚全部持っていきやがったよ。人数的な理由もあるんだろうけど、集団になった女ってやっぱ怖いよな。
3人組が飛蝗のように全てを奪い去っていくと、悔しそうに唇を噛んで立ち尽くす、眼鏡ボッチちゃんだけが残される。
うーむ、これは拙いな。
当初の予定だと、ボッチくんと交流を持ち、協力して異世界を乗り切るはずだった。それも、ボッチくん達が無力化されてしまうと話は変わってくる。
予定変更して、ヲタコンビに合流するか? いやそれも、時間的に厳しいし……それに、1つ気になる事もある。
あの謎の男は、カードを1枚は持っておくように推奨していた、それにこの転生に例外があるとも。そうなると、カードを1枚も所持していないのは危険な気がする。
俺に、眼鏡ボッチちゃんを助ける理由は無い。いや、助けたい気持ちはあるが、少し理由としては足りない。
だがどうだろう、もし俺の推測が正しければ、彼女にかなりの恩を売る事が出来るのではないか?
助けたい気持ち半分、打算半分を足せば、彼女を助ける理由に足るはずだ。
ああ、あと女の子に好かれるかもという下心も足せば、理由としては充分すぎるだろう。
彼女を助けることを決めた俺は、意を決して話しかける。
「なあ、ちょっといいかな?」
「……なんですか? カードだったらもうありませんよ」
「それは分かってるって。まず最初に確認したいんだけど、君は今回の転生乗り気なのかな?」
俺はまず、彼女に転生する意志があるのかを確認することにした。彼女にその気が無いなら、俺の行為は無駄でしかない。
「えっと、それが何か関係あるんですか?」
「大事な事なんだ、とにかく答えてほしい」
「…………あの家から解放されて、今度は自由に生きられるのかなって……実はチョットだけ楽しみにしてたんです」
さっきのボスギャルも何か言っていたが、彼女は家庭環境に何かあるのかもしれない。
まあ、転生後が楽しみだって思えるくらいだから、きっと大丈夫だろう。
俺は自分のカードを1枚見せて、彼女との取引を始める事にした。
俺はこれから、恩義という鎖で彼女を縛る。
だからこそ、条件を提示した上で、拒否のできる取引という形にするのは俺なりの誠意だ。
俺に誠司という名前を付けた爺ちゃんは、俺に誠実であれと願って誠司と名付けたのだから。
「そうか、なら取引と行かないか」
「……取引ですか? 今の私には何もありませんよ……あっ……えっ、まさか!?」
その小さな身体を両腕で隠すようにして、俺から身を引こうとする彼女。
「待て待て、それは誤解だ! いったい俺がどんな奴に見えるんだよ!?」
「あの……その…………言っても怒ったりしません?」
「ごめんやっぱり言わないで、怒らないけど悲しくなるからさ」
自分の目つきの悪さは自覚してるけど、正直ちょっとはへこむんだよ。
「あーそのな、もし良いスキルを得たら、俺が困った時に助けてくれってだけの話だよ」
「本当にそれだけで良いんですか? 後になっていろいろ要求したりとか……あっでも私の貧相な身体なんて……」
面と向かって話して気付いたけど、黒髪とやぼったい眼鏡で隠れてるけど、この娘の顔はかなり整っている部類だと思う。
なかなか警戒を解いてくれない姿も、野生のウサギみたいで、どうにかして手懐けたくなってくるし。
これは正直に伝えておかないとフェアじゃないよな。
「まあ、仲良くなりたいって下心は否定しないよ。でも、無理強いはしない、それは約束する」
「えっと……そですか………あの、物好きなかたなんですね。わかりました、私も覚悟を決めます。助けになれるかは分かりませんが、よろしくお願いします」
少し考えた後に彼女が承諾してくれたため、俺は右手でカードを1枚差し出す。
「オーケー、取引成立だな。はいよっ、俺は転校生の高藤誠司だ。これからよろしくな」
「ありがとうございます、私は神城志乃と申します。その……末永くよろしくお願いしますね」
礼儀正しくお辞儀をして、冗談めかした答えを返した彼女は、躊躇しつつもその紅葉のような小さな左手でカードを受け取ってくれた。
その時、彼女が浮かべた照れ笑いは、俺にはとても魅力的に映った。
「よっ、よし、まずは握手だ。コミュニケーションの基本は握手からってね」
神城は少しだけ躊躇った後に、俺の右手を取ってギュッと握ってくれた。女の子の手ってなんでこんなに柔らかいんだろうな。
俺も強くなり過ぎないよう彼女の手を握り、照れ隠しがてら上下に軽く振ったのだが、これが失敗だった。
彼女の袖口から覗く右手首には、大きな躊躇い傷の痕が……。
これは……見なかったことにしよう。他人の事情に首を突っ込むには、それなりの覚悟が必要だ。
「さて諸君、そろそろ時間だが準備は大丈夫かな?」
神城の手を離し、白フードの声に振り向きスクリーンを見ると、残り時間は1分を切っていた。
「いよいよスキル決定か、良いスキルが貰えるといいな」
「そうですね、これで2人とも駄目だったらどうしましょうか?」
「そんときゃ、協力してどうにか乗り切るしかないだろうな」
「1人より2人ってことですね……それも悪くないかもしれません」
軽い雑談をして過ごすと、スクリーンの残り時間が0を示した。
さて、カードは減ってしまったが、最悪の事態は避けられたとは思う。
あとは貰えるスキルがチートな奴だと良いんだけどね。
カード(スキル)の強奪を、主人公は2件だけ目撃しましたが、実際にはもっと起きています。
この物語では、基本は主人公視点で進めていきますので、裏で起きていることは、後になって分かるパターンが多くなります。
クラスメイト視点の話は、少しだけ予定にありますが、それほど多くはならないようにするつもりです。