第807話 傭兵の無力化
風が変わったのか、追い風が向かい風に変わる。と、同時に鉄臭い匂いが鼻をくすぐる。
隘路の入り口から抜けた辺りの広場には幾つもの赤黒い血溜まりが出来ている。
「これで懲りてくれれば良いのだけど……」
私は血臭に混じった臓腑の匂いを感じて、憂鬱な表情が浮かぶのを隠さなかった。
対人経験のある傭兵が数を減らしたんだ。それなりの障害が目の前にある、指揮官はそう理解しなければならない。
なのに……。
「同士討ち……まではいってない。けど、かなり責められてるみたいです……」
後方から補充のボルトを運ぶ指示を出していたロッサが要塞の上に上がってきて、目を眇めながら伝えてくれる。
「口は読めるかな?」
私が聞くとこくりと頷き、集中するかのように首を伸ばし、一点を見つめ始める。
「この……ような……、しょう……すう……ひがいを……だし……ほうしゅうは……かんがえなおす……」
私とロットはそれを聞き、顔を見合わせて、大きく溜息を吐く。
「敵ながら……なんとも言えないですね」
ロットの情け無さそうな口調が全てを物語っている。
戦いのエキスパートである傭兵が出血を強いられた。この事実を謙虚に受け止めれば、眼前の未知には大きな障害が隠れていると認識出来る筈だ。
それを傭兵の責任に転嫁し、あまつさえ報酬を絞る事によりモチベーションを下げようとする。
傭兵のコストが高額であるのは分かるが、どう考えても相手を格下と見た愚策だ。まだ、陣の一つ分は傭兵が維持している筈なのによくもそんな自殺行為が出来る。
同じ国の人間として情けなさを感じていると、じわりと敵陣に動きが現れた。
後送された先陣の代わりに前衛に立っていた傭兵の部隊と思われる陣がじりじりと後退していく。
その代わりといったように、元気いっぱいにばらばらと駆けだした陣が無様な陣を構築し始める。
指揮個体戦の時もそうだったが、前倣え、横倣えの動作一つ取っても、教育の賜物だ。
傭兵との実力差はそのガタガタな陣営一つを見ても分かりすぎる程に痛感出来る。
「そろそろ後方に戻ります。どうも傭兵に支払う報酬を減らして、再分配するような話が出ているようです」
こくんっと頭を下げて再び戦場に赴こうとしたロッサが重要な情報を残してくれる。
「だから、あんなにやる気なんですね……」
ロットが白けたような表情で呟く。
「間違いなく傭兵側は数から外せるね。既定の報酬が貰えないなら、命を懸ける訳がない」
同じような心境の私も、呆れてしまった。
彼らは金で動く傭兵を自分の手下とでも思っているのかもしれないが、大陸規模で働いている傭兵達はそんなタマじゃない。シビアな金勘定で、命を天秤に掛けているんだ。それは、後送された陣と合流し徐々に後方に流れていっている陣の様子を見ても分かる。
もう、やる気がない。いち早く戦場から去れる位置に移動し始めている。向こうの指揮官はそれも分からないのだろう。
翻って、最前線に出てきた陣の兵達のモチベーションは高そうだ。
報酬の増額が言い渡されたなら、やる気も出よう。
しかし、そのおざなりな陣容を見ていると、烏合の衆としか言いようがない。
指揮官を各個撃破されて、隘路で停滞かな。
そんな目算を抱きながら、戦況が動くのを待つ。
まだ戦争は始まったばかりだ。
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左遷先は異世界でしたが、提督は征服活動を始めます
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