第806話 緒戦
千よりは少ない、八百前後とみられる横陣が厚みを増して形成される。
そのうちの一つが鳴り物と歩を同じくして、前に出てくる。
「傭兵ギルドですね。練度が違います」
ロットの言葉に目を凝らすと、残りの横陣は前面はある程度形になっているのだが、後ろの方はガタガタだ。
今、前に出てきている横陣だけが全体的に均整が取れ、緊張を維持している。
「大枚叩いても、三分の一程度か……。勿体無いね」
「示威行為に行軍の間も拘束していたのでしょうがないかと。あ、動きますね」
ロットの言葉に合わせ、ゆっくりと前進していた横陣が中央から突出して魚鱗に近い形に変化していく。
これは、隘路に突っ込むためだろうが、生き物の動きのように巧みに変化していくのは一見の価値があった。
「しかし……。斥候も出さずに良く飛び込んでこれるね」
「数で押せばどうにかなると踏んでいるのでしょう」
私達が喋っている間も、戦況は動く。
魚鱗の先端が隘路の間近に迫った段階で、こちらの先制攻撃が始まる。
隘路の左右から炎弾が飛び出し、魚鱗の中央深くに着弾した。
それと時同じくして、魚鱗の中央部から炎弾が飛び出す。
「防御は問題無さそうだね」
「敵の方はまともに受けてますね」
ロットの言葉の通り、敵中央部に落ちた炎弾は舐めるようにその身を広げ、焼けるものが無いにも関わらず地の上をどろりと延焼していく。
まとわりつく炎に焼かれ、苦悶のダンスを踊り崩れていく人影がちらほらと見られる。
逆に塹壕側へ降ってきた炎弾は蓋のように構えられた盾によって防がれ、花火のように弾けて消えていっている。
これに関してはチャットと共に再教育した、鉱物が溶解する熱のイメージの反復学習が大きく影響しているのだろう。
陣の中央で発生した炎のため混乱が生じたのか、輪郭がぼけるように慌ただしく人が動いているのが分かる。
「ここで突撃するだけでも勝てそうだね」
「訓練をするまでは分からなかったですが、確かに陣を維持するのは大事ですね」
溜息を吐くかのように重い息を漏らしながらロットが呟く。
戦争、特に近接戦闘における陣はその密度と形状の維持が重要だ。
陣そのものが盾であり、石垣であり、要塞である。
外周の防衛要素が浮足立ってしまうと、中央部の遠距離攻撃のリソースが攻撃するのにも影響が出る。
特に現在は遠距離攻撃のリソースが打ち合っている最中なので、周囲の防衛要素は頑なに自らの職務を維持しなければならない。
そうしなければ、浮足立った防衛要素に突撃を仕掛けられ、遠距離攻撃のリソースに対して打撃を与えられるからだ。
「まぁ、こっちは防衛側だから積極的攻勢には出ないけど……。傭兵と言ってもこんなものなのかな」
「戦場の経験は豊富ですが、それが戦術に結びつくとは限らないのでしょう」
自分が考えている事を相手もやってくるだろうと考えれば、守らなければならない事は色々とある。
それを忠実に実行しているだけなのだが、敵はそうでもなさそうだ。
トルカ村におけるゴブリン指揮個体戦の時も思ったが、人同士の戦争が多発しているような状況じゃないと戦術というものは発展しないのだなぁと改めて感じる。
何度か炎弾の応酬を繰り返し、一方的な被害を与えたところで魚鱗の先端が突出してくる。
魔術による遠距離攻撃は鳴りを潜め、弓による山なりな射撃が開始された。
それを援護に、隘路に盾を構えた重装部隊が押し寄せてくる。
「悪手なんだけどなぁ……」
塹壕の中、盾を被って必死に矢の来襲を我慢しているクロスボウ部隊が重装部隊の到来に声にならない歓声を心の中で上げているのが見て分かる。
フィアが、リナが隘路の左右に設けた高台から顔を出し指示を送った瞬間、重装部隊をボルトの雨が横殴りに襲う。
金属が貫通する高い音が辺りに響き渡り、とんでもない騒音を発したと思うと、戦場を静寂が襲う。
先程まで鬨の声を上げながら隘路へと突き進んでいた重装部隊は、そこら中で倒れ伏し、呻き声を上げるだけの代物へと変わっていた。
つるりと輝く金属鎧が徐々に漏れ出る流血によって赤く染まる段になって初めて敵が動き始める。
慌てたように盾を構えた軽装部隊が重装部隊を後送しようと接近してくる。
だが、重りを抱えたまま機敏な行動など取れるはずも無く、狙いすまされた射撃により、その数を徐々に減らす。
と言っても、多勢に無勢。
前面でクロスボウを放つ要員など十数人程度だ。
狙いすましたとはいえ、散発的な射撃に対し、出血は強いられながらも、後送は完了する。
「ある程度は流血を強いれたかな」
「人数比で考えれば、十分かと考えます」
ロットの言葉に、内心でほっと溜息を吐く。
緒戦に関しては、思い通りに運んだようで安心した。
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