第805話 鴉を殺す砲声
「賊軍の戦略防衛線突破を確認!!」
ざわめきもかなり縮小し若干閑散とした会議室に伝令が真っ赤な顔をして飛び込んでくる。
昨日から再三警告と勧告を出していたにも関わらず保守派は最後の線を突破してきた。
要塞まで二キロに入ってきたという事で、私が出陣する事になる。
「ルビコンを渡ったか……」
私がぼそりと呟くと、リズがきょとんとした顔を浮かべる。
翻訳が働いても、意味は通らないか。
「賽は投げられた……って。んー。鯉口を切ったなってね」
私が告げると、納得したような表情を浮かべた。
「じゃあ、カビアとティアナ、リズをよろしく」
私は最後まで会議に残っていたカビアとティアナに告げる。
万一も無い形で用意をしているが、もし億が一何かあった場合は、リズがマエカワ領を『リザティア』を継がなければならない。
「分かっているわよ。準備は万端。頑張ってきなさいな、リーダー」
微笑み、肩を叩いてくるティアナ。
「戦争は何があるか分かりません。重々ご注意を」
きりっとした表情で見送ってくれるカビア
そして、ちょっとむくれたリズ。
「守るべきものを残していくのも大切なんだよ?」
私が告げると、一瞬難しい表情を浮かべ、はぁと息を吐き、そっと抱きしめてくる。
「戻ってきてね?」
迷いに迷った末に、小さく耳元で囁いてくる。
「あぁ、必ず。ここに、帰ってくる」
私はそういうと、アンジェが連れてきたタロとヒメを一撫でして顔を上げる。
二匹も空気が違うのが分かるのか、ふんすふんすと鼻息が荒い。
『たたかうの!!』
『がいしゅーいっしょく!!』
ヒメは男前だなと思いながら、会議室を後にした。
ホバーで五稜郭を突っ切り、『リザティア』の朱雀大路を抜ける。
侵入者対策の戒厳令のため、軍属を除き人通りはまばらだが鈴なりになった窓際から歓声が上がるのが分かる。
守るべき者の声を聞き、一気に『リザティア』を抜けた。
南門を抜け、なだらかな上り坂をホバーしていくと土魔術で築城した要塞が見える。
要塞門の内側には、重装を施した馬車が何台も列を成して待機している。
その中で兵達と打ち合わせをしていたロッサがこちらに気付いたのか手を振ってくる。
「総数は三千弱です。内、百五十が騎乗兵となります。その辺りは最終報告の通りです。塹壕組は配置についたとフィアさんから報告が上がっています。ロットさんも斥候が終わって伝令と一緒に戻ってくると連絡を受けています」
短く説明をしてくれるロッサ。
少し興奮気味に朱がさした頬をまっすぐに向け、口早に話す様子には往年の人形の姿は垣間見えない。
「ドルはごめん。戦術上、一緒には出来ないから……」
既に戦術に沿って動いているドルは今ここにいない。
それを詫びると、ふるふると頭を振って答えるロッサ。
「大丈夫です。皆、分かっています。チャットさんも魔術部隊と一緒にいますし、リナさんもフィアさんとは逆側にいます。でも、皆一つの目的のために動いています。だから、大丈夫です」
言い切ると壮絶な笑みを浮かべ、ロッサが再度打ち合わせに戻っていく。
皆が皆、自らの職務を邁進する中を私は静かに進む。
「おー、大将だ!! 派手にぶちかましましょうや!!」
「あいつら、ちょろいっすよ? 遠目に見ても震えてやがる!!」
野卑なガヤに手を振り、私は要塞を駆け上がり、戦場を一望出来るテラスに出た。
要塞門から真っ直ぐ。
一キロ程の彼方。
塹壕からは五百メートル強の場所に、黒い人だかりが出来ているのが見える。
保守派の軍勢は既に戦場という罠の中に待機している。
それでも戦場では何が起こるか分からない。
体のどこかから起こる身震いを噛み殺し、推移を見届けていると、人だかりから騎馬兵が一騎抜けて塹壕地帯の手前に向かってくる。
「最終勧告ですね」
いつの間に現れたのかと思うくらい気配を殺し、ロットが後ろから近づいてくる。
「ここまで兵を送り込んでいても、段取りが重要か。なんだかなぁ」
「後になって何か言われるよりはましなのでしょう」
軽口を叩きながら、見守っていると、儀礼的に応対していた兵が剣を抜き、騎乗の兵の剣と合わせる。
陽光に煌めく白刃が寒風が流れ始めた空の下で交差し、硬質な音を戦場に響かせる。
両陣からは鬨の声が巻き起こる。
「開戦か」
「開戦です」
ロットの静かな呟きと共に、うぞうぞと人だかりが動き、横陣を形成し始めた。
さぁ、始めよう。
三千世界の鴉を殺す、最初の砲声を打ち鳴らす時間だ。




