第804話 カヴァー部隊の出陣
本人は良く分かっていないようだが、この殺伐とした時間に小さな生命を育むというのは大きな影響があったようだ。
『リザティア』でも歓楽街でもタロとヒメは町の顔として認知されている。
暫くすると、妊娠したと話題になり、子供が生まれたら是非という声が多数上がった。
ロスティーやノーウェの先客があるというと、この次にはという逞しい声も響くのには苦笑が漏れた。
何よりすくすくと丸々育っていくヒメのお腹を見て、町の平和を守らねばと皆が思ってくれるのが一番大きいだろう。
「第一戦術線を突破したと報告が入りました」
ある日の夕刻、会議中に飛び込んできた伝令が叫ぶのに合わせ、周囲の人間が立ち上がる。
「第一戦術線という事は……」
「そろそろか……」
ざわめく会議室を手を払う事により、静かにさせる。
「予定よりは遅いけど、結局彼らは顎に首を捧げる事を選択した。始めよう、私達の戦争を」
私が静かに告げると、立ち上がった皆が大きく頷き会議室から飛び出していく。
廊下で白い息を荒く吐きながら佇む伝令の肩に手を置き、そっと告げる。
「もう一仕事頼めるかな? ドルの部隊に伝令を。獲物は罠に足を踏み入れたと。その後は休んでもらって構わない」
私の言葉に年若い伝令がぶんぶんと頷き、復唱の後脱兎のごとく駆けだす。
入れ違いに入ってきたリズが目を丸くしながら伝令の勢いを見つめ、こちらに向かってくる。
「動いたの?」
「斥候が確認した。予想通り向こうは斥候を持ってないし、周囲の警戒も怠っている」
私は伝令より手渡された報告書を確認し、安堵の息を吐く。
「第一という事は、ドルがそろそろ動くのね」
「うん。蓋の役目、頑張ってもらわないとね」
今回の戦争に関しては、幾段階かの手順に分けている。
第一段階としては、周囲十キロ以内の警戒線に入った段階でドル達、重装部隊が動く。
これには……。
「伝令が入ったと聞きました」
竜の人達が皆で駆け付けてきたのに、頷きを返す。
「第一段階が動きます。人間同士の争いに手を出してもらうのは、本当に気が引けるのですが……」
私の言葉に、アーシーネが一歩前に出て、ふるふると頭を振る。
「ははが、できるかぎりおてつだいなさいって。こんごおこるかくぜつもきっとどうにかしてくれるからって」
その言葉に、私は絶句する。
肩入れを強めてくれるのはありがたいが、種族間抗争まで視野に入れてまでは求めていなかった。
私が口を開こうとすると、竜の皆がこくりと頷く。
「勿論、ここで学んだ故もあります。共に遊び、学んだ者もいます。それに、きっと悪いようにはならない。その信頼足るだけのものも頂いています」
竜の皆の言葉に、レデリーサの笑顔を思い出す。
ただ食べる事を幸せだと言った全ての母からの全幅の信頼を噛み締め、顔を上げる。
「姿は隠すように。絶対に戦闘には加わらない。竜が味方をしている、伝令能力がある。この二点はロスティー閣下、ノーウェ様を除いては知られてはいない。だからこそ、その力だけを借りたい!!」
私の言葉に、微笑みを浮かべた竜達が眦を決する。
「ご下知を!!」
「カバー地点にドル達を輸送。その後、達成の伝令後は帰還。以後の指示は追って伝令を出す」
さっと綻んだ百花の乙女はその最強を身に宿した姿を翻し、悠々と会議室を飛び出していった。
「気にしてる?」
静かになった会議室に、リズの言葉がやけに響く。
「気にして無いと言えば嘘だけど、それ以上に犠牲は出て欲しくない。今の私なら、藁をも掴むよ」
「そっか……」
私の言葉に、そっと腕を取ったリズが微笑みを浮かべる。
「藁より頼りになるって証明しないとね」
その微笑みを頭に焼きつけながら、私は会議室を後にする。
今日、戦争が本当に間近にあると痛感した。
それでも、失われるべきではないものを失ってしまわないように。
私は、動く。




