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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第800話 演説

 『リザティア』に戻り、町外れに降りると既に馬車が待っててくれた。

 変身中の竜さんの方を向くと、こくりと頷きが返るので連絡してくれていたようだ。

 散歩がてら、歩こうかと思っていたが嬉しい誤算だ。


「ヒロ!! どうだった!?」


 ひょこっと馬車から顔を覗かせたリズが聞いてくる。


「ロスティー様も来られた。話は出来たよ」


「え? どうやって……。って、まさか……」


 びっくり顔のリズ。ですよね。私も思う。


「竜さんに乗って来たって」


「凄いね。うわぁ……。尊敬する……」


 老いても好奇心を忘れず、利便性を追求する姿は目指す未来だ。


「兵の方は?」


「ん。話は出来たよ。明日には集合出来るって」


「じゃあ、今日は提出書類の処理だけかな」


「報告はある程度読んだよ? 決裁書類は分けておいた」


 その言葉に、おやっとリズを見つめてしまう。あんまり書類仕事は好きじゃ無かったのに、ありがたい話だ。

 そっと頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。


「ありがとう。助かる」


「えへへ。ヒロが頑張っているんだから!!」


 ふんすっと気合を入れるリズを微笑みながら見つめていると、撫でられるのを見たタロとヒメがひょこっと脇から顔を出してくる。


「あ、ノーウェ様のところに、新しいオオカミの子が来てた。ペールメントの家族だって」


「へぇ!! ちょっと早いよね?」


「時期的にね。可愛かったよ」


「うわぁ、見たい!!」


 そんな話をしつつ、タロとヒメを思うさまにもふる。

 書類を片手に夕食を楽しみ、久々にゆっくり風呂に入って、旅路の疲れを癒す。

 気づけば、ベッドに書類をばら撒いて寝ていたのはご愛敬だ。


 十一月十二日は比較的穏やかな夜明けだった。北側の寒さに慣れた体には、優しい陽気が嬉しい。

 リズと一緒に朝食を摂り、軍装を纏って馬車に乗り込む。


 歓楽街の北の練兵場は、寒風が吹き始めた中、言い知れない熱気に包まれた領軍の姿が見える。

 内包された熱。今にも弾けそうなマグマ。熱気は渦巻き、台風のような圧が周囲に吹き荒んでいる。

 『リザティア』領軍二千余名は規律を保ち、美しく整列している。その(しわぶき)一つない統制に深い満足を覚える。

 何という士気。守るべき民のために戦う。たった一つの存在意義(レゾンデートル)の発露。それが訪れる予感に期待と不安を感じているのだろう。


「諸君……」


 私は壇上に立ち、静かに述べた。

 『カリスマ』がどのような感覚かなんて、もう忘れた。そんな玩具に頼る必要は無い。

 今のこの現状。全ての出来事は私の責の元に行われている。ならば告げよう。皆こそが、私の体現であると。


「諸君」


 視線が現実の圧を伴って集中する。一人一人、名も顔も覚えた部下達。

 私の言葉を渇望する者を前に、私は心を静め、穏やかに語る。


「諸君!!」


 叫びと共に、ざっと傾注の姿勢が取られる。レイがいないのに緩み無いその波濤に感動を覚える。

 よくぞここまで。うろ覚えの軍事知識に付き合ってくれた皆に感謝を。そして、私はこのかけがえのない部下を、戦地に死地に連れていかなくてはいけない。

 ならば告げよう。君達が何故、戦地に向かうかを。


「諸君、私は戦争が嫌いだ」


 私の心の奥からの言葉は風に乗り、練兵場をゆったりと覆う。魔素の動き。私の高ぶりと共に、自然と術式が組みあがる。吐き出される(思い)は数多の者達の耳に届く。


「諸君、私は戦争が嫌いだ」


 士気が、意気が消沈するのを感じる。そりゃあそうだろう。自分達の存在意義を否定される。それもトップからだ。

 何のために、自分達は鍛えてきたのか。それを指示した人間が否定するのか。負の感情がもたげてくるのがその目、その意志から熱のように伝わってくる。


「諸君、私は戦争が大嫌いだ」


 瞑目する。分かる。今、皆の心に生まれている言葉。それは何故、だ。


「諸君らが生まれてきて数多、戦いを経験してきただろう。獣を狩り、同胞を狩り、敵を狩る。それに虚しさを覚えた事は無かったか?」


 切に問う。


「平地に、森に、道に、広場に、町に、家に、館に、城に、砦に、空に。今まさに、数多の戦争行為が行われている」


 大きく広げた(かいな)は空をも掴む。


「諸君、私はこの地上で行われているあらゆる戦争行為が大嫌いだ」


 分からない。分からない。分からない。でも、分かる。戦う事は嫌いだ。どんなに訓練しようとも戦いたくなんてない。今、皆と私の心はつながった。一心同体となった。


「初めて父祖に連れられ、獲物を狩った時。諸君らの心には灯ったはずだ。揺るぎない、自負の心が。何者かに打ち勝つとはこういう事だと、世界に叫んだ筈だ」


 生存の喜び。打破の経験。自分だけの世界への宣言。


「謂れ無き暴力が、(とが)無き命を奪う姿に憤っただろう。盗賊に、腐敗した権力に、無理解に。か弱き者を守れず、怒りに震え眠れぬ夜を明かしただろう」


 暴力への怒り。絶対悪ともいうべき、暴力の憎悪。


「身近な者を守れず、失った事は無いか? 最愛の、親愛なる者を暴力で犯され、壊された者は? その時に天を、神を呪わなかったか?」


 喪失の哀しみ。非業の死を遂げた全てへの憐憫。


「横にいる友を見よ。例え過酷な日々を送ろうと、有り続けた仲間の姿を。称えよ、自らを。諸君らは、諸君らの意志により、今、まさにこの場に立っている」


 到達の楽しみ。長き日々の対価。


「諸君。『リザティア』は成立より初めて存亡の危機に立っている」


 見回す中に視線を逸らす者はいない。


「戦争行為とは、暴力とは何だ? それは欲望の発露に過ぎない。諸君らの愛する『リザティア』は『リザティア』の民はそのようなつまらないものに侵されようとしている」


 一瞬俯き、顔を上げる。


「諸君。我々は大嫌いな戦争行為を、まさに今より、ここで行わなければならない」


 問いたかろう。


「それは何故か!!」


 何故か。今、全ての皆の瞳が問う。何故か。


「暴力により侵される無辜の民を守れ。自らの内なる叫びに目を背けるな。怯懦に抗え。打ち勝つ喜びに吠えろ。諸君らは一人ではない。横にいる友が必ず一緒に成し遂げる」


 ふわと上がる熱気。視線がふわふわと辺りを漂い出す。意識の拡散。


「諸君。私に付き従ってくれる忠勇なる諸君。君達は今、一体何を望んでいる?」


 そこに問いかける。全では無く個に。拡散した意志は、急速に収束する。


「勝利を……」


 たった一人の声が響く。徐々に唱和される声。


「勝利とは何だ!!」


「民を……守る!!」


 守る。守る。守る。良いだろう。付き合うよ。ここから始まる。長い長い苦しみ。きっと人を殺す事は辛いだろう。でも、覚悟はしたんだ。だから、最後まで付き合う。私が、先頭に立つ。


「諸君。私はこれからこのくそったれの、血風刃雷が降り注ぐ、過酷な戦争行為を肯定する。大嫌いな戦争を、だ。良いさ、望んでやる。泥に這いつくばろうが、友の血を啜ろうが、望んでやる。民を守る事を希求して、戦争を、そして勝利をだ」


 万感の思いで、私は問う。


「諸君は何を望む?」


「戦争!! 勝利!! 戦争!! 勝利!!」


 溢れんばかりの熱気は天を衝く。踏み鳴らされる靴の音は、世界を毀さんばかりの音声(おんじょう)を奏でる。


「よろしい。ならば、戦争だ。我々は欲に塗れた蛆虫を前にして振り上げた握り拳だ。神に祝福された『リザティア』を食らわんとする蛆虫にただの戦争では物足りない」


 叫ぼう。それで、皆の気が晴れるなら。私が全てを持っていく。だから、今は叫ぼう。


「大戦争だ。そして、勝利を収める。長きにわたる訓練を終えた古強者よ。諸君らに敢えて言おう。蛆虫など、カスであると。謳え、勝利を!!」


「勝利!! 勝利!! 勝利!!」


 高揚と、少しだけの虚しさ。きっと全てが上手くいくなんて保証はない。この中のどれほどが失われるのか。それでも、私は前に進む。守るべき民のために。


「これより、戦時体制に入る!! 諸君らの奮戦を期待する!!」


 熱く沸く練兵場を前に、壇上から降りる。

 あまりの緊張と、力を入れ過ぎたせいで、足がふらふらする。頭もどこか夢見心地だ。


<告。既存概念から外れるスキルを確認しました。新しいスキル要件を受領しました。要件定義、完了しました。設計、完了しました。構築……。構築完了しました。ソースを申請します……>


 識者先生が唐突に告げ始める。あれ、今回は何もしてないんだけど……。おーい?


<告。申請は満場一致にて可決されました>


<スキル『獲得』より告。スキル『獲得』の条件が履行されました。『朱鷺の声(ケーリュケイオン)』1.00。該当スキルを統合しました>


 うわぁ、勝手に新しいスキル作っちゃったよ。『風魔術』と『カリスマ』の複合かな。ヘルメースは伝令神、風の神でもあるから、それっぽいっちゃ、それっぽい。

 伝令特化なんて指揮官にはうってつけだ。


 おぼつかない頭と足取りで、目の前に見えるリズの元に向かう。

 私は今、笑えているのかな?

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