第798話 親子揃っての悪巧み
こつ、こつりと軽快な足取りでテーブルまで進んだロスティーがじっと卓上の惨劇に目を向ける。
「ふむ。兵棋演習か」
ひょいっと駒を取って、矯めつ眇めつ見つめ、元に戻す。
「いつまで手を取り合っておる?」
そう言われて気付くと、呆気に取られたままノーウェの手を握っていた。
慌てて立ち上がり、一礼する。
「父上……。最終報告は昨夜投げたばかりですが……」
ノーウェが混乱混じりの表情で告げる。
「うむ。竜の方より伺った。それを聞いた故な……」
ロスティーが頷くと、開いていた扉から竜の人が静々と部屋に入ってくる。
「無理を聞いてもらった」
快刀乱麻に言い切るロスティー。竜の人はあわあわと慌てながら、首を振って大した事をしてないアピールをしている。
私とノーウェは唖然と口を開いて、ぽかーんとしてしまった。
もう良い歳だというのに、竜の背に乗って来たという。しかも、下手したらぶっつけ本番の強行軍だ。
「体調は……。お体は大丈夫でしょうか?」
私の言葉に、からからと高笑いで答える。
「なんの。早馬などより余程に快適よ。素晴らしい眺めであった。心よりの感謝を」
男臭い笑顔で告げるロスティーに真っ赤な顔で恐縮する竜の人。
それをじぃーっと眺める、私とノーウェ。
「ノーウェ様……」
「なんだい?」
「叔父か叔母が出来るというのは」
「あまり考えたくないけど、母上なら乗り気になりそうだから怖いよね」
小声で囁き合っていると、どっしりとソファーにかけるロスティー。竜の人は役目が済んだという感じで出ていった。
「では、詳細を頼む」
ロスティーの低い男惚れする声が部屋に響いた。
「ふむ」
先程までのノーウェとの会話を要約し、箱庭での動きをざくっと説明していった。
時ここに至っては隠しても無駄なので、クロスボウの詳細も説明した。
現状開発を行っている、鉱魔術を使った均質圧延処理方式の積層盾が完成すればクロスボウの近距離射撃も防衛可能だ。
「弓をこのように変えるか」
土魔術で作ったサンプルを渡し、見分してもらう。
「射撃能力は実物を見て頂く方が早いでしょう。現状、三百余名が教導可能な練度を達しております」
私の言葉に、ノーウェが首を傾げる。
「兵員の全数が?」
「いえ」
説明のしようもタイミングも無かったので、ロスティーにもノーウェにもきちんと説明をしたことが無かったなと。
「現状『リザティア』及び『フィア』の作戦遂行可能兵員の総数は三千余名です」
あんぐりと口を開けた、親子がそこにいた。
「では、引退した兵士は全て再訓練済みと?」
ロスティーの言葉にこくりと頷く。
「傷痍兵も積極的に拠点防衛と警邏、違う、警察機構に編成していると」
ノーウェの言葉にも頷きを返す。
膝に矢を受けた兵はやはり衛兵、違う、警察にしないといけないかなと思った。
「はぁ……。一度、詳細を詰めないといけない気がしてきたよ……。確かに親と言えど、言えない事もあるだろうけど」
ちょっと拗ねた感じのノーウェがぶつぶつと呟く。
「言えないというより、思想の違いです。私の中で、警察機構はあくまで領地の治安維持に従ずる要員です。故に、兵員数からは除いています」
私の言葉に、ロスティーの頷きが返る。
「ふむ。訓練上似通った部分がある故に両者を混同して差配しているが、明確に分ける利点は?」
「町中での抑止としては過剰な暴力になる可能性が高いです。またクロスボウの利用方法さえ熟知すれば、兵への転化は容易ですので」
私の言葉に、ロスティーとノーウェが溜息を吐く。
「それは、クロスボウの性能故か……」
「一週間程度の習熟で最低限人を制圧出来るなら、それも可能だね……」
「いや。『リザティア』の異常とも言える治安の良さの理由は分かった。我々の想定以上に、力を背景にしておったのだな」
ロスティーの言葉に頷きを返すと、苦笑が返ってくる。
「しかし、此度の件は数で制圧する訳では無いと?」
「はい。四倍程度の兵力差なら……」
私は箱庭を指差す。
「圧倒可能です」
その言葉に、ロスティーとノーウェが顔を見合わせ、大声で笑い始める。
「では、我々の助力は必要ないと?」
面白そうに告げるロスティーに私も悪戯っぽく微笑む。
「それなのですが。折角ロスティー様も来られたという事で……。こんなのは如何でしょうか?」
ノーウェから伝えてもらおうかと思っていた腹案をここで晒す。
小一時間ほど、利点と今後を説明すると、ロスティーは深く黙考し、ノーウェは興奮に彩られる。
「完全では無いけど、ある程度は可能だろうね」
ノーウェのお墨付きを頂く。
「王家の思惑次第だが……。可能は可能であろうな……」
ロスティーが絞り出すように呟く。
そこで、私は思い出す。
「攻められる、攻められると言われたのですが……。侵攻理由って何なのでしょうか?」
私の言葉に、ロスティーとノーウェが顔を見合わせる。
「済まぬ……。あまりにも自明故説明もしてなんだか……」
ロスティーが済まなそうに告げる。
「要は、脅しによって、防衛費を貰おうって話なんだよ」
話を聞いて納得がいった。
保守派というより、古来良くある話のようだ。
どこかの新興貴族が興った時に、周辺と上手く調整出来ない人が貴族の場合、兵力が著しく低い場合が往々にしてある。
そんなお馬鹿さんに周辺の貴族が兵を連れて行って言う訳だ。
おたく、不用心でっせ。うちの兵で守ってやりましょか? お代は貰いますがね。へへ。って感じで。
時代劇でいうところの用心棒代の押し売りというやつだろうか。
これが昔から開明派、保守派、その他含めて利権として根付いているらしい。戦争はしないけど、阿漕な話だ。
二千からの兵を動かして、略奪だけでペイ出来るのかなと思っていたが、こんな話だったとは……。
正直、呆れる。
「あぁ、それで!! 議会で兵員が少ないって皆が言ってきたのは……」
「うむ。まぁ、新興で二百からの兵員は多いと言えば多いのだが」
「『リザティア』の規模と上がりを考えれば少なすぎる。という訳で、僕達親子が何とかするだろうと考えた訳だ」
開明派の内情を聞いて、申し訳なさが先に立つ。
でも、言われないと分からない。用心棒代を押し込んでくるなんて……。ありえるか……。はぁ……。
「まぁ、それを聞いて、尚の事今の兵数でどうにかする他ないでしょう」
そうしないと、兵の過少報告って突っ込まれる。
「それに、今後の大義名分も立つと思います」
一拍言葉を切り、にやりと笑みを浮かべる。
「お前達、弱すぎって」
私の言葉を聞き、一瞬呆気に取られたロスティーとノーウェがくくと笑い始めたと思えば、呵々大笑となる。
という訳で、方針は定まった。
武力鎮圧でGoだ。




