第795話 帰還
竜が降下するにつれて町がざわめくのを眼下に収める事が出来る。歓楽街の方では大きな騒ぎになっているようだが、『リザティア』そのものは小動もしていない。竜が日常になっているのは良いのか悪いのか。
五稜郭に降下し、竜から降りるとティアナ達が駆けてくるのが見えた。
「ただいま」
荷物を降ろしながら朗らかに告げると、慌てて寄ってきたにも関わらず、じとーっとした目で見られる。
「竜の念話は聞いたわよね?」
開口一番の寒波に懐かしさを覚えながら、手を振る。
「聞いた。攻められているんだよね?」
私の言葉に、ティアナがこくりと頭を振る。後ろからひーこらと追いかけてきたカビアがリズの方に走って行って荷降ろしの手伝いに入ってくれる。ふむ、ええ子や。
「ほら、取り敢えず竜さんを解放しよう」
ティアナの背中を押して、リズの方に向かう。後ろからは箱から出てきたタロとヒメが真似するようにてちてちとついてくる。
荷物を館に運び込んで、ぱたんと執務室の扉を開いたが机の上の山は思ったほどの高さは無い。いって、小山程度だ。部屋中に書類が溜まっているのも覚悟していたので拍子抜けした。
「私達も遊んでいた訳じゃ無いのよ?」
ティアナが私の表情に気付いたのか、ちょっと照れながら誇らしげに告げる。その背中を優しく抱きながらカビアも良い顔で笑っている。
机の上の書類を見てみても、来年度予算の修正など不要不急の処理で急ぎの書類はぱらぱらとめくる限り見つからない。
「さて、現状把握をしたいけど……」
ソファーにリズと一緒に腰かけると、当然といった表情でタロとヒメが足元で横たわり、ふわっと欠伸をして体を伸ばす。
「そう……ね。カビアお願い」
ティアナの言葉にカビアが頷く。
「数日前より、出入りの商家より噂のようなものがちらほらと聞こえてくるようになりました」
曰く、食料品の値が西の方で上がっているらしい。金属や革の在庫が西に流れて枯渇し始めている。
そんな噂を諜報の方で統合したところ、一つの懸念が浮上してきた。
「それが……西側での戦争行為です……」
カビアの重い呟きに私とリズは息を呑む。続きを促すと、カビアはその時点でノーウェに早馬を出したそうだ。
「戻られたという事は……?」
「うん。ノーウェ様のところで預かってもらっている竜の方からざっと情報は受けている」
私の言葉に、ほっとした表情を浮かべるティアナとカビア。
「気が気でなかったところに、竜が戻ってきたなんて聞いたから、ぞっとしたわ」
ティアナの言葉に、ふと気付く。竜の皆さんも五稜郭に直接降下する事は無い。町外れで変化してから『リザティア』に入ってくる。ちょっと慌て過ぎたかと反省した。
「いやぁ、慌ててた。ごめんごめん」
軽い謝罪にティアナとカビアが苦笑を浮かべる。
「じゃあ、細かい情報は掴んでいないと……。となると、直接ノーウェ様に聞く方が良いかな……」
リズと顔を合わせると、ばってんを腕で作ってくる。
「ロット達に頼まれた件があるから」
兵達への指示か……。ふむ、リズに任せるかと思えば、既にティアナと協議を始めている。
「んじゃ、急ぎの決済はないよね?」
カビアに聞くと、こくりと頷く。
「ペルスさん達と協議は終えているので問題無いかと思います。別途報告書は……」
と、棚の方をカビアが指さすと、新しい見慣れない箱が幾つか積まれていた。
「作成済みです」
「ふぅむ。そっちはそっちで読み込まないと駄目だけど……」
くくと苦笑を浮かべながら立ち上がる。
「先に処理すべき事から処理しちゃおうか。愚か者には、鉄槌を」
そう告げると、皆の表情が改まる。
「政務及び軍務、特に隊長格の人間は明日中に『リザティア』に集合するように調整してもらえるかな。『フィア』の方は『フィア』の方で警護しないと駄目だから『リザティア』だけで良い」
私の言葉に、リズをはじめとして皆が頭を振る。
「大戦略の前の方針はそこで述べる。ただ……」
私は大きく息を吸い、ふぅっと静かに吐く。
「殲滅を考えてはいる」
短い言葉に、ぶるりと身を震わせる皆。ただ、それは怖気というより武者震いのようなものだと、その表情が物語っている。
「では、迎えようか。初めて私達が体験する、本格的な戦争とやらを」
そう告げて、私は執務室を後にする。さぁ、後はノーウェと調整をすれば大手を振って動けるだろう。始めよう、私達の戦争を。




