第790話 人間は努力するかぎり迷うもの
「すまない……。分かりかねるのだが」
ユーサルが、怪異を見るかのような眼差しでこちらを見つめてくる。そりゃそうだろ。国の首魁の命を無駄にする発言だ。誰がカードを無駄に捨てるような行動を理解出来るか。
「そうですね、言い換えましょう。私達はハーバテスタイとダブティアと今まで以上に積極的で、融和的な、素晴らしい商売をしたいのです。そのためには柵を捨てる覚悟があります」
私の言葉に、ユーサルの眉根が寄る。敢えてぼかしていた、カードを明確に出したが、余計な疑惑に疑心暗鬼になったようだ。
「それは……。何らかの利権の形で返還を要求しているの……か?」
自分でも信じていない事を交渉相手に聞くのは愚の骨頂だろう。だから、足元を掬われる。大局を見なければ戦術勝利を重ねても、戦略で負ける。今のユーサルの頭の中の地図の規模では、到底図面が足りていない。
「いえ。先程も申した通り、何かを求める気はありません。積極的とは今まで以上に流通を活発化させる事。融和的というのはお互いの垣根を取り払い商売の規模を増やす事。それを以って、素晴らしい商売が出来れば本望だという事です」
ユーサルが遂に黙り込む。狙いが分からず、心底困っているようだ。
「それは、我々が……。ダブティアがあまりに有利ではないだろうか。言い方は悪いが、我が国は貴国の国王陛下の死に関してある種の負い目を感じている側だ。それを置いて、商売などと。それに、商圏を考えれば規模が全く違う。将来的に思うと思わざるに関わらず席巻する可能性はある」
国土も人員もダブティアの方が強大だ。だからどうした?
「であれば、正当な商契約に基づく商売を徹底してもらえれば幸いです。国の力で恫喝するような関係は正常とは思えません。何卒、そこはご便宜をお願いしたく思います」
契約を准じろ。これは先の不平等通商条約にもかかっている。またこの内容に関して、国の力で恫喝する事を却下する。ユーサルは今、マエカワ領とダブティアの通商という規模でこの話を見ている。だが、ロスティーの名前が出た時点でワラニカ全体の話となる。そもそもマエカワ領はワラニカの前哨だ。ワラニカのありとあらゆる産物がマエカワを通って、ダブティアに流れるのだ。これを前提としない交渉は成り立たないし、それが出来ないのであれば外交センスが無いにも程がある。
「委細承知した。詳細を書き記した上で書面を交わそう。借りが出来たのかな?」
そう判断したユーサルがにこやかに手を伸ばすのを私は微笑み受ける。かかった。埋伏の毒は今ダブティアに打ち込まれた。
今後、不平等条約を根本として、我が領は加工貿易に全面的にシフトする。ワラニカ、ダブティアより集められた産物を再加工して、ダブティアに流し続ける。
ハーバテスタイは適度な儲けを乗せてダブティア全土に産物を流通させるが、いつかは安価な産物がダブティア全土の製造業を疲弊させる。そうなった場合、ダブティアの怨嗟の目が向くのは栄光のハーバテスタイだ。
それでも、貿易を辞める事は出来ない。積極的で融和的な商売を約するからだ。もしそれから逃げようとするならば、国の軛から外れるしかない。出来るとすればハーバテスタイのワラニカ編入だろう。
そうして、通商責任がフルーツバスケットされる。受け取った領は同じく栄華に塗れ怨嗟の渦に沈み込み逃亡の途に就くしかない。経済的侵略の端緒はここに成ったのだ。
「いつか考えてもらえればと思います」
そう、ワラニカに編入され、仲間となった暁に全て打ち明けよう。あなたは今、悪魔の手を取ったのだと。
胸の内の青い器が歓喜に打ち震える。あぁ、ワラニカよ。注がれた賢者の血潮を以って、百年の栄華はここに約されるだろう。私はその礎をただ黙々と築く工夫となれればそれで良い。賢者を殺した罪人の報いだ。
私はきっと、あの日ファウストの手を取った、メフィストフェレスのような笑顔を浮かべているに違いない。
「ふむ。では食事にしよう。有意義な時間が過ごせた感謝する」
重荷が解かれたような晴れやかな表情でユーサルが微笑む。私は断琴の交わりのような顔をして後を追った。
さぁ、一緒に進もう。君はいい商売相手だが、君のお父上がいけないのだよ。ふと、そんなセリフを思い出した。
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