第787話 朝ミーティング
部屋の中を駆け回ったタロとヒメの興奮がやっと冷めてきたのか、いつもの箱の中にみしっと二匹で詰まって、ぺろぺろとお互いを舐めて毛繕いを始める。一度もう少し大きな箱を用意したのだが、ふんふんと嗅いでふんすと鼻息を吹きかけたら飽きたように元の箱に戻ったので暫くはこのままなのだろう。子供とか出来たら変わるのかな。
「さて、後は寝るだけだね。久々にゆっくりと眠れる」
ふわと欠伸をしながら、テーブルを離れる。奥の鍵のかかる寝室にリズと向かう。
「うわ……。大きい……」
寝室は入ってきた時にちらっと確認しただけだったが、キングサイズくらいの大きさのベッドがデーンと置かれている。ぽふぽふと叩いてみたがみっちりと敷布団、掛布団共に綿が詰まっている。
「まぁ冷え込んできたし、さっさと寝入ろうか」
サイドチェストの天板に燭台を置いて、掛布団を捲ったのだが……。
「お……重いっ!?」
東北の民宿とかに泊まると偶に出会う、これでもかと綿が詰め込まれて、しかも雪で中々干せないために固く重い布団。あれを彷彿とさせるものに、一瞬絶句する。
「うわ……。ほんとだ」
リズも羽毛布団に慣れてしまったのか、若干とほほな表情を浮かべながら、二人で協力して布団を持ち上げてもそもそと潜り込む。
お互いの体温を感じあいながら、冷えた餅のような布団が温もりを抱き始めた頃には、旅の疲れがどっと押し寄せてそのまま泥のように寝入ってしまった。
遠くちちっと高めの鳥の声に覚醒を促される。ぼーっと重い布団で寝た倦怠と筋肉痛もどきに苛まれながらずりずりと布団から出る。
窓を開けると、峻烈な風がふぉと髪を揺らしながら吹き込む。低地に建つ民家からは早くも炊事の煙が立ち上り、一日の到来を感じさせる。ワラニカの様式とも違った建物の群れが、異国に来たのだなと改めて認識させてくれる。
サンダルを履いて広間に向かうと、珍しくタロとヒメが起きていて、仲良く毛繕いをしている。昨日のチーズの興奮がまだ冷めやらぬのかと思ったが、こちらに気付くとお腹が空いたとわふわふうぉふうぉふせがんでくる。
少し早いかなと思いながら廊下で手提げのベルを鳴らす。澄み切った空気の中でちりりんと硬質な音が響いた。
部屋の中で暫く待っているとノックの音が響き、用件を伺う声が続く。朝食の支度と二匹の食事を先に頼むと、短い返事の後に遠ざかる足音が微かに響く。
「どうしたの? やけにじゃれついてくるね」
朝はご飯を食べるまではあまりじゃれついてこない二匹が、しきりと座っている太ももに乗ってこようとする。ブラッシングをご所望かと上着を羽織り、ベランダというかお茶会が開ける展望デッキに出てデッキチェアに腰かける。
さくさくと換毛した毛を梳いてあげると、浮ついていた雰囲気も霧散して、徐々に大人しくなっていく。自宅じゃないから興奮してたのだろうと結論付けていると、再度のノックの音が響く。朝食の支度を始めるとの事なので、二匹にまてよしで再度骨付き肉を差し出し、寝室に戻りリズを起こす。
「何かにのしかかられる夢を見て、疲れたよ……」
うでーんとした空気をまとったリズが上体を起こして、ふわぁと欠伸を一つ。
寝室に併設されている洗面所に二人で向かい、朝の支度を済ませる。
朝食はあっさりとスープとパン、それに茹でた野菜だ。ただ旬の時期に収穫された野菜はどれも味がはっきりしており、非常に美味だった。
朝食を済ませた私達は宿の多目的ルームを借りて、皆で集まる。ソファーに腰かけた私は、一様に若干眠そうな表情を浮かべている皆を見回して、苦笑を浮かべてしまう。
「あの布団は……」
代表したようにロッサが告げると、うんうんと同意が続いたので、皆同じ思いなのだろう。
「綿の生産量は随一って聞くしね。今日、伯爵宅で泊まるにしても同じだと思うよ」
私の言葉に、はぁぁとため息が零れるのは、まぁ余裕の証拠と思っておこう。
「で、ロットは何か報告がある?」
昨晩の寝入りばな、夢現の中で『警戒』の端っこでロットが宿を出ていくのは確認していた。
「はい。町の中で情報収集してきましたので、報告します」
立ち上がったロットが酒場などで集めてきた生の声を披露してくれる。
まず、住民にとっての新しい主人ユーサル・ハーバテスタイに関わる評価としては、若干の困惑だろうか。 元々タカ派として知られるユチェニカの息子にも関わらず、真逆のハト派。方針がまるっきり変わったのだから、そこは致し方ないかなと。
ただ、他国に攻め込むような余裕はそもそも存在しなかったので、現実路線に乗った事は評価されているようだ。伯爵としての治世はまだ未知数。ただ、子飼いの貴族の手綱はうまく束ねているようなので、優秀なのだろう。
で、テラクスタの娘で嫁入りしたベティアスタだが、こちらは素直に評価されているようだ。元々質実剛健、武のテラクスタの家門という事で、兵の信頼も得ているらしい。政治には積極的に口は出さず、淡々と自分の役割をこなしている姿に他国の間者という話は立ち消えて、評価だけが先行している。頭の良い子だったので、その辺り上手く立ち振る舞っているのだろう。
領内の状況に関しては、芳しくないようだ。今年の収穫量はやや豊作という感じなのだが、オーク対策で税が上がって困窮気味というのが民の現状だ。北の方の領地では現実的に戦争状態というのもあって、文句は言わないけど、鬱屈とした雰囲気は醸成されているらしい。
先程の困惑の部分でややタカ派よりの意見としては、現実ワラニカの盾役になっているのに、のうのうと生活して気に食わないという意見は酒場の美味しい話の切り出し方らしいので、さもありなん。
そんな感じで、現状の傾向をロットから聞き出し、政務担当の文官も交えて、今回の挨拶と交渉の傾向と対策を組んでいく。
『リザティア』側の方針としてはダブティアは踏み台にするが、ハーバテスタイ領に関しては緩衝地帯としておきたい。
ある程度の融通はしつつ、ダブティア側への内応手段とする、辺りかな。前王の件はしこりになるが、当の本人は蟄居中と聞くので、なんとも手の出しようがない。
そんな感じで話し合いをしていると、会見の時間が迫る。
「じゃあ、出陣といきますか」
私がそう告げて立ち上がると、皆がぱんと気合を入れて、後に続いた。




