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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第786話 歴史の食卓

異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろうのコミカライズが開始致しました。

http://denshi-birz.com/isekaidou/

スピーディな展開が小気味良く、面白い仕上がりとなっております。

こちらもお楽しみください。

「お疲れかと思い、お持ち致しました」


 宿の従業員が微笑みを浮かべながら木製のワゴンを押して部屋に入ってくる。この宿も大食堂があるので、そこで皆と一緒に料理を全部出してしまうというサービスレベルだったはずなのに、上客だと思ってもらえたのか態々部屋に運んでくれた。

 ルームサービスなんて当たり前と思うのは近代日本のホテルを考えるからであって、各部屋に各料理を持ち込むのはそれなり以上の従業員の技量とコストを見込まないと出来ない。流石ティルト、高いだけじゃなくてサービスで宿を探してくれたようだ。


 そんな事を考えていると、ティルトから話が行っていたのだろう。仔牛の脛の辺り、まだまだ肉が残っている後足を二本皿に置いて渡してくれる。部屋が開いた瞬間から匂いが広がっていたのかタロとヒメのしっぽはこれでもかという勢いでしぱたしぱたと振られている。躾が出来ていないイヌ科の動物なら飛び掛かっていきそうな勢いなのだが、涎をたらしそうな顔で、お座りしながらクンクンしているのを見ていると、ちょっと可哀そうだなと思いつつも、野生を感じない姿に笑みが浮かんでくる。


 そっと二匹の目の前に置くと、辛抱堪らんという目でこちらを見つめてくるが、冷静に待てを伝える。


『ふぉぉ、まつの!! まつからたべたいの!!』


『えんけいかくぼう!!』


 ヒメが本当にどこから引き出してきたのかと考えてしまう思いを伝えてくる。中学生の頃の故事成語辞典かな? 若干首を傾げながらよしをすると、飛び掛からんばかりの勢いではむはむと貪り始める。


『うし!! うしなの!! うまー!!』


『びみかこう!!』


 うん。どこかで見たかも知れないけど、意味までまともに覚えていない。


「あは、凄い勢い。お腹空いてたんだね」


 リズが微笑みながら呟くと、従業員の人達も嬉しそうに微笑む。


「今日は大勢お泊りですので。丁度一昨日に仔牛を潰しましたので。お口に合えばと思います」


 その言葉に、私はにこやかに頷くと共に、強い驚嘆を隠す。『リザティア』においても、まだまだ牛馬は繁殖の最中であり、用途は食肉ではなく農作業用だ。辺境とはいえ、長い歴史を誇るフェイゼルの地。やはり畜産分野に関しては歴史が物をいうのだろうなと。


「外は寒かったと思います。温かいうちにどうぞ」


 従業員達がそう告げると、そっとドアを閉じて去っていく。静寂の中響くのは、はくはくという咀嚼音とその中に時折混ざるごきっという音だけだ。


「折角のサービスだから、楽しもうか?」


 私がリズに問うと、こくりと満面の笑顔の頷きが返る。



「うわぁ……。牛のお乳のシチューなんだね。凄く濃い味がする……」


 リズがまず匙を伸ばしたのは、温かな湯気が上がっているシチューからだった。しんしんと冷えてきた中で、湯気の上がる逸品は堪らない。


「ん。臭いもないし美味しい……仔牛のお肉が柔らかい……」


 ぽてっとしたソースは熱を蓄え、舌に乗せた瞬間ふわりと温かさと甘みを広げる。砂糖とは違った優しい甘みと肉汁のうまみが混然とする中、秋野菜の触感、そして噛み締めた瞬間の瑞々しいジュースの迸りが千変万化に口の中で躍る。ふわりと香ばしく焼き目がつけられた肉は口に近づけただけで鼻腔をくすぐり、その香気共々口に運ぶ。はむと噛み締めた瞬間、ふわと弾けるのは仔牛の柔らかさゆえだろう。丹念に下拵えされた肉は臭みを感じさせず、煮込まれた分だけその柔らかさを強調し、まるで肉汁を湛えたシャボン玉のように爆ぜて口内を蹂躙する。


「ふんだんに牛乳が使えるのは羨ましいね」


 私が告げると、リズがぶんぶんと紅潮した喜色で首を縦に振る。

 フェイゼルの方の夏と秋は気候の調子も良く、雨が少なかったという事でブドウの出来は良かったと聞いた。そこで作られた新酒の甕から杯に瑞々しい紅を注ぐ。


「うわ。苦みが少なくて飲みやすい。ちょっと甘いね」


 リズが杯を傾けた瞬間、喜びの声を上げる。


「中々若い時期に飲む機会なんてないしね」


 ブドウの取れ高が高くないワラニカでは、ワインに関しては長期熟成の物しか生産しない。ブドウの出来を見るために新酒を作りますなんて真似は難しい。農業でもやはりまだまだ先を行かれているなと、ほのかな渋みで顔を歪めた振りをしておいた。


 メインはちょっと黒っぽい鳥を焼いたものだ。あまり見覚えが無いなと思いながら、口に運ぶ。鼻の周りにふわと香る濃い赤身、やや内臓系の香り。若干首を傾げながら口に頬張ると、鳥の油特有の香ばしさと共に来る、レバーに似た濃い味わい。感触はやや繊維質だが柔らかい。その感覚では異質な香りに僅かに戸惑う。ただ、噛むごとに肉の内側から放逸にあふれ出る肉汁と合わさり、ある種の珍味的な味わいを醸し始める。


「あれ? 何だか食べ覚えがある……」


 こんな色の鳥、食べた覚えはないのだが……。


「あ、これ。ジェレミティーナだよ。良く捕れるけどあんまり美味しくないから料理では出さないかな。好んで狩らないし」


 リズに特徴を聞いてみると、雄は目元が赤くて、メスは縞々な鳥だそうだ。うーんと悩んでから、過去を思い出す。



「爺ちゃん、鶏あんまり好きじゃない……」


 私は小さい頃、ニワトリの香りが苦手で、中々食べられなかった。


「ほぉ、んじゃ、違うもん食べに行こか」


 そんな爺ちゃんの一言で山を下り、三宮まで連れていかれたのには驚いた。ぴっかぴかのフレンチのレストランに毛皮のチョッキを着た爺ちゃんと二人で入るのには勇気が必要だったが、向こうは構わずずかずかと入っていっていたのに、飽きれてしまう。正直憧れを感じた。


 もしょもしょとシェフの人と話し込んだと思うと、コースが始まる。前菜、スープと初めての味覚に陶然としていた私はメインで、でんっと出てきた鳥の焼き物に若干引いた。


「爺ちゃん、鳥、あんまり好きじゃない……」


「良いから、食ってみ」


 と言われ、はむっと食べた瞬間の驚き。血のような生臭いような味に悶絶していたのを、あの性悪爺ちゃん、シェフと二人で笑っていた。


「まーだ、ちっと早かったか。でも、鳥も色々だからな。鶏も慣れればうめぇーしな?」


 水をごくごく飲んで涙目になっている私をしり目にかぱかぱグラスを空けていたあの懐かしい笑顔。



 そう、あの鳥もこんな風に、産毛みたいな毛が足に生えていた。


「ぶっは……。これ、ライチョウだ……」


 日本では特別天然記念物なので、捕る事は出来ないが、輸入する事は可能だ。そんなジビエ料理を出すフレンチのレストランだったが、後で聞くと爺ちゃんが獲物を融通しているお店だったそうだ。


 きょとんとしているリズを置いてけぼりで、思い出に浸ってしまった。


「うん、ライチョウ。でも、美味しいね。料理がうまいのかな……」


 先程のジェレミティーナがライチョウと認識した瞬間、ライチョウと聞こえる。あぁ、翻訳便利だな。


「お酒を飲むようになってから、味覚が変わったのかな。うん、美味しいよね」


 ライチョウのローストを食べると、後はテーブルの中央にでんと乗っている塊。


「これチーズだよね?」


「二人なのに、こんなに用意してくれなくても」


 ハード系のチーズにナイフを入れて切り分ける。切り分けた瞬間ふわと香る、木の実のような香り。切断した断面にはぽつぽつと穴が開いている。


「ん? エメンタールなのかな」


 私が呟くと、リズが首を傾げる。

 固い灰褐色のパンを薄切りにしたものを用意して、ろうそくが下に灯された陶器の皿の上に切り分けた塊を置くと、てろりと溶ける。それをパンの上に置いて、ぱくっと食らいつく。


「んー!! んー。美味しい。これ、好き。うわぁ……美味しい!!」


 リズが感激したように目を見開いて叫ぶ。うん、あれだ。ネコとネズミのアニメーションでネズミが好きなやつだ。私も好きだ。口に運んだ瞬間広がる、クリともクルミともつかない香り。口に含むと濃い塩味と牛乳を凝縮したまろやかな旨味。陶然と咀嚼してしまう。

 気づくと、あれだけの塊が残りわずかになっており、二人で苦笑いしてしまった。


 と、足元をぺちぺちと叩くものありけり。椅子の下を覗くと、珍しく食卓に近寄らないタロとヒメがはふはふとしっぽを振っている。


『におい、すきなの!! ほしいの!!』


『こうびぜいみ!!』


 ヒメは今日、果敢に攻めてくるなと思いながら、犬ってチーズが好きだったなと思い出す。小さく切って、鼻先に出してあげると、ふんふんっと興味深そうに嗅いだ後、はくっと口にする。


『ふぉ!! うまーのよ!! ふぉぉ!! うまーのよ!!』


『びみ!!』


 と、二匹が部屋を駆け回る。


「んー。塩辛いの大丈夫なの?」


「少しくらいなら平気。匂いの強いものは好き嫌いあるから。チーズは好きなんだろうね」


「へー。ふふ、喜んでる」


 そんな温かくほほ笑むリズの横顔を見ながら、長い歴史を誇る王国の実力の一端を堪能した食卓だった。

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