第784話 ティルトが持って帰った不穏な情報
「あぁ、いつもお世話になっています。実際にお会いするのは初めてですが」
私達は、空き地に天幕を張り、開口部を大きく開放する。中では、文官達と一緒に移動してもらっていた侍従と侍女がお茶を淹れてくれる。お茶に関してはダブティアから輸入されたお茶に砂糖を溶かしたものだ。寒さにかじかむ体に、優しい香りと甘味が嬉しい。
すると間もなく、天幕に刺繍された紋章に反応する者が現れる。
「おぉ、『リザティア』のアキヒロ子爵ですか。いつも交易の際はお世話になっております」
文官を通して、実際に付き合いのある商家の人間という括りだが、挨拶を交わす。トップ商談だ。
国や貴族の世界では、フェイゼルが地の果てで、その先にあるワラニカは新興国家という印象が強いのだろうが、商家にとっては違う。
元々ノーウティスカにおいても莫大な権益を生んでいた行路だったが、『リザティア』が出来てからはその重要性は計り知れないレベルまで上がっている。その辺りは出入りの商家の人間のおべんちゃらを排して得た結論なので、信じられる。
「布の売り上げはどうですか?」
「いやぁ、上々です。このような品質の物を出されるとなると、今後はダブティアの服飾業界も変わらなければならないでしょうね」
「良い風に変わると良いのですが」
そんな感じで、お茶を提供しながら顔を売る。生の情報なんて、『リザティア』にいても貴重なものなので、助かる。旅行の際はこういうフットワークの軽い事が出来るので嬉しい。
ちなみに、布に関しては『リザティア』の二流品でも、現状の品質を軽く凌駕しているらしく、あればあるだけ欲しいというのが透けてみえる。
「町が動き出してまだまだ年月の足りない新興貴族の領地です。手加減してもらえたらと思います」
「いえいえ、何を仰るやら。『リザティア』で卸される産物、歓楽街で実際に使われている物を見れば、そのような仰りようは……。出来れば今後も規模を増やしていきたく思います」
熱弁を振るう商家の壮年の男性の声が気を引いたのか、あれよあれよという間に他の商家も商機を求めてやってくるのを見て、ほくそ笑む。
ロスティーが結んだ、関税自主権の撤廃履行まではもう少しだ。会計年度の春ではなく、実年度の年始に設定したので、想定より四カ月は早い。この旅行から帰れば、間もなく実施だ。
そういう意味では、今が商家に恩を売るチャンスとなる。向こうもトップと気さくに話せる機会なんて中々無いため、誼を通じようとお偉いさんがわらわらと寄ってくる。
「これより出立でしたが……。子爵様がお越しならば、ずらしましたのに……。不運です」
そんな商家の人もいたが、ダブティアへの旅行の旨はかなり前から連絡している。そういう意味でアンテナが低い対象は取りあえず除けたので、それも価値かなと。
「『リザティア』での商売に神の祝福がありますように」
そんなお世辞を送りながら、ティルトの帰還までに商家との営業を済ませていく。
「戻りました……が、また凄い人だかりですね」
持ち込んでいた折り畳みのテーブルとイスだけでは足りずに、土魔術で作ったテーブルや椅子も生み出しながら、話し込んでいると、なんだか横の連携も生まれたらしく、大商談会みたいな様相を呈している。
ちなみに、折り畳みテーブルや椅子までも商談の餌になったのにはちょっと笑うが、規模の小さな床几辺りまでで、本格的なキャンピングツールとしてのテーブルや椅子の機構は無いらしく、量産を強く希望された。ネス、ごめん、頑張って。
果ては、お手製品の下賜という事で作ったテーブルや椅子までも欲しがられた。どうも、飾り部分がビビット来たらしく、似たようなものを作りたいようだ。なんちゃってロココ調で統一してみたのだが、思ったより受けた。
「お帰りなさい、ティルト。話を聞かせてもらえますか?」
いつの間にか私に関係なく話が回っているので、ティルトと一緒に天幕の奥に向かう。布一枚で隔てられた小さな部屋に入って、毛皮が敷かれた椅子に寛ぐ。
「こっちを田舎と思っている相手に、ちょっと嫌味でも出来ればと思ったけど、やりすぎたかな」
私が真面目腐って呟くと、ティルトが一瞬目を見開き、ぷっと噴き出す。
「町の入り口では話題になっていましたよ。衛兵達が何事かと人を出しそうでしたから」
「まぁ、向こうが動いたら大人しくしよう。話の方は問題なく?」
私の問いに、ティルトが表情を固いものに変える。
「一通り、受け入れの準備は行いました。宿の方も問題なく。ただ……」
「ただ?」
「一定数、前当主の影響が抜けていないだろう雰囲気は感じました。侮るというよりも、敵意という印象ですが……」
その言葉に、私も一息、ほぅと溜息を吐いてしまう。
「まだ代替わりして間もないと考えるとしょうがないけど。商機をふいにする気なのかな。オークの対応についても協力するつもりなのに……」
「影響自体はどうしても残るかと思います。前当主も長かったですので。今の住人が入れ替わらない限りは根本的な部分にはしこりが残ると思われます」
ティルトの言葉に、若干、今後の旅程に不安を感じたが、ふぃっと苦笑を浮かべてみた。
「まぁ、叩き潰せば、委縮するかな」
「商売もありますので、程々でお願いします」
そんな話をしていると、天幕の外が騒がしくなったので、話は終了となり、私とティルトが呼ばれるままに外に出る。
「アキヒロ子爵ですか。お待ちしておりました」
そう告げてくる重装歩兵の盾を見ると、伯爵の紋章ではなく、子飼いの子爵の紋章が刻まれている。確か軍機構をその子爵に任せていたとカビアが言っていたなと記憶を掘り起こし、にこやかに会釈を送る。
「はい。出迎え、ありがとうございます。片付けの時間を少々もらえますか?」
「無論です。お待たせしたのは当方の故。片付けが終わり次第、町で寛いでもらえればと考えます」
同位の相手故に下手に出たが、話を合わせてくれたのはありがたい。でも、兵の一部が微妙な反応をしていたのは確認した。
侮りが行動に出るのも、そう遠くない将来かなと。まぁ、それを利用して鯛が釣れるようなら、海老も満足だろう。
そんな思いを隠しながら、粛々と天幕の片づけを行い、車列を組んで町に進んだ。




