第783話 ティルトの進撃開始
「おはよう」
寝不足でしぱしぱする目を擦りながらテントから出て、朝の挨拶を皆と交わす。
「大部分は日が落ちると去っていきましたが、見張りが交代で立っていたようですね」
ロットが同じように隈が薄く浮かんだ苦笑で告げてくる。
「お疲れ様。ずっと意識の端でちょろちょろ動いていると、気になって眠れなかったよ」
「横でずっとロットがもぞもぞしているから、寝られなかった!!」
とばっちりを受けたフィアがてちてちとロットを叩きながら叫ぶ。
ふと周りを見ると、リナと一緒に眠っていたチャットもロッサと一緒に眠っていたドルも同じように寝不足顔だ。気になるから『警戒』を無意識に立ち上げてしまうし、そうすると視界の端にいる他人が気になって眠れない。その悪循環でもぞもぞしていると、隣の人間も影響を受けた結果だ。
「ふわぁぁ……」
リズも例外でなく、起きているのか寝ているのか良く分からない半覚醒状態でふらふらとゾンビのようにテントから這い出てくる。
「馬車の中では交代で寝ようか……」
そんな話をしながら、兵も含めて皆に熱めのお湯を進呈し、顔を洗う事にした。
雲一つないからっと晴れた空からは冷たい北風が吹きすさぶ。東への旅行という態ではあるが、実際には北東それも結構北が強めな方向に移動しているので、寒さはどんどんと酷くなっている。一足早い冬を体験だなと、もうもうと上がる湯気の中に手を差し込みながら思った。
『ぬくー、ほしいの!! においしてたの!! まま、ずるいの!!』
『にゅうよくきぼう!!』
速度を落とした馬車にゆったりと揺られながら夢とうつつを行きかいしていると、タロとヒメがわふわふうぉふうぉふと抗議してくる。朝の湯気の匂いを感じたのか、お風呂に入れると思ったのに、肩透かしを食らったからか、まとわりついてぐりぐりと体を押し付けながら抗議をしてくる。
しょうがないなぁと、ぽふっと二匹を抱き寄せて、そのままリズの方に倒れ込む。
「うわぁ、崩れてきたよ!?」
リズもうつらうつらとしていたので、これ幸いと巻き込んで、そのまま毛布をぽふっと被る。驚いたタロとヒメがじたばたしていたが、なんだか良い感じだと判断したのか、そのまま体の力を抜いて、ぽてぇっと体を伸ばして伏せる。リズも乱暴な扱いにやや眉根を寄せていたが、余程に眠かったのかふわっと欠伸を一つ浮かべると、そのまま瞼を下ろしてすぐに寝息を立て始めた。
「レイ、申し訳ないけど、後はよろしくお願いするね」
「分かりました。慣れない環境で大変かと思います。どうぞごゆるりと」
最低限、頑張っている人への義務感という感じで声をかけたけど、その頃には私も半分寝入っていた。ちなみに、レイに関しては昨晩のような状況は慣れっこできちんと休んでいた。もうただただ、凄いなぁと。
そんな感じの危険とも危険じゃないともつかない旅程が三日続き、そろそろ我慢の限界を迎えようとしていた頃に、森を抜ける。遠くに見える山間にうっすらと見えてきた灰褐色の影。
「見えてきました。そろそろ到着ですね」
フェイゼルの姿とレイの言葉に、ほっと胸を撫でおろした。
町に近づくにつれ、その威容がはっきりと眼前にそびえ始める。元々ダブティアからワラニカが分かれる前は、この町が最西端、辺境の要だったのが分かる分厚い石積みの壁が視界を圧倒する。
「では、手続きと先触れに行ってまいります」
文官達と同乗していたティルトが出発前の挨拶に来た。兵達を移送していた馬車は鉄板が仕込まれた武骨なデザインな物なので、文官用の馬車の荷物を乗せ換えて、それで一足先にフェイゼルの中、ユチェニカ伯爵に先触れしてくれるようだ。
「手数をかけますが、よろしくお願いします」
にこやかに声をかけると、にこりと微笑み、颯爽と馬車に乗り込む。その前と後には重装騎兵が護衛として立ち並ぶ。手持ちの騎兵は全部護衛に回した。子爵の分際でと舐められるわけにはいかない。この距離があろうとも、バカ食いする騎兵をこれだけ護衛に付けられるんだという態度で先触れてもらいたい。後、出来れば早く終わらせて帰ってきて欲しい。疲労で若干朦朧とし始めているので、今晩くらいはゆっくりと宿で休みたい。
意気揚々と足並み良く進んでいくティルト達を見送り、私達は門に並ぶ商家や冒険者の馬車の列への動線を邪魔しないように道から離れ、荒れ地に固まりお茶の準備を始める。
折角なので、私達基準で優雅にお茶でも飲みながらティルトの報告を待つ事にした。




