第782話 難民問題
換毛ハザードを無事に潜り抜け、馬車は調子良くとはいかないにせよ、事故無く進んでいる。
ちなみにタロとヒメに関しては、休憩の際に念入りにブラッシングをしたので毛がもうもうと舞う事もない。ただ、換毛期が始まったばかりのようなので様子を見てあげないと駄目だろう。移動のストレスで早まった可能性もある。そんな事を考えていたにも拘らず、二匹に関しては舌を出してぐてぇっとヘヴン顔で転がっている。
『ふぉぉ、まま、すき……』
『けらく……』
なんだかなぁな感じだ。
馬車に関しては、既定の速度が出せないという事で、旅程の修正を余儀なくされている。ただレイが兵と相談した結果、遅れるのは最終的に一日程度との事なので、ワラニカ国内で稼いだ距離が相殺される結果になるらしい。禍福は糾える縄の如しだなと思う。ただ、道路の件は要相談案件だなと。
北西に移動しているせいか、道に生えている植物も秋も暮れなものが増えてきた。キノコなども見覚えのあるものが多いので採取したいのだが……。
「ダブティア側の細かい法律が分からぬで御座るからな……」
リナの言葉に皆でしょんぼりしてしまう。ワラニカであれば領内の物は領主が決めている範囲で採取可能だ。基本は冒険者ギルドに委託しているものは冒険者ギルドに優先権があるし、それ以外は自由に採取して良い。
また、領外に出てしまえば、採取は自由だ。この辺りが緩いお陰で、商家の人が迅速に動けるというのもある。食料を最低限積んで、道中で採取するというのが可能だからだ。
ただ、ところが変われば、法律も変わる。ダブティア側の法律で国内の産物に関しては領主に権限があるというのは分かったのだが、管理領外はどうなるのかが曖昧なのだ。商家の人に色々聞いてみたのだが、時々で裁量が変わるらしく迂闊に手出し出来ない。
「美味しそうだけど、残念だね」
という訳で、ダブティア国内に入ってからは積んできた食料での食事が主体になって、ちょっと侘しい。それでも、食生活を激変させる出汁や調味料、乾物、保存食を作ってきた事もあって、普通の国際旅行中の集団とは思えない食生活ではある。
「今日はソーセージと乾燥シイタケの炊き込みご飯です」
じゃんっと、蓋を開けると、スパイシーな胡椒の香り、そして濡れたお出汁の何とも言えない馥郁とした香りが周囲に漂う。
「じゃあ、食べようか」
皿によそって皆でいただきますと食べ始めるのは良いのだが……。
「今日も、集まっていますね……」
ロットが若干、困った顔で呟く。
狩りや採取が出来ないのも困るのだが、もっと困っているのが、遠方からじっとこちらを覗く視線だ。
「盗賊兼難民なんだよね……」
私ははぁっとため息を吐く。
ダブティアに入ってから、レギーとラーズが物凄く忙しくなった。というのも……。
「報告です。小さな村らしき設備があります」
「報告です。少人数での見張りが前方十キロ辺りに立っています」
「報告です……」
これ、全部が難民らしい。襲ってきたら対処出来るのだが、取り巻いているだけなので、非常に精神衛生に悪く、一回ロットと二人で『隠身』を使って、挨拶に行ってみた。
少人数の襲撃者と思われる人達の背後に回った時には驚いた。青銅製の歯がちょびっと先に付いているだけの鍬や鋤を持ってガタガタ震えながらこっちを見つめている集団を襲えるかというと、襲えない。
という訳で、少し食料を渡して、交換で話を聞いてみたのだが……。
「私は、レーデー侯爵領から……」
「あっしはウェルティ国から……」
ダブティアの北部の領地や、オークに襲われている国からの難民が、じりじりと南下して、西進しているようだ。
「ダブティアでは保護は受けられないのですか?」
私の言葉に、ふるふると首を振る難民達。
「皆、それぞれの生活で手一杯のようです。それでもこの辺りはまだましです。魔物はまだしも、襲ってくる人もいませんので……」
そんな言葉に絶句する。神様の祝福からも零れ落ちている人が多い事実に、知らず眉根に皺が寄っていたらしい。何か悪い事を言ったかと委縮する難民達に、食料を手渡して、戻ってもらった。
「盗賊なのか難民なのか分からないのが質が悪いけど。あのまま冒険者ギルドの件が進んでいたら、早晩ワラニカも経済的に傾いていた可能性があるから。しかし、どうしようか……」
『警戒』をフルに展開すると、無数とは言わないにせよ、数十人単位に囲まれているのが分かる。向こうも護衛の兵がいるような集団に突っ込む気もないのだろう。でも、良い香りがするので離れられない。なんとなれば、出て行った後に残っている何かがあればみたいな感覚なのだろうけど……。
「きついですねぇ……」
チャットがぐでぇっと首を倒しながら、呟く。
「何をするかわからない集団に囲まれているのって、それだけで辛いね」
フィアでさえ、嫌そうな顔をしている。
女性にとっては、余計になのだろう。リズも文句は言わないが、いつもと違いずっと傍にいるので、何となく分かる。
「しょうがない。どうするにせよ、ダブティア側と調整しないと始まらないし。さっさと駆け抜けちゃおう」
私は、勝手に入ってくる『警戒』の情報を無理やり振り切り、テントにころんと横になる。襲ってきた時は……。襲ってきた時だな。そんな事を考えながら、そっと目を瞑った。




