第778話 TRPG脳の洞窟の攻め方
最寄りの道沿いまでは馬車にて移動し、そこからは徒歩で移動となる。
「領主様自らが出られる話ではありません!?」
兵の皆は自分達が対応すると言っていたが、ここは慣れている仲間達で対応する事にした。怪我をした際の神術もあるし、馬車の護衛も必要だ。それに作戦を伝えると、すんなりとはいかないにせよ、渋々といった感じで残ってくれた。
「この辺りは、歩き回った跡が残っています……」
捕虜になった賊に関しては、兵の方が処理をした。
『リザティア』に連れ帰ったとしても、襲撃の意図があった旨は自白したので、貴族への襲撃未遂と歴々の盗賊行為で縛り首だ。戻る時間が惜しかったため、形式上略式裁判で私の責任の下、処刑し亡骸は埋めた。二人ほどダブティア側で作った冒険者カードを持っていたので、向こうに着いたら渡すつもりだ。
そんな捕虜から聞いた目印を頼りに歩き回っていると、ロッサが目敏く痕跡を見つける。それを確認したロットも目が慣れたのか認識出来るようになり、二人に先導を任せる。
当初予定ではレイに全部任せてしまっても良かったのだが、仲間の訓練というのもあるし、馬車側の護衛の責任者も必要だ。
レギーとラーズには一緒に着いてきてもらっている。どうも丘にあった天然の洞窟を利用して拠点を作っているらしいので、何かあった場合の逃走経路の炙り出しをお願いしようと思っている。
「あっ!! あの辺りかな?」
フィアが指さす先には、若干小高くなった緑の頭が見える。ここからだと、十分ほどの距離だろうか。
ロットを先頭、ロッサを殿、私とリズが中央という陣形に変更し、『警戒』を使いながら先を進む。
程なくして、林が開け、こんもりした丘が見えてくる。その下にはぽっかりと口が開き、足跡が無数にそこに続いている。
「あれ……で御座るな……」
リナの言葉に皆で頷く。
「んじゃ、計画通りに。生木を集めようか」
捕虜の話では、残っているのは十人にも満たない数らしい。
昼組と夜組で分けているらしく、残っているのは夜襲専門らしい。その分練度は高いとみる。夜襲が問題なく出来るレベルの歩兵なんて、『リザティア』でも限られている。
ただ、見張りなどは付いていないのが、長閑というか何というか。
皆で集めた生木を静かに組んでいって、洞窟の前に即席のキャンプファイヤーを作る。
「煙でダメになるのは食料くらいだろうし。それも自分達の分しかないって言ってたから。燻り出しちゃおう。ラーズは煙が出ている場所を教えて欲しい。レギーから指示があったら皆で手分けしてそこを潰そう」
そう告げると、こくりと頷いたラーズがててっと駆けて、竜の姿に変わり、音もなく空に飛び立つ。
私は生木に火魔術で強制的に火を熾す。後はチャットと一緒に洞窟の奥に向かって風魔術で延々と煙を送り続けた。
「うわぁ……。悲惨……」
もうもうと立ち込める煙が後から後から洞窟の中に送り込まれるのをみて、フィアが嫌そうに呟く。
少しの間、待っているとレギーが手を上げる。
「細く煙が上がっているところが一ケ所。誘導出来ます」
その言葉に、ロットとドルが頷き、レギーと一緒に走り出す。
洞窟の前では、リズとフィア、リナが武器を構えて待ち構えているし、後方からはロッサがクロスボウを構えている。
まだかなぁと呑気な事を考えていると、洞窟の入り口の方からえほえほという咳き込む音が響いてくる。私は手を上げて、暫し待ち洞窟の外壁を手が掴んだ瞬間を狙って振り下ろす。
フィアがさんっと剣を振りぬいた瞬間、くるくると白いものが赤い線を引きながら一瞬空を舞う。一拍おいて響き渡る悲鳴。それに合わせて、チャットが生木のキャンプファイヤーを風で押し流す。私は、洞窟奥に向かって一気に出力を上げた風を流し込んだ。
煽られて必死で目を開けながら現況を確認しようとする男達。その明らかになった姿に向かって、リナが、リズが襲い掛かる。
鎧袖一触という感じで、七人を切り伏せて、後は少し奥の方で止まっている一人だけかと思った瞬間、背後からひょうという音が響く。クロスボウから放たれた矢は狙い過たず、奥の物陰からこちらを覗き込んだ男の額を貫いていた。
「様子見で走らされたようです」
ロットが縛り上げた男の顎を上げながら伝えてくる。緊急避難的に作られた小穴の方は一人だけ出てきたらしい。四つん這いでなければ動けないような穴だったため、出た先の状況を確認するため、一番の若手が狩り出されたらしい。
生け捕りになった男に、首実検を行ってもらうと、奥で様子を見ていたのがこの集団の首領で、残りはこれで全員との事だった。
「捕えている人間などは他にいるのか?」
その問いに、必死になって頭を振る。足がつくのを恐れて人を攫う事はしていないとの事だった。
煙が散るのを待つ間、皆で交代に穴を掘る。正直、穴を掘ってばかりだなと。そんな事を頭の端で思いながら、亡骸を横たわらしていく。まだ土はかけない。
「さて、案内をお願い出来るかな」
私がそう告げると、おどおどと若い男が松明を持って先導し、洞窟の中に入っていく。 壁には断層が見えるので、偶々地殻変動が起きた際に出来た洞窟だろうなと推測する。活断層か……。地震が将来この辺りを震源に起こるのかなと思いながら百メートル程進むと広い空間に出る。
全面を布で覆った空間は、湿気と体臭、それに焦げた何ともいえない臭いがこもっている。地面には毛布がそのまま乱雑に投げ出されている。
男が毛布を踏みながら、奥に進むと、幾つかの半壊した木箱が積まれているのが見えてきた。
「これが蓄えだ……です」
男の言葉に、ロットが木箱をひっくり返すが、出てきたのは保存食と三十万ワール程とダブティカの十万ティカ程度。
ロットが首を振り、ドルがふむぅと息を吐く。三十人超の集団が盗賊行為を行っていたというにはお粗末な結果だなと。皆がしょんぼりとした雰囲気に包まれる中、ふと若い男の顔を眺めると、瞳がきょろきょろと動き続けている。
「何か言うべき事は無いかな?」
私が男を促すと、びくりと硬直し、ぶんぶんと頭を振る。
「言わないのなら構わないよ。ロット、ドル。頼めるかな」
私が告げると、二人が男を連れて入り口の方に向かう。
「何かあったの?」
リズが首を傾げながら聞いてくるので、ふわっと苦笑を浮かべてしまう。
「この程度の儲けで盗賊稼業なんて続けても旨味が無いだろうね」
私は木箱の中でじゃらついているワール硬貨を一枚拾い上げて、ぴんと跳ね上げる。
「絶対に隠し財産があるはずだよ」
ぱしりとワール硬貨を掴み、瞼を閉じて『探知』に集中する。足元の硬貨、皆の財布、懐に隠したとっておき、それらを無視して、探知の範囲を広げていく。すると、壁側のある場所に多数集まっているイメージが見えてくる。
「あっちを調べてみてくれるかな」
私が指さすと、ロッサがててっと走って、布をばさりと引きずり落とす。松明を間近に壁の表面を触っていくと、ぴたり、動きが止まる。
「ここ、おかしいです。ここから感触が違います」
その言葉に合わせて、皆がスコップを掲げる。
「掘ってみようか」
また穴掘りかぁ……。そんな事を考えながら、ざっくざっくと柔らかい穴壁を掘っていく。
「また、多いな……」
外に出ると、ドルとロットがこちらを呆れたように眺めていた。教えてもらった木箱とは別に三つほどの戦利品。先程の腐りかけた木箱と違って、きちんとした木材を使った本格的な宝箱だ。
ふと見ると男の姿は無く、掘られた穴は埋め戻されていた。
「隠し財産を作っていたようだったから」
私がそう告げて、鍵穴を『剛力』込みの力を以って、スコップで強打する。がこんという音が響き、ひしゃげた鍵穴を無視して、木箱を開ける。
「また、多いな……」
ドルが再び呆れたように呟く。
その中には、一万ワール硬貨がびっしりと並んでいた。




