第776話 治安の問題
移動時間は優雅なひと時になる。そんな思いは妄想でしかなかった。
がくんっと窪みに車輪が落ち込む度に、板バネが過剰に反応してばうんっと浮遊感を感じさせる。
「うぅぅ……。ぎぼぢわるい……」
状況の変化に敏感なフィアが真っ先に音を上げた。他の皆も多かれ少なかれ疲弊しており、遊ぶ元気がある者はいない。かくいう私も、乗り物酔いで頭がクラクラしている。
「ここまで道が酷いとは……」
川まではマエカワ領の実効支配地域としてローマ街道の敷設を行っている。そこを超えると、ワラニカ王国そして森に差し掛かればダブティア王国の領域となる。ただ、この辺りまで支配は及んでおらず、両国がそれぞれ持ち寄りで道の維持をしているだけだ。
道幅はぎりぎり大型の馬車が行き交う事が出来る程度の広さ。それ以上の大きさの馬車になると、道から外れて行き交う必要がある。
道の状況は非常に悪い。トルカからノーウェティスカまでの道はノーウェが腐心して維持しているだけあってかなり状況は良かった。ノーウェティスカから王都までの道も荒れ気味とはいえ、手が入っている分まだまだましだ。
しかし、各国にとって辺境といって良いこの辺りになると、途端に悪化する。なんとか道の体裁を整えているだけの始末という感じで、石はごろごろ、窪みはそこここに。レイの手綱捌きで事なきを得ているが、前方の軍用馬車は先程大きな石に乗り上げて車輪の一部が欠ける惨事になった。すぐには支障は出ないが、今晩の野営の予定時間を早めて交換しなければならないだろう。
工兵も乗っているので、予備を作る事も可能だが、前途は多難だなと。
それに……。
「前方、十キロほど先。伏兵と思しき影が見えます」
竜のレギーが静かに告げる。
「こちらに気付いているかな?」
「……監視のようだとの事です。その場で襲撃というよりも野営地まで追ってきて、夜襲を想定していると思われます」
「どうなさいますか?」
レイの言葉に、はぁと溜息を一つ吐く。
「前方の兵に連絡。一旦停車。騎兵を迂回先行させて前後で挟み撃ちを行おう」
私の言葉に、レイが笛を吹き、旗を上げて馬車の速度を落とす。
上空のラーズに監視を任せて、レギーが状況を受信する形を取っているが、『リザティア』で行っている偵察範囲を超えた辺りから野盗が出没し始めた。
こっちの支配地域に入ってくる盗賊に関しては、さくさく縛り首にしているが、曖昧な領域にはまだまだ潜んでいる者が多そうだ。
「しかし、町も無いのに、こっち側でどうやって生活をしているんだか……」
私の言葉に、リナが難しい表情を浮かべる。
「どこかに拠点を作っているので御座ろうな。『リザティア』は入る際に身分の証明が必要で御座る。となれば、ユチェニカ伯爵領まで点々と拠点を作っている……。あるいは……」
「勝手に村を作っている可能性もありますね」
ロットが引き継ぐ。
「我が国ながら、何ともはや。でも、領主のいない地域なんてこんなものだよね」
私の言葉に、皆が苦笑を浮かべながら戦闘準備を始める。
緩やかに馬車が速度を落とし、停車したのが一キロ程前進した地点。
降りてきたラーズに状況を詳しく聞く。
「林の中に見えたのは、数人です」
縮尺が曖昧だが貴重な地図を参考に、場所を指し示しながら報告してくれる。
「ふむ。当初の予定通りで問題無いか……。ロットの先導で大回りに迂回してもらえるかな」
私の言葉にロットと騎兵達が頷く。
「こちらはレイの認識範囲に入った段階で準備開始。両者が一キロ程度で挟んだ段階で、ラーズに合図を出してもらう。それで良いかな?」
私の言葉に、皆が頷く。
ロットが斥候と騎兵を、フィアが軽装歩兵に指示を飛ばす。実際の対応が煮詰まったところで、ロットとロッサが馬に同乗し、道から離れ大回りに前進していく。
そして、ラーズが再び空に舞い上がる。上空から、所定の位置まで到着した段階でレギーと連携してくれる。
「じゃあ、接近してみようか。貴重な時間を無駄にしてくれたんだ。相応の苦渋は覚悟してもらおう」
私は頷く皆を見回し、再度馬車に乗り込む。さてさて。久々の盗賊狩りだ。さっさと終わらせて、サクサク進もう。




