第775話 ダブティアへの旅立ち
南国特有の容赦のない太陽は朝からその威容をまざまざと見せつけている。少し夜更かしをした私はギラギラと情熱とでも言いたそうな陽光を浴びながら、ほけっと上体を起こす。気を付けて手を置いた先にはすやすやと眠りを貪っている大切な人。そっと額に口付けをして、テントから出る。
水場の方に向かうと、朝が早い虎さんとタロ、ヒメがじゃれ合っているのが見える。昨晩は一緒に寝ると暑かったので一緒に遊んでおいでと伝えたが、夜通し遊んでいたのだろうか。まぁ、本来夜行性なのだからその方が楽しいのだろう。こちらに気付いたタロとヒメがしっぽをしぱたんしぱたん勢いよく振りながら駆けてきて、どーんと飛び掛かってくる。遊んでもらって興奮しているらしい。二匹に勢いよく顔を舐められて、ようやく解放される。
『お世話、ありがとう』
虎さんに伝えると、んなぁみたいな鳴き声を喉の奥で発する。気にするなみたいな返事だった。
清水で顔を洗って、皆を起こし、朝ご飯の準備とする。
日中は昼下がりまでのんびり過ごし、帰還の予定だ。海ではしゃぐ者、人魚さんと遊ぶ者、色々と旦那を操る秘訣を聞く者、それぞれ楽しそうに振舞う。
私はリズと一緒に波打ち際で戯れていたが、昨日と同じく子供達に早々見つかり、遊具の立場に甘んじた。
海鮮尽くしの昼ご飯を堪能し、お土産を持ったら帰還となる。今回の目玉は何といっても煮干しだろう。人魚さんが雑魚を布で掬って、すぐに釜茹でし、干した逸品。そのまま齧ると、臭みも無く旨味だけが舌の上で躍る。
「小さい魚ゆうても、立派なんですね……」
チャットが感心する事しきりだった。
これでカツオブシが出来れば申し分ないのだが、まだまとまった時間が用意出来ないので手が出せない。ただ、鮭をカチカチに乾燥させた鮭とばモドキは貰ったので、これで出汁を引くのも楽しいかもしれない。
次に来るのはリゾート施設がオープンする真冬だろう。そんな事を考えていると、私達と入れ違いに『リザティア』からの荷物が届く。収穫祭用の資材や食糧、人材が乗っている。護衛をしているディード達に手を振って、馬車を出す。
帰路は気圧の谷に丁度入ってしまったのか天候が不安定で数日足止めを食らってしまう。結局『リザティア』に戻ってきたのは十月十七日となった。
そのまま慌ただしくダブティア外遊の準備を進めていると、ロスティーから荷物が届く。
カビアと一緒に開けてみて、驚いた。国王の印璽とロスティーの紋章、ノーウェの紋章が入った書類は伯爵格の外交特権の証明書だった。
例に交戦権を上げると、子爵の段階では村とか町への武力行使は可能だが、領全体への攻勢は認められない。これを許すと、際限なく戦線が広がるからだ。
伯爵だと、一領主単位での交戦権が認められるし、公侯爵であれば国相手の交戦権、この場合は宣戦布告が認められている。
斯様に外交における力は爵位によって制限されているのだが、今回は一段階上の権限を付与してもらう事になる。言い方は悪いが、喧嘩を売られた場合、買えてしまう。まぁ、負けないと判断されたのだろう。
「責任重大ですね」
カビアの言葉に苦笑で返す。
「国の損になる事は無しで」
そんなこんなで十一月一日。準備も整ったと言う事で、『リザティア』の町を後にする。東門には多くの人々が見送りに集まってくれる。
そんな中、騎兵や軽歩兵の馬車がパレードさながらに進み、私達の馬車、それにお土産や食糧を積んだ馬車が後に続く。最悪竜さんに乗って輸送も可能なので、そこまで過剰には載せていない。その為、隣国に向かうというにはえらく小さな所帯となった。
「じゃあ、ティアナ、カビア。後はよろしく」
「気を付けてよ?」
ティアナが少しだけ寂しそうに告げる。その目は、馬車に乗った皆の方とこちらを行きつ戻りつしている。
「カビアと仲良くね」
そう告げると、もうっと声を発して、カビアと変わる。
「もし、貴族の動きがあれば……」
「分かっています。竜の方々と連携して、必ずお伝えします」
そんな会話を終えて、民の皆に手を振りながら馬車に乗り込む。
さぁ、長い旅行の始まりだ。




