第773話 サトウキビの収穫
野営地に戻ってきた私達は木陰に置かれたタライに入ったココナッツを銘々手に取る。
ぷかぷかと浮かぶ楕円形のココナッツの横には、透明な氷がころりころりと浮かび、タライは気持ちよさそうに汗をかいている。
「あは、気持ちよさそう」
フィアがつんつんと虎さんの頬を突くと、ぶるんと首を振って、そのまま元の位置に戻る。氷水を渡る風が冷たくて心地良いのか、タロとヒメをお腹に抱えてお昼寝の真っ最中だ。
「涼しいで御座るからな」
私達も木陰に入って、のんびりと足を伸ばす。じとりとした湿気はそこまで強くなく、秋らしいからっとした陽気で、熱気に汗ばんだ体をそよぐ風が適度に冷ましてくれる。
ドルがばずっばずっとココナッツを切ってくれるので、皆で傾け、その果汁を貪る。
どこか寝ぼけたような、塩味を感じるような、甘いような、それでいて果実の味わいは深い、良く冷えたジュースを喉に流し込む。
「ぷはぁ!! やっぱ美味しい!!」
チャットが冷えた物を急激に飲んだせいで起こった頭痛を堪えるような表情を浮かべながら、嬉しそうに叫ぶ。皆が苦笑を浮かべながら、同意するようにこくんこくんと頷く。
私はごそごそと荷物を漁り、小瓶を取り出す。
「新鮮な内に食べるのもまた一興だよね」
飲み干したココナッツをぱかりと割ってもらい、果肉を匙で皿に移し、醤油を回しかける。
「いただきます!!」
皆で唱和し、白磁や象牙を彷彿とさせる滑らかでしっとり官能的な真白の肌を、冒涜的に汚した濃い茶色が塗された果実をはむりと口に入れる。
「うぅ!? うぅぅぅ!!」
ロッサが驚いたように目を丸くしながら、唸る。
「美味しい!! 甘くてしょっぱくて。そのまま食べるより、全然こっちのが好き!!」
珍しくリズが捲し立てるように叫ぶと、皆も然り、然りと頷く。
刹那しこりと儚い歯応えを感じさせる果肉は歯に冷気を移しながら、ほろりと儚く砕ける。その瞬間、濃い甘みと満々と湛えた水気をこれでもかと吐き出す。その甘みと醤油の大豆由来の甘みが結びつき、得も言われぬ芳香を発する。塩気は甘みをこれでもかと引き立て、氷菓子のように冷え切った一掬いにも関わらず、次を、また次をと脳に働きかける。
よく沖縄に来た人間は、イカの刺身によく似ているなんて言うが、歯応えといい、香りといい全く別のもっと完成された何かだ。
皆、忘我の勢いで貪り、ぽてんと空の皿を置いた瞬間、ほぅっと冷えた溜息を満足気に吐き出す。
そよそよとヤシの木を揺らす風に、魂を抜かれたように脱力し、身を任せていると微かなリズムが聞こえてくる。
「あれ? 太鼓の音ですやん……」
チャットが耳をそばだて呟く。
「あぁ、サトウキビの収穫で刈り取りが始まっていると思う。見に行こうか」
私の言葉に、一斉に皆が立ち上がる。
畑には『フィア』の男衆が、これでもかと集結し、畑に茫々と生えたサトウキビ達を刈り取っている。
畔ではその労苦の気を晴らそうと女衆や人魚さん達が、太鼓やリュートを手に、音楽を奏で歌を謡う。
独特の調子で歌っている歌を聞き、私は苦笑を浮かべてしまう。
流れているのはユンタだ。私のスマホに入っていた沖縄民謡を聞いていた人魚の人達が覚えたらしい。農作業中の労働歌としても流されていた明るく、どこか寂しさも内包したリズムが人魚さん達の美しい歌声で結い上げられている。
唱和されるイヤーサッサーの掛け声も勇ましく、サトウキビを結んだ束がトスン、トスンと積まれていく。
「本格的に砂糖が生まれるで御座るな……」
リナが感慨深げに呟く。
「私達が東を旅行している間に絞りと粗い乾燥まではやってもらえる。研ぎは帰ってからかな。そこまでいけば……」
砂糖と糖蜜が生まれる。砂糖は言わずもがな、糖蜜も発酵させて酒に変える。絞り滓だって、家畜の餌だ。捨てる所も無いサトウキビは、『フィア』に取ってはかけがえのない宝物になるだろう。
独特の三拍子のリズムが流れる中、朗々と響く人魚さん達の歌声と、それに応える男衆の掛け声に耳を傾けながら、収穫の様子を見守り続けた。




