第770話 一路海へ
屋敷に戻ると、ロスティー達はまだ帰っていないようだ。夕食も各自でと伝えているのでもしかすると温泉宿で宴会中かもしれない。
祭りの熱気に充てられて疲労を覚えた私とリズは部屋に戻ると、服も着替えずぱたんとベッドに横になる。
『おつかれなの……』
『ひろうこんぱい』
日中、アンジェに遊んでもらったタロとヒメが足元にじゃれついてくるが、十分に遊んでもらったのか、必死な感じはしない。暫く放っておくと、ぴとっとお尻をくっつけて伏せたまま動かなくなる。
「疲れたぁ……。歩くとなると結構運動になるね……」
私の言葉に、ちょっと眉根に皺を寄せたリズが答える。
「ヒロは運動しなさすぎ。あんまり太ると、嫌いになるよ」
ぽっちゃりとした小山をたぷたぷしながらリズが笑う。
「善処します……。あぁ、寝ちゃいそう……」
「うん……」
そんな事を言っている間に、瞼が落ちていき、くてんと寝入ってしまう。
「様……領主様」
ゆさゆさと揺られるのに合わせて、意識が覚醒する。俯くと、侍女がそっと肩を揺らしてくれている。
「起きた。どうした?」
「ロスティー公爵閣下御一行がお戻りになりました」
あぁ、帰ってきたのか。時計を見ると二十一時。この世界で考えると、結構遅くまで遊んできたな。長湯でもしたのだろうか。気付くとかけられていたシーツを剥ぐと、冷えてきた外気でぶるりと震える。
「宴の支度は?」
「はい。軽食はご提供しました。お酒はポン酒を」
「分かった。身なりを整えてから向かう」
「お手伝い致します」
寝崩れていた服装を整えると、足早に侍女が出ていく。私はリズを移動させて、改めて布団をかける。タロとヒメは寝床ですやすや眠っている。
「お待たせしました」
部屋に入ると、陽気な三人が杯を掲げる。女性陣は休んでいるのか。
「済まぬな。疲れているのであれば、よいぞ?」
ロスティーが寝起き顔を察したのか、微笑を浮かべて告げてくる。
「いえ。仕事が終わってからリズと散歩をしていたのですが。久々に遠出をしたら、少し疲れました」
そう告げると、温かい笑いがさんざめく。
「奥さんと仲が良いなら重畳だね」
「然り」
ノーウェの言葉に、テラクスタも頷く。
「本日はどのように回られたのですか?」
ノーウェによると、工房街を視察後、温泉宿で入浴、その後は瑞鳳で食事を楽しんでいたようだ。
「ノーウェに聞いておったが、あの工場というのは見事だな。品質といい、業務形態といい」
ロスティーの言葉に、若干情けない表情でテラクスタが天を仰ぐ。
「領内の産業の促進は考えているが、あの規模で、あの生産量を出されては到底戦えんよ。素直に綿に関しては、こちらに輸出する事を検討する」
テラクスタの言葉に、ロスティーも頷く。
「儂のところでも布は幾らあっても足りぬ。今後は中央を介さず、直接輸入を考えよう」
そんな感じで、視察の様子を教えてくれる。それぞれの刺激になったようで良かった。ノーウェも案内した手前嬉しそうだ。
後は庁舎や兵舎の動きに、テラクスタが甚く感激していた事が肝だろうか。特に兵舎及び軍制に関してはかなり突っ込まれた。
「あの瑞鳳という店は良いね。実に趣があって、良かったよ」
明るいノーウェの言葉に、他の二人も然り、然りと大きく頷く。
「ペルティアが喜んでな。もしよければ、建築士を紹介してくれぬか?」
ペルティアはわびさびがお好きのようだ。ロスティーも目を細めて喜んでいたので、歳を取るとやはりああいうのが好みになってくるのだろう。
「父上の屋敷の東屋なんかも好きだけど、やっぱりちょっと様式が違うよね?」
ノーウェの言葉に、私も頷く。
「故郷の昔の様式ですね。年を取ると、落ち着きが欲しくなる。華美な物は少し食傷するのでしょう」
そんな会話をしながら、夜は更けていく。
九月二十七日は早朝から、見送りとなった。女性陣も大きな荷物を馬車に詰めてご満悦だ。
「では、体に気を付けよ。東は寒いぞ?」
ロスティーの優しい言葉に力強く頷き、見送りを済ます。
後は収穫祭の後片付けを懸命に行う。取り敢えず、大きなところを検収、決裁してしまえばカビアの権限で、ゆっくり処理出来る。
「そういえば、東に行く前に、海で船を確認するつもりだけど」
私の言葉に、事務作業をしていたカビアとティアナが顔を上げる。
「二人は留守番で良いかな? 東の時も出来ればティアナに付いてきて欲しいけど、あんまり離れるのも嫌でしょ?」
そう告げると、若干ティアナの顔が紅潮する。
「貴族に関わる事は、旅の間ティルトに任せようかと思っているんだ」
元男爵のティルトであれば、貴族のマナーに関しても網羅している。ついでに東で営業をしてもらえれば仕事が減る。
「領主様の言葉なら異存ないわ」
ツン気味にティアナが答えるが、その口元は綻んでいる。中々一緒にいる事が出来ない二人だから、たまにはゆっくり二人の生活を楽しんで欲しい。
そんな感じで、些事を済ませていき、体が空いたのが十月の四日。補給を済ませた馬車は磨き上げられ、朝日に輝いている。
「じゃあ、出発しようか」
いつものメンバーに声をかけて、見送りのカビア、ティアナに手を振る。レイの鞭がパシンと空気を叩き、馬達がゆっくりと歩き始める。
さぁ、『フィア』はどうなっているかな。




