第763話 収穫祭2日目 反物の四倍幅辺りまでが現在の進捗です
すっきり湯上り卵肌のガレディアがペルティア達と美容談義をしている食堂に笑いを振りまきながらリズと一緒に入る。
「お寛ぎ頂けましたか?」
テラクスタに問いかけると、さっぱりとした表情でにこりと微笑みが返る。
「今もその話をしていたところだ。もうお二方は風呂を作ったと聞くが、早い。領地にかまけてばかりでそこまでは手が足りんよ……。流石と言うべきだろうな」
素直に感心しているテラクスタに、ロスティーとノーウェも和やかな笑みを浮かべる。
「役得とは言わないけど、市井に降ろす前に責任者が責任を持って試さないとね」
ノーウェが冗談めかして言うと、辺りから笑いが零れる。
「さてさて、夕食としましょうか」
私が声をかけると、皆が席に着く。最近大型の織り機を導入して作られるようになった真白な一枚布のテーブルクロスの上には、ココナッツから抽出されたオイルが暖かな光を揺らしている。食堂の中には、どこか夏の海を彷彿とさせるココナッツの甘い香りが立ち込めている。期待に胸を膨らませる来賓達を前に、料理人達が皿を並べ始める。
「これは……」
ノーウェが気付いたのか顔を上げるのと同時に、私は口を開く。
「はい、トマトです。カプレーゼという料理になります。昨日お昼をご一緒した方はご存知ですが、東の方では積極的に食べられている野菜です。酸味はありますが、ソースにかけているオリーブオイルとよく合います。白いのは牛の乳で作ったチーズです」
説明を行い、チーズと一緒にトマトをフォークに刺して、はむと頬張る。流石に水牛がいないので、モツァレラチーズは牛の物だ。香りが若干違う物のねっちりとした歯応えの後にぷつりと切れるあの感覚は懐かしいものを感じさせる。乳の甘み、燦々と降り注ぐ太陽を浴びて化身のようになったトマトの甘みと酸味が融合し、頬に痛みを感じそうなほどに充溢した旨味を帯びた液体が駆け巡る。その奔流にオリーブオイルのコクとオリーブの実の塩漬けがもたらす塩気と香り、そして最後に咀嚼した瞬間弾けるように鼻から抜けるバジルの香りが合わさり、飲み込むまでの千変万化を繰り広げる。
「ほぉ……。南の方ではチーズは食べるが……。これはまた食感が良いな。豆腐……とも違う、初めての歯応えと味だ」
ロスティーが感心したように呟く。
「柔らかですけど、噛み応えはあるのが嬉しいわ……。香りも鮮烈。あの赤いソースの元はこんな可愛らしい実なのね。ふふ……美味しいわ」
ペルティアも満面の笑みを浮かべ、咀嚼を繰り返す。
「こんな生のようなチーズ……。と言う事は報告は無かったけど……」
ノーウェがじっとこちらに視線を向けてくるのに、こくりと頷きを返した。
「牛の繁殖に成功しました。後は越冬ですが、畜舎の整備も問題無いので、このまま進めるつもりです。報告に関してはまだまだ根付いたわけではないのでまずはこの場を借りてと言う事にして下さい。お預かりした畜産関係者の名誉です。是非お褒めの言葉を賜れればと思います」
「そうか……そうなのか……。素晴らしい。馬は軍に優先順位があるからね。牛鍬と呼んでいる機材は是非運用したく考えている。そう考えると君の領地で牛を繁殖してくれれば態々南方まで多額の旅費を用意してまで買いに行く必要はない。助かる、助かるよ……。紹介した甲斐があったというものだよ」
感無量と言った表情でうんうんと頷くノーウェにもう一つ爆弾を投げておく。
「はい。あそこから一緒に頂いたサトウキビも元気です。もうすぐ収穫の時期ですね。甘味の流通ももう少しです」
その言葉に女性陣が敏感に反応する。
「それならば、『リザティア』にもっとお菓子が増えると……?」
ラディアの呟きにガレディアもこくりと喉を上下する。
「えぇ。品質の良い砂糖が無いため、中々お菓子を開発するのが困難でした。養蜂も軌道に乗ってきましたし、そろそろお菓子文化も花開きますね」
その言葉に、陶酔したような眼差しを浮かべる女性陣。
「あぁ……。歓楽街で食べたお菓子は今までの常識を打ち砕くものだった……。それすらもまだ完成で無いとは……」
ガレディアの言葉に苦笑を浮かべ、料理長の目配せに頷きを返す。
「さぁ、次はスープです。お楽しみ頂ければと思いますよ」
いつもとは少し違う香りが広がる中、茶目っ気を帯びたと言えるであろう笑みを浮かべ、皿が並べられるのを眺めた。




