第762話 収穫祭2日目 招き狼現れる
テラクスタ夫妻がお風呂ですっきりしている間に、リズと一緒に部屋に駆けこんでベッドにダイブする。取り敢えず小休止。頭を働かせすぎて、もう霞み目みたいになっている。夕飯まで寝るぞーと言う事で、氷柱を点々とタライに出して、すやぁと寝入る。
暫しの微睡みを楽しんでいると、頬に何か違和感が……。ふにゅふにゅされていると思ったら、ぺちこんぺちこん叩かれる。ふむぅ、リズは一緒に眠っているから悪戯する訳が無いよねと薄く目を開けると、アンジェに引っ張られながらも前脚だけ必死で伸ばしたタロがぺちぺちと頬を叩いていた。
「こ……こら、タロ、駄目。領主様はお休み中だから。いっぱい遊んだでしょ。あぁぁぁ、ヒメも、こらー」
『つ……か……れて……いる……の、ぬく……いの……いる……の』
『ひろうかいふ……く』
ぴーんと張ったリードの先で、首輪から抜けそうなくらい懸命にわふわふうぉふうぉふ鳴いている二匹を見ると、何だか笑えてきて、そっと手を伸ばす。気付くと、夕闇と言うにはまだ早く、黄昏の残滓が残る程度の時間のようだ。夕方まで面倒を見てくれると言っていたが、遅くまで頑張ってくれたようだ。
「ありがとう、アンジェ。大丈夫、少しはましになったから」
くきくきと首を曲げると、頭の後ろにずーんと感じていた重さが取れて、大分爽快になっていた。ベッドに座ってタロとヒメを抱きかかえると、凄い勢いで鼻をくっつけてペロペロと舐めてくる。
「祭りは楽しめた?」
「はい。歓楽街の方を軽く覗いてみましたが、初めて見るような催しばかりで。劇も新作をやっていたようですが、この子達と一緒だとちょっと無理ですし。あ、でも、屋台とか楽しかったです。タロったら、ちょこんと屋台の前に座って動かないんです。邪魔かなと思っていたら、歩いている人に鳴いて、呼ぶんですよ。お客さんが買ったら、しっぽを振って大喜びするんです。それを見ていて、皆が買い始めて……。ちゃっかり生のお肉を貰ったりしていましたよ」
そんな事していたのかと聞いてみる。
『うまーなにおいなの、たべたいの!! ままもたべるの!!』
『タロにもらった、びみ。タロ、すき』
ちゃっかりヒメもお裾分けを貰っていたと。タロはどうも牛のお肉の匂いに惹かれて、招き狼をしていたらしい。美味しそうな匂いだから他の人が食べるように誘導していたら、ちゃっかりお相伴に預かったと。ふむ……。この思考パターンは凄い。人間っぽい。偉いねと撫でていると、むふーみたいなドヤ顔になってぐりぐりと鼻を押し付けてくるので、獣可愛い。
「お手伝いしたのか、偉いね。牛と言う事は瑞鳳絡みのお店かな。焼肉としゃぶしゃぶを試してもらっていたはずだけど」
「そうです、温泉宿の近くのお店です。焼いたお肉と、茹でたお肉を出していました。牛って硬くて筋張っている印象でしたが、柔らかかったです」
この世界で牛馬は働き手としての側面が強いため、積極的に食べられる事は無い。働き切った牛を冬に潰すけど、その段階まで酷使した牛はそんなに美味しくは無いだろう。今回、繁殖で増えた仔牛を試験的に潰して提供してみた。これが口に会うなら畜産として鶏、イノシシだけでなく牛馬も選択肢に含められる事になる。
「味はどうだった?」
「焼いた方は全然当たらなかったのですが、茹でたのはもうほっぺたが痛くなるほど美味しかったです。デールとお醤油のソースを少しだけ付けて食べたら、もう、あっという間に消えていました」
ぎゅっと拳を胸元で握りしめて、アンジェが力説する。ふむ、受け入れられそうなのかな。醤油も徐々に浸透し始めたし、あさつきと醤油と牛骨出汁のたれを用意してもらったので、それはこの地の人の舌に合うと。
「まだ試験段階だけど、もう少し数を増やして少しずつ家畜化も進めようかと考えているけど、その調子だと大丈夫そうだね」
そう告げると、はっと紅潮する頬。ぱぱっと裾を払うような仕草を見せて取り澄ませた顔を見せるが、若干唇の端がにやけているので、締まらない。
ちなみに二匹は牛は好きらしい。出来れば骨を楽しみたかったようだが、お店に無かったのでちょっとしょんぼりしながら帰ってきたらしい。
「ん……。あ、おはよう……。あれ、アンジェ。うわぁ……結構熟睡していたかも」
横で眠っていた眠り姫が寝ぼけ眼で起きてくる。横に座って、一緒にタロとヒメをかしかしと撫で始める。
「お散歩から帰ってきたと言う事は……。あぁぁ、暗い。お夕飯大丈夫かな……」
リズがはっと目を覚まし、若干狼狽えるが、アンジェが手を差し出してにこりと笑う。
「大丈夫です。厨房の方もまだ忙しそうでしたから」
そう伝えられたので、その隙に身嗜みを整えようかと立ち上がる。もう、顔中ペロペロされてベタベタだ。アンジェに後を任せてささっと身繕いを済ませると、ノックの音が響く。さてさて夕ご飯だ。




