第760話 収穫祭2日目 軽犯罪の取り締まりについて
朝ご飯が終わると、ロスティー達はテラクスタ夫妻が到着するまで休憩するらしい。昨日は旅の疲れを興奮で忘れて動き回ったが、馬車で四日も移動すれば普通は疲労困憊になる。と言う訳で、時間が空いたのでリズと一緒にお仕事の時間である。
『まま、あそぶの!!』
『ぱぱにうむ、ふそくちゅう、ほきゅうもとむ』
あー、今回は何となくヒメがアクセスしている言語野が理解出来るような気がする。いそいそとリズと一緒に執務室に向かおうとしたら、二匹がひしっと足元にまとわりついてきた。昨日は皆で一緒だったので、楽しかったけどちょっと寂しいらしい。
「あんじぇー、助けてー!!」
侍女にアンジェを呼んでもらうと、ぱぱっと撫でたかと思うと巧みに首輪とリードを装着してしまう。二匹がはふはふしている間に、お散歩モードの完成だ。
「では、夕方までお世話しますね」
アンジェが微笑みながら言うと、足元の二匹がしっぽをてしんてしんと振りながら、まだいかないの? みたいな顔で見上げている。うん、獣可愛い。
「先触れの人の話だと、昼下がりから夕方には到着するという話だから。少し長いけど、よろしくね。これでお祭りを楽しんでもらえると嬉しいな」
そう言って、漢字で寸志と書いたポチ袋を渡す。うん、首を傾げるのは分かるけど、読めなくても大丈夫。慣習で書きたかっただけだから。
そんな感じでばたばたと見送り、リズと顔を見合わせて急いで執務室に向かうと、やはり書類は山を成しており、後からおかわりが届けられている最中だった。
「昨日の分は終わらせたはずだけど……」
こりこりと頭を掻きながら書類を片付けているカビアとお茶を入れていたティアナに問うてみる。
「歓楽街を不夜城なんて言ったのはリーダーよね。まさに夜なんて無いわね。まぁ、『リザティア』で面倒事を起されるより余程ましだわ」
私の机に乗っていた書類から、ぱぱっと数枚を抜き出してティアナが手渡して来た中身を確認する。
「あぁ……。酔っぱらい相手の詐欺、喧嘩かぁ……。喧嘩はもうしょうがないと思うけど、詐欺は入領規約違反だよね……。あぁ、こっちも……。新顔さんかな」
「祭りと言う事で出入りはゆるめていますし、厳密には歓楽街でもない……という物もあります」
カビアがそういって、書類をぺらりと渡してくる。
「リバーシの賭け勝負くらいなら大目に見るけど、天幕地域は宿泊場所だから商談は禁止していたよね……。欲に目がくらんでの話なのかな?」
「事情聴取の議事録を読む限りは、そうでしょうね」
カビアもじとーっとした目で書類に目を落とす。
「大方、商工会に相手にされない商会辺りの仕業かな?」
「です。入り荷は最低限こちらで処理をするようにしていますが、長期の契約を希望していた方々は何かと不満を溜めているようですね」
「そんな事を言われても、品質の問題が有るから……。材料か『リザティア』で作っていない物でもなければ、長期には仕入れられないしね」
「もしかしたらでも人は動きますし、当てが外れれば腐るのでしょう」
カビアがはぁと嘆息すると、それが感染ったように私とティアナも息を吐き出す。
「最低限は買い取っているんだよね? それでも、問題が発生するの?」
リズがきょとんとした表情でくてんと首を傾げる。
「商家側は、仕入れと移動に投資しているわ。『リザティア』側はその仕入れに利益を上乗せして買い取るのだけど、向こうの心理としては次回の契約も取りたく思うわね。移動費がかかっているもの。でも、それを受け入れてもらえないとなれば、やはり思うところはあるのではなくって?」
「リズの考え方だと、一つの町の中で完結しているから、諸経費の概念が乏しいだけだよ。それでも、アストさんが肉屋さんに次回も大物を高く買うよって言ってもらったら、嬉しいと思わない?」
「うーん、獲れれば嬉しいと思うけど……」
この辺りは経験が伴わないと理解するまでにはまだまだ遠いかな。私も会社に入って諸経費を意識して働き出したのって、後輩が出来てからな気がする。後輩に教えるコストを捻り出すのに四苦八苦してからだ。
「まぁ、今の規約上は、喧嘩両成敗かな。詐欺の相手はまだ動いていないんだよね?」
「はい。夜間の移動は禁止していましたので、朝移動する前に報告が上がっています」
「と言う事は、気付いていない人は他にもいるかもかぁ……」
どうしようかなと腕を組むと、ティアナがばっさりと切る。
「被害にあっているのは商家の連中よ? そもそも商談に来て、胡散臭い契約を結ぶなんて個人の汚点よ。問題の有る無しを見極められないなら、神明契約の道もあるわ。それを酒の場で騙されるんだから、良い薬よ」
おっとこ前なティアナの言葉にどう助け舟を出そうかと思っていると、カビアも若干疲れた表情でこくりと頷く。
「手はあるのに、惜しむというなら、個人の責任です。そもそも商談はそれを行うべき時と場所があります。それを選択しない人間の言い分を聞き始めれば、こちらが破綻します」
ふーむ。神様がいても、世知辛いのに変りは無いのだなと、商売の厳しさを思い知る。
「そう考えると、『リザティア』も歓楽街も、日常は平和だよね」
「フェン達が目を配っているからだわ。雛みたいな子でも、きちんと教え導くなんて噂をされているから、こういう虫が湧くのよ」
同じような書類を延々読まされて苛々しているのか、ティアナがいつになく辛辣だ。
「まぁ、お祭りなんだから、こういう事もあるって。次回からは流れ作業で出来るようにしよう。ね?」
そんな感じで、ひーひーと言いながら、遠い祭りの音を微かに聞きつつ、二日目は裏方で潰れていく。うん、責任者なんて遊べるわけないさ。分かっていたよ。そんな事を心の中で叫びつつ、結局昼を食べて、日が傾きかける頃に書類の処理も完了した。ティアナとカビアは商工会に顔を出して、そのまま祭りに参加するらしい。私達は軽く部屋で休憩でもしているかと、執務室を出ようとするとノックの音。
「テラクスタ伯爵がご到着との事です」
執事の言葉に、私とリズが目を合わせて、次の瞬間同じタイミングで溜息を吐く。
「うん、もう少し頑張ろうか」
「うん」
申し訳ないなと思いながらも、しんどいものはしんどいのです。ぱんと再度頬を張って、にこやかな笑みを浮かべる。
「さぁ、夕ご飯を楽しもうか?」
空元気も重要さ。




