第759話 収穫祭2日目 朝の風景
おやつが済んだら、それぞれの部屋で休憩という事になった。きっとノーウェ達は届けられる真珠の件で盛り上がるのだろうなと、それを思うだけで心が温まる。そんな事を考えながら、リズと一緒に執務室に向かい、祭りという事でいつもよりもうず高く積まれた書類の山に手をつける。
「そろそろ紙の改良にも手を出さないと辛いかも。洋紙はありがたいけど、もう少し薄いのが欲しいよ」
「昔の羊皮紙を思えば便利になったと思うけど、そんなに重要かな……」
「保管するのに嵩張って仕方ないからね」
そんな話をしながら、フォルダに挟み込んでは、せっせと山を崩す努力を積み重ねる。窓の外が茜に染まり、町の騒ぎが公園を突き抜けて聞こえるほどに盛況さを増した頃に、夕食の旨を侍女が告げに来る。夕食に関しては、醤油が入ったと言う事で色々と煮物主体で出してみた。
「あれ? 町に入る時に、育てていた米とか言う穀物の収穫が終わっていたのは確認したけど、出してくれないのかい?」
ノーウェが不思議そうに問いかけるのに、微笑みを返す。
「折角テラクスタ様も来られるのですから。皆が揃ってからの方が良いかと思いました」
「あぁ、兄ぃか……。うーん、そう言われると、何とも言えないか……。君が待ち焦がれるくらいなんだから、気にはなるんだけど」
「主食として慣れているからです。皆さんが小麦に感じる情熱と同じような物ですよ」
そう伝えて、夕食はお開きとなる。温泉宿で風呂に入った面々は早々に部屋で就寝となるらしい。私はリズと一緒に残りの決裁資料の処理に向かう。タロとヒメは夕ご飯をあげると、一日中動き回って、お風呂にも入ったので疲労からかうとうとしはじめたので、そのまま寝かしつけて来た。
「ふむぅ……。家宰はカビアで良いけど、もう少し中間決裁者が欲しい……。カビアがいないと忙しすぎる……」
日頃から、頼り切っているのは分かっているが、中々これといった人材が見つからないのは辛い。カビアもノーウェの秘蔵っ子だったくらいなので、このレベルを求めると難しいのだろうなとは理解出来る。というより、領地経営の決裁を理解出来る人材なら、そのまま商家に入って経営戦略にでも携わった方が余程に金になるだろう。
「ふわぁ……。もう頭の中が文字でいっぱい……」
リズも最近頑張っているのと慣れてきたのも有って、処理に貢献してはくれているのだが、まだまだ発展途上と言う事で、途中脱落。ソファーで持ってきてもらったお茶を飲みながら、頭を休めてもらっている。
「やっぱりお酒が入っちゃうと喧嘩とか起きちゃうね……。皆、良い人だと思うけど……」
「まぁ、仕方ないよ。人間関係なんて、誰もが自分を押し殺して付き合う物だろうし。箍が外れる要因があれば、噴出するものだしね。まぁ、祭りなんてそういう積り積もった澱みたいな感情を吐き出し合って、また来年も頑張ろうって処理する場だからね。少々の喧嘩程度なら、両成敗で良いよ。逆にこの隙に凶悪犯罪を起そうという動きが無いのがありがたいくらいかな」
「神様に感謝を捧げるのが収穫祭だから。中々、その期間に悪い事をするのは意識として難しいと思うよ。色々と伝承も有るよ」
まぁ、神様が実在する世界で神様に関わる行事で悪さをするのも根性がいるか。と考えると、結婚式の時に襲撃した人も……。ってあれは、神様に関わる行事でも無かったし、降臨したのは知らないって言ってたか。
「アストさん達はどうしているの?」
「収穫祭の間は禁猟期間だから、お母さんと一緒に町を回るって言ってた」
「そっか。楽しんでもらえているなら良いかな。あぁ、丁度良かった。土地の授与に関して申請書の処理が終わったから、ロット達の家も建てられる」
「そうなんだ……。でも、少しだけ寂しくなるね」
リズが微笑ともつかない表情で呟く。確かにわいわいと学生のシェアハウスみたいで楽しいのは楽しかったが。
「それぞれ家庭を築くというのも、また大事だしね。んー、ロッサに関しては全然心配していないけど、フィアは心配かも」
「あー、それはフィアに失礼だよ。でも、ロットが何とかしそうだよね」
少しだけ辛気臭い空気は冗談ともつかない会話で振り払う。夜遅くならない程度に書類の処理を済ませて、ベッドに入る。夜のしじまの合間に、遠くの喧騒が音ともつかず聞こえてくるのが印象的だった。
明けて九月二十五日は少し雲が出ているが、概ね晴れ模様。崩れるほどの雲じゃないなと、窓から眺めてほっと一息を吐く。窓から見下ろすと、子猫達がにーにーとじゃれ合って遊んでいるのが長閑だ。母猫達も見守りながら、出している餌の品質に関して気長な議論をしているのが少しおかしい。ふわっと欠伸をしていると、朝食には早い時間というのに、ノックの音が聞こえる。珍しい気配に誰何をかけると、執事より昨晩の当直の報告書を渡される。日付が変わる頃には『リザティア』内でのバカ騒ぎは沈黙して、呑み足りない連中は歓楽街へ河岸を変えたらしい。まぁ、それぞれの責任者は無茶をしないように伝えているので問題にはならないだろうけど、諜報の報告を待っての判断かなと思う。
そんな感じで書類を読んでいると、てとてとと足音が近づく。
「あれ。起きちゃった?」
昨晩早めに寝たタロとヒメが目を輝かせながら、遊んでという表情で近付いてくるのを苦笑しながら迎える。さて、収穫祭二日目も始まりだなと、ぱんと頬を張って気合を入れてみた。




