第758話 収穫祭1日目 ココナッツも運びます
「もう少し、テスラ達とお喋りをしてきたら良いのに」
館に戻り、応接間ではお客様達とうちの人間が和やかに談笑をしている。私はお茶請けを持ってこようとそっと抜け出したのだが、ちゃっかりとリズが付いてきていた。
「ペルティア様も寂しがるよ」
そう伝えると、ちょびっとだけリズの頬がぷくりと膨れる。
「怒っている?」
そう聞くと、小さくこくりと頷く。ふーむ、何故私が怒っているのか当ててごらんショウか……。何だろう……。服は今朝褒めたし……。昨日の晩は特に特殊な事はしていないし……。
「……褒めて……ない……」
極々小さな囁きが、健康的な桃色の唇から零れる。
「ん?」
「まだ、褒めてもらっていない」
桜色に染めた頬を凛とこちらに向けて、リズが口を開く。
「ずっとテスラやアンジェの方を見ていた。なんだか、もやもやした……」
そう告げると、力が抜けたように視線を落とす。その頭を私はそっと抱きしめる。
「そっか。うん、二人が綺麗になったのはびっくりしたけど、リズも綺麗だよ。いつでも綺麗だからっていうのは言い訳にならないかな」
「もう、その言い方、ずるい……」
「神術があるから美容法はリズに一番に試してもらっているしね。世界中でリズが一番綺麗だよ。どんな時でも。だから、機嫌を直して」
「目移りしない?」
じっと潤んだ瞳で見上げてくるリズの頬をそっと撫でる。
「元々目移りなんてしていないよ。まぁ、変わりように驚いたのは確かだけどね」
そう笑って、氷室の方に向かう。リズはご機嫌が回復したのか、いそいそと後を追ってくる。
「それって、朝作っていた物だよね?」
そんなに難しいものでは無かったので、朝の空いている時間にささっと作ったデザートだ。『フィア』からぽこぽことココナッツの実を輸送してくれるので、デザートを作ってみた。
米粉とココナッツミルク、豆乳、蜂蜜、柑橘果汁、そして軽い塩を火にかけて弱火でよく混ぜる。ねっとりしたらココナッツの柔らかな身を混ぜて良く冷やす。ただ、そのまま固めるとかちんこちんになるので三十分おき程度で空気を含むようにかき混ぜる。出来上がった物をアイスクリームディッシャーで丸く掬い皿に乗せて、最後にココナッツの刻んだ物を振りかければ完成と。
「んんー。甘い香りがする」
くんくんと嗅いでいたリズが満面の笑みで呟く。
「さぁ、お茶の用意も済んだようだし、戻ろうか」
そう告げて、二人で応接間に戻る。扉を開くと和気藹々とした雰囲気なのだが、視線を下げるとラディアと日頃あまり関わりの無いテスラに撫でられ放題ではふはふしているタロが見える。ヒメの方はちゃっかりペルティアのソファーの横に座って撫でられるのを優雅に堪能している。
「お茶の準備が出来ました」
そう伝えると、皆がテーブルに向かう。着席すると同時くらいに扉が開き、お茶と一緒に米粉のココナッツアイスが運ばれてくる。
「あら、雪みたいね。綺麗だわ」
ペルティアが微笑む先には、ほのかな黄色をした土台にはらりと塗されたココナッツが雪のように化粧をしている。テスラとアンジェもにこにこと嬉しそうに並んでいく様を見つめている。
「では食べましょうか」
そう告げて、匙で掬うと、むにゅーっとどこまでも伸びる。まるでトルコアイスのようだなと思いながら、パスタのようにくるくると絡める。
「んん? これは、また。不思議な食感だ……」
ノーウェが思わずと言った感じで呟く。
「冷たい……しかし、この淡い甘さが良いな……」
ロスティーも咀嚼して嚥下したした瞬間にほぅとため息交じりに呟く。
「前に食べた豆腐のような香り、でももっと甘い果物のような……。不思議な香りを感じます」
ラディアも頬を抑えながら、笑み崩れるのを防ぐように呟く。
私もそっと匙を口に含む。舌に触れて溶けた瞬間にココナッツの甘い香りが口いっぱいに広がる。アイスともまた違ったもちもちとした歯応えの中に、ぬるっともしこっとも付かない歯応えを噛んだ瞬間、ココナッツの香りがより強く弾ける。その後に蜂蜜の香りが追ってきて、背景を覆い輪郭をはっきりとさせる豆乳の香りが続く。繊維質で強い甘味は振りかけた熟したココナッツの実だろう。
こちらの女性陣もニンマリ顔で食べ進めている。冷えた口の中をハーブティーで温めながら、束の間の氷菓の時間を楽しむ事にした。




