第757話 収穫祭1日目 なーべらーといえば
暫く湯船の端で待っていると、温水でばてたのか二匹が寄ってきて舌を出しながらはっはっと荒い呼吸を始める。
『上がってお水を飲む?』
まだ拗ねたままかなと思ったが、欲望に忠実なのか、いそいそと上がってきてお座りして、濡れて細くなったしっぽをしぱたんしぱたんと揺らしてお湯を飛ばす。
『つめたいの!!』
『そーくーる!!』
英語を理解する狼というのもレアだなと。他の人は翻訳で何となく置換してくれているようだけど、ヒメは直接こちらの言語野にアクセスしているっぽいので、本気なのだろう。皿にお水を張って渡すと、ぬるま湯で全身をゆすいでいく。
『ふぉぉ、くすぐったいの!!』
『ふわふわ』
タオルで拭くと、タロが身を捩って逃げようとするし、ヒメは大人しくされるがままだ。眠っている時はでれーんと垂れるだけなのに、起きていると結構大変だ。ただ、もう一メートル近い体長なので、重さはかなりのものだが。タオルで拭った後に鼻を近付けてくんくんと嗅ぐが、特に臭い感じもしない。生き物の臭いはするが許容範囲だ。二匹とも顔を近付けて、鼻をペタペタとくっつけてくるのが可愛い。
ふんわりタロヒメになったのを見計らって首輪とリードを嵌めて、再度本館の方に向かう。
女性陣はエステ中なのか、マッサージが終わった男性陣は休憩所でリバーシを挟んでとりとめのない話をしているようだ。
「おぉ、戻ったか」
「お待たせしました」
ロスティーの上機嫌な声に迎えられて、私もソファーにかける。
「ご機嫌のようですが」
「なに、爽やかな暑さというのが心地良かったのと、体の不調が収まったのでな」
話を聞くと、若返りの副作用のだるさが温泉の後マッサージを受けたら緩和したという事らしい。老廃物が過剰に溜まるのが原因でだるさが起こっているなら、マッサージで滞っている部分を解して水分と一緒に出せば、少しは楽になるのかなと。ただ、見るからに肌の調子は良さそうで、もう五歳や十歳は若返っているように見える。
「もう、アーティファクトの効果は出ているのですね」
細胞の置換と考えれば、新陳代謝が活発な場所は顕著に効果が見えるのだろう。肌のターンオーバーの時間を考えれば、見える場所から効果が出てくるのも理解出来る。
「ふむ。だるさを除けば、膝の痛みなども薄れてはおるな」
ロスティーも上機嫌に膝を曲げ伸ばししながら言う。
「温泉でリラックスした後のマッサージは効果が大きいですし、こちらで教育を施した人間をロスティスカの方でお雇いになりますか?」
「ふむ? 良いのか? これも立派な技能職であろう?」
薬師ギルドの施術と私が知っているリンパマッサージの知識を混ぜたハイブリットが温泉宿のマッサージになる。ちなみに、システムエンジニアの常として肩こりと腰痛には悩まされたので、個人的にも勉強はした。その成果がこんなところで活かされるとは思っていなかったが。
「広めるというのも必要です。それなりに体系化も出来てきましたし、施術そのものを輸出するのも面白いかと」
あくまで予後の復調のためのマッサージをサービスとして提供する。薬師ギルドにかかるまでもない病気未満の段階で予防処置をする形だろうか。実際、歓楽街のマッサージ店は繁盛している。たまにお店を間違えたお客さんが来るらしいが、そういう人間は怖い兵士に連れて行かれる。
「儂等としては願うべくもないが……。のう?」
「それこそ隠す方が利益が上がると思うけど?」
「まぁ、いつかは真似されそうです。それならば、主導で広めて、マッサージの元祖は『リザティア』というのを理解してもらった方が良いでしょう。まぁ、エステはもう少し秘匿しますが」
私がそういうと、百花繚乱を絵に表したような集団が楚々と近付いてくる。私がノーウェに目配せすると、夢から覚めたような表情をして、ととっと前に出る。
「奇麗だよ、ラディア。見違えた」
「まぁ……。ふふ、嬉しいですよ。私も鏡を見て驚きました。前回よりも尚艶やかになるなんて」
オイルマッサージが主体で体の汚れを落とすのが主目的だったエステは、アロエやヘチマの入手と共に保湿の域にまで達した。アロエの果肉パックから、ヘチマローションによる保湿処理を経て、女性陣の露出部分はうるうるのぷるぷるに変わっている。
「こんなに肌の調子が良いのは何年ぶりでしょう」
ペルティアもぺたぺたと頬を触りながら、嬉しそうに呟く。その頬はもちっとしながらも、掌に吸い付き、ぷるりとした弾力を見せつけている。元々肌が強いというのもあるが、少し手を加えると見違えるように効果が出るのが面白い。
いつも色々試してもらっているリズはともかく、テスラやアンジェも窓からの明かりを反射して、真白く神々しいばかりに輝いている。
「では、館に戻って、少し休みましょうか」
私がそう告げると、テスラとアンジェが小さく歓喜の声を上げる。朝用意していた物を知っているからだろう。にこやかにロスティーがペルティアをエスコートするのを先頭に、馬車に乗り込む事にした。




