第752話 収穫祭1日目 昼ご飯への道筋
「お昼は温泉宿にしますか?」
私が尋ねると、ノーウェがふむむという感じで腕を組み考え始める。というのも、後ろから颯爽という感じで、タロとヒメがアンジェに連れられて着いてきている。置いていくのも可哀そうだし、お世話にアンジェが残るなら、せめてお祭りの雰囲気を楽しんでもらおうかなと思って連れて来た。ペルティアも嬉しそうに撫でていたので、二匹ともご機嫌でしっぽをふりふり歩いている。
「何か、問題がありますか?」
「いや、問題と言うほどでもないのだけど……。温泉宿に行けば美味しいものが食べられるというのは理解しているんだけど、偶には一般的に何が食べられているのかが知りたいかなとは思うね。実際に調味料なんかが、どう使われているのかが少し気になるんだ」
ふーむ。まぁ、テロ対策は問題無い。今回は特に一網打尽とか考えていないので、『リザティア』に入る人間の武器の類は全て門で預かりになっている。それが気に入らない人間に関しては歓楽街で楽しんでもらえば良い。体術レベルなら魔術でどうとでもなるし、魔術相手なら発動前に気付く事が出来る。
「そうですか。分かりました。新しい食材や調味料は入りましたが、それは夕食でお楽しみ頂ければ良いですね。では、馬車を用意します」
「あ、馬車ですが……」
ラディアが少し申し訳なさそうに声を上げる。
「ずっと馬車の旅で、少しお辛そうなの。出来れば、ゆるりと歩く事は出来るかしら?」
辛い対象は、ロスティーとペルティアか。ん? そう言えば、若干血色が良くなっている?
「ふむ? 若返りのアーティファクトを使われましたか?」
「分かるか? 収穫の方もほぼ済んだのでな。冬支度が始まる前に使おうと言う事で、使ってみたが……。痛みは無いが、違和感とだるさは出るのでな。じっとしていると、辛いのだ。出来れば、動きたく思う」
ペルティアだけかと思ったが、ロスティーも偶に体を揺すっていたのはそういう事だったのだろうか。
「分かりました。ベルフ、テスラに馬車の用意をキャンセルさせて、そのまま護衛に入るよう伝えて欲しい。諜報の方はそのまま付いていてもらうよう伝えて」
そう告げると、ベルフが一礼の後、すっと下がっていく。
「しかし、そういう副作用なのですね。身近で使う人間は一人しかいませんし、もう慣れたのか特に何も言われないので……」
「はは。彼は特殊だからね。まぁ、馬車の中でもずっと苛々していたからね。余程に堪えているらしいけど……。まぁ、君にもらったものだから、早く使って見せたいというのがあるのだと思うよ」
「ノーウェ!!」
ロスティーの言葉にも柳に風という感じで、ペルティアをラディアと一緒に支えて先に進み始める。私も苦笑しながら、リズと一緒にロスティーの介添えをしながら、玄関の方に向かう。
テスラと合流し、領主館前の広場をてくてくと歩く。ロスティー夫妻も少し歩けば、不快感も紛れたのか、ご機嫌で先頭を歩く二匹の様子を温かい眼差しで追っている。二匹とも、朝からばたばたした雰囲気で何か面白い事が起こりそうと言う事を感じて、ワクワクが止まらない様子だ。この辺り、野生が残っている猫さん達とはちょっと違う。
「大人しい、良い子に育ったな……」
ロスティーの言葉に若干の苦笑が浮かぶ。
「今日はお客様が多いので大人しいですけど、いつもはもう少しやんちゃですよ」
「ふむ。狼をそのまま飼っても、中々大人しくはならぬからな。世代を経れば別だがな。よく躾けられておるよ」
リードを引きずらない程度のクンクンブルドーザーでペルティアの目を楽しませながら、お尻をふりふり大通りまで出る。
「折角ですし、デパートで食事としましょうか。今日は屋台も出ていますし、高いお店は商談で使うのがほぼでしょうし」
そう告げると、特に異論も無かったので、そのまま中央に向かう。本日は『リザティア』に関して馬車の乗り入れは禁止して、乗合馬車のみを許可している。一部は歩行者天国になっていたり、外側車線は屋台用に開放されていたりする。正直、知らない人間を通すと事故を起すので、全面禁止にした。まぁ、『リザティア』の方は住民のお祭りなので、遊びたいと思えば、歓楽街の方に誘導している。
と言う訳で、広場から出た途端、軽快な太鼓のリズムと、弦楽器のメロディーに包まれる。周囲はもう、お祭り騒ぎの真っ最中だ。朝から皆飲んでいるらしく、既に端の方で潰れて寝転がっている人もいる。
「これはまた、楽しいな」
ロスティーが目を細め、呟く。
「台風が続いた後に、急いでの刈り取り。そして、税の処理で町全体がばたばたしていましたから。やっとの息抜きです」
そう告げると、道行く私達に気付いたのか、皆が声をかけてくるのに、手を振る。流石に正装をしているので、こちらに寄ってきてどうこうする人間はいない。
「大人気だね」
歩みを緩めたノーウェ達が囁いてくるが、人気なのか客寄せパンダ扱いなのか、良く分からない。
「あらあら、可愛らしいヴァーダ様とパニアシモ様だこと……」
ペルティアが弾む声で指さすと、その先には、保育所か学校の初等に通うような女の子が神様の格好をして、教会の方に向かっている。どうも、収穫祭は日本の七五三のお祝いみたいな意味もあるらしく、一定の年齢の子供に神様の格好をさせて、お参りさせて感謝を伝えるらしい。親が子供に授けたい権能の格好をさせるようだけど、ヴァーダのちょっと際どい恰好を男の子がしていたり、アレクトアのかっちり系の男装をした女の子とか結構滅茶苦茶だ。この辺も、一定年齢までは男女の別は無いという思想なのかもしれないなと、少しだけ日本との共通点を見つけて面白いなと思ってしまった。
しかし、エールも時魔術産の量産品がかなりの量出回り始めて、皆ワインだけじゃなく、蒸留酒ありーの、エールありーの、ワインありーのでちゃんぽん状態で騒いでいる。
「あ、あの服!!」
リズが指さした先には、オクトーバーフェストで着るような給仕の服を着た、胸が豊かな女性がカップを両手に持って、威勢よく配り歩いている。
「ヒーロー……。あの服……恥ずかしかったんだよ?」
耳元でリズが囁くのに、たははと笑ってごまかす。リズの胸だと少し寂しかったのは内緒だ。やはり、もう少しふくよかな女性の方が似合うなと思いながら、はてな顔の面々の背中を押す。そんな騒がしい道中を楽しみながら、デパートに辿り着く。
「では、食事をしてから、少し買い物でもしましょうか。今日はそこまで混んでもいないですよ」
そう告げて、最上階まで裏のエレベーターで向かう事にした。




