第750話 収穫祭1日目 朝の風景
ざわめきのようなものを感じて、重い瞼をこじ開ける。あまりにも昨晩はリズが可愛すぎた……。登りかけの太陽が黄色く見える中、トボトボと窓に向かって大きく開ける。うぅーんと背を伸ばし、重い腰をトントンと叩く。こんな事で神術を使ったらディシアに何を言われるか分からないから使わない。ぽてりとソファーにかけると、にーという鳴き声が聞こえる。ふと窓の下を覗き込むとそれに合わせるようにぽんっと窓に乗ってくる黒い影。
『あるじ、おはよう』
『おはよう、どうしたの?』
猫さんが名前の通りの艶やかな縞々をくねらせながら、近付いてくる。
『さわがしい、なぜ?』
改めて窓の下を覗くと、無警戒な子猫達が集まってにーにーと心細そうに鳴いている。母猫は少し遠巻きに眺めている。どうもここが安全圏かコロニーのようなものと認識されているようだ。
『実りを祝うお祭りだから、皆騒がしいと思うよ』
『きけんはない?』
『料理も沢山出すし、危険は無いよ。怖いようなら、この館の近くに集まっていれば良いよ。ここまでは皆入ってこないから』
結婚式の時はまだあまり交流が無いと言う事で連絡もくれなかったけど、台風を一緒に乗り越えている間に絆が深まったのか、相談に来てくれた。ちょっと嬉しい。
『どのくらいつづくの?』
『よるになって、たいようがのぼって、よるになって、たいようがのぼって、よるになって、たいようがのぼって、よるになるくらい』
『んー……ながい』
『分かった。食事は用意するよ。人間の都合だしね』
『きけんはないとおもうけど、こわい』
日常と空気が変わると、人間と近しいとやはり恐怖を感じるかと、シマの頭を撫でるとくるくるっと鳴いて、窓から降りる。
『せわをかける、ありがとう』
『ううん。また何かあったら言ってね』
そう告げると、猫さんがみゃーうと長く鳴く。すると、周囲から一斉に猫達が走り出す。これが伝令になって皆に伝えるのだろうなと見送る。九月二十四日は人間よりも猫さんとの接触で始まった。猫さんが態々来るくらいだから、もう『リザティア』の方もお祭り騒ぎの準備が始まっているのだろう。ふと、自分の体を見下ろし、昨夜の残滓に気付き、お風呂にでも入ろうかなとリズを起す。いつものお決まりなやり取りを済ませて、お風呂に入り、食事に向かう。猫さんの件は侍女に伝えたし、問題は無いだろう。
「いよいよですね」
食卓に着くと、カビアが声をかけてくる。昨日も遅くまで用意に奔走していたのか、目の下の隈が痛々しい。
「十分に対応してもらったし、少し休んでから遊びに行ったら?」
反論しようとするカビアの口をそっとティアナが塞ぎ、苦笑を浮かべながら首を振る。
「好意は受けなさい。少し無理をし過ぎ。対応はしたのだから、後は流れに任せなさい」
ティアナの言葉に渋々のように首を振るカビアの姿を見て、雰囲気が和やかに崩れる。
「でも、この規模の収穫祭なんて初めて。超楽しみ!!」
フィアは既に興奮で顔を真っ赤にしている。
「王都などの収穫祭も見てきましたが、用意を手伝っていると、『リザティア』の収穫祭の方が派手でしょうね」
フィアと一緒に回る場所を考えていたのか、ロットも楽しそうだ。
「二人は今日休みだもんね。楽しんできてね」
収穫祭は四日を予定している。兵の皆も交代で休暇を取るので、最低1日半は遊べる計算になる。
「今日はリナとレイだよね。皆が楽しんでいる最中に申し訳ないけど、よろしく頼むね」
私達も、交代で色々遊ぶ事が決まっている。私とリズはお客様対応があるので、中々遊べないが、最終日くらいはリズと一緒に回りたいなと思っている。
「リーダーこそ、休まはったらええのに」
収穫から収穫祭までは子供達も長い休みになるので、チャット達教師も生徒達のフィードバックが終われば若干の猶予が出来る。予定が空いている仲間は皆一緒に回るようだ。
「と言っても、他人には任せられないし。まぁ、一緒に回りながら楽しむ事にするよ」
そんな話をしながら朝の食事を楽しみ、部屋に戻ってリズと一緒に支度を始める。まだまだ残暑厳しい中正装なんて嫌だなと思いながら、子爵の襟と袖を整える。リズは涼し気なワンピースドレスに薄いカーディガンを羽織っている。綺麗だ、格好良いなどと話していると、ノックの音が響く。侍女がお客様の訪問を告げる。応接間まで急ぎ、開いた扉へ飛び込みながらにこやかに告げる。
「ようこそ、『リザティア』初めての収穫祭へ」
さぁ、収穫祭の始まりだ。




