第748話 お弁当に毎日卵焼きが入っていた時は飽きましたが、今となっては懐かしいです
まずはお米だけを口に含む。ぷちりと弾ける弾力と、もちりとした食感。粘りと香りはやはり日本で食べているお米とは少し違う。それでも、お米がこの世界で食べられるという事実に心が震える。
「ん……。不思議な感触。超くにゅくにゅ?」
フィアが首を傾げながらもくもくと咀嚼する。
「ふむ……。甘い……で御座るな……。噛めば噛むほど味が出るというか……」
リナがウサギかハムスターのように口を小さくすぼめて、ハムハムしているのが可愛い。
「しかし、塩辛い料理が今日は多いのか?」
焼き魚に、出汁巻き卵、夏野菜の煮びたしに、味噌汁と何も躊躇せず和食のおかずを並べてみたら、やはり気になったかと。ドルが呟きながら、干物を毟り、口に含む。
「米と塩辛いのは合うのか……。パンと合わせても違和感は無かったが、甘みが強い分、この米と合した方がしっくりくるな」
ドルが咀嚼を終え、飲み込んでからほぅっと息を吐きながら呟く。
「米そのものの香りが強いので、魚の臭みや味噌汁の香りにも負けないんですね」
ロッサがドルの唇の横のお弁当を摘まみながら言う。
「元々が米に合わせて作られたおかずだから。気に入ってもらえれば嬉しいよ」
そう言いながら、卵焼きに手を伸ばす。口に含むとほろりと解け、噛んだ瞬間、これでもかと言わんばかりにじゅわりと出汁を吐き出す。昆布と雑魚から出た出汁は複雑で、卵液の甘みと合わさり、口の中を蹂躙する。外側に微かに含まれた醤油がアクセントとなり、より香りの輪郭をくっきりと際立たせる。暫し、口の中の暴乱を楽しみ、はむりと米を含む。噛むごとに味が単衣を一枚一枚脱がすかのように変化する微かな違いを静かな遊戯のように楽しんでしまう。
「新しい調味料、醤油でしたか。これも面白いですね。魚醤のような物とリーダーは言っていましたが、臭みが少ないですし、味噌のようなものかと思えば、香りが少ない。といって味が無い訳でも無い……。癖が無いから、何にでも使えそうな気がしますね」
ロットは野菜の煮びたしを嬉しそうに摘まむ。みりんや酒が出来ればもう少し風味豊かに仕上げられるが、その辺りはもう少し先だろう。
「増粒数が多い、味としては十分食べられる。リーダーとしては、米を主産業にするつもりなのかしら?」
ティアナがことりと茶碗を置いて、尋ねてくる。領地の方針として、気になるところだろう。
「いや、主として生産するのは麦のままで良い。皆は今まで出したおかずに慣れているから評価しやすいだろうけど、食生活は元々保守的な物だろうから一朝一夕に変えられるものだとは思っていないよ。ただ、不作対応などを考えると、ある程度主食の幅は広げておいた方が良いとは考える。外食産業で使ってもらえるように、歓楽街と調整かな」
そう答えると、安心したようにティアナが再び、食べ始める。そりゃ、置き換え出来れば良いかもしれないが、反発は必至だろう。主食は人によって思い入れが深すぎる。
「今回の収穫量で試算した結果を考えると、少し残念な気もしますが……」
ティアナの横で余計な事を言おうとしたカビアが、ぷにっとティアナに唇をつままれる。
「子供には大きな違いではないでしょうし、学校で出すんやったら、構わんと思いますが?」
チャットの言葉に頷きで返す。
「実験的な栽培だし、それを給食として出すのであれば、ありがたいよ。子供の頃からそうやって色々食べ慣れていたら、食わず嫌いにはならないだろうしね」
このメンバーが特別なだけで、あまり村から出ない人はやっぱり偏食気味の傾向はある。農家の人は特に限られた食生活が続いていたので、そのリズムを求めるものらしい。ただ、少しずつその認識にも変化が生まれているので、いつかは融和するんじゃないだろうかと期待はしている。
最後に、焼き魚を毟った物をご飯の上に乗せて、夏のハーブ、シソを刻んだ物を散らす。その上から、熱々の合わせ出汁をかけて、醤油をちょんと振りかける。しゃばしゃばと食べれば、出汁茶漬けの完成だ。香りと粘りは弱めだが、こうやって水分と一緒に食べると、気にはならない。おじやとかの方が合うお米なのかなと思いながら、懐かしい歯応えとのど越しに笑み零れてしまう。
「あー、ヒロ、ちょ、美味しそう。私も!!」
リズが叫ぶと、こちらを見ていた皆が銘々の好みのおかずを乗せ始める。それを見て微笑ましいなと思いながら、即席の出汁茶漬けを完成させていく。初めての米食は、お茶漬けに軍配が上がるという結果で、幕を下ろした。あぁ、お米、好きだ。




