第747話 はじめちょろちょろなかぱっぱ、あかごないてもふたとるな
羽釜の中の水分を確認してから、竈に火を点す。まずは羽釜の底全体を温める程度の火を狙うので、自然と弱火になる。徐々に火勢が激しくなるにつれ、ちょろちょろと水分を多分に含んだ蒸気が木蓋の間から出始めた。
「そんなに沸騰させるんだね……」
リズが、ぶたんぶたんと細かく揺れる蓋に目を見張りながら呟く。その声に合わせて、割り木を加えて、どんどんと火の勢いを増していく。
「初めの頃は沸騰させるのが良いらしいんだ」
ふぉっふぉっふぉっふぉと中で蒸気が対流しながら、ぶじゅうと粘度のあるノリのような蒸気が蓋から漏れて羽釜を流れるのを見て、火を割り崩し、まだ燃えていない木を引き抜き、弱火にする。
「え? もう出来上がりなの?」
「まだまだ。これで鍋を押さえてみて」
「ん。あ、ぐつぐつ揺れている」
「そう、水分がある間はまだ焦げないから。このままもう少し焚いておけば良いよ」
ゴトリンゴトリンと重い蓋が暴れるが、火の調子を整えるのに没頭する。リズは破裂するんじゃないかと、ちょっと恐々とこちらの様子をうかがっている。徐々に圧力が下がり、蓋の猛々しい踊りも鳴りを潜め、周囲には炊きあがったお米の香りが広がり始める。
「んん!? この匂い……」
リズが鼻を塞ぐように、手で押さえる。
「うー、保育所の臭いみたい?」
あぁ、漏らした子の臭いか……。ちょっと硫黄化合物に似た香りはするかもしれない。慣れないと、臭いに敏感な人は嫌悪の対象になるかな。
「臭いの元がご飯を熱した時に揮発しちゃうから。ただ、少ししたら飛んでいっちゃうし、食べる時には感じないよ。キャベツが発酵した臭いも気になるし、海の食べ物も結構臭いが気になる物はあると思うけど」
「うーん、初めてだから、凄く気になった……」
リズがちょっと涙目で言うのが可愛く、思わず振り返って頭を撫でてしまった。と、そんな事をしている間にお焦げの香りを微かに鼻の奥で感じる。蓋を開けてほいっという感じで藁を竈に投入し、最後の水分を飛ばす。
「完成。キラキラしている。綺麗だね」
一粒一粒が立っているお米を濡れたしゃもじで、切るようにひっくり返す。底の方の薄いお焦げも美味しそうだ。
「うわぁ……。なんだか白いのがふわふわしている」
「これがもちもちだね。食べたら、大麦ともまた歯応えが違うよ」
そんな事を言いながら、粒が潰れないようにおひつに移す。後はおかずを仕上げて夕ご飯だなと思いながら、湯気が上がるご飯に布巾をかけておく。
「熱々で食べなくても良いの?」
「熱々の方が美味しいけど、香りが気になるかもしれないから。少し冷ました状態で食べようか」
そう言いながら、お味噌汁と、干物を焼くのに専念する。すると、リズが嬉しそうに手伝ってくれる。
「どうしたの? 珍しいね」
「えへへ。ずっと食べたいって言っていたのに、気を遣ってくれたから……。嬉しいなって」
はにかみながら告げるリズの表情が可愛くて、頬に口付けたのは内緒。後、それにかかりっきりになって、お魚のしっぽがちょっと焦げたのも内緒。
食堂のテーブルにででんとおかず達を並べて、侍女に皆を呼んでもらう。来た人間から、お米をよそって、とんとんと置いていく。
「へぇぇ。こんな風になるんだ……」
フィアが興味深そうに、眺める。
「綺麗なもんですねぇ……」
「あら、芳ばしい匂い……」
チャットは白さに、ティアナは硫黄化合物臭が飛んだ後の甘く香ばしい匂いにそれぞれ嬉しそうな表情を見せる。
「じゃあ、新しい穀物が皆に気に入られれば嬉しいな。待った甲斐があったと思ってもらえたらもっと嬉しい。では、食べましょう!!」
そう告げて、箸をそっと茶碗に差し入れた。




