第741話 入学式の午後
領主館の前の公園の辺りを歩いていると、聞き覚えのあるはふはふ音が後ろから近づいてくる。振り向くと、こちらを発見したタロとヒメがアンジェを引っ張って接近してくる。
『こーら。一緒にいる人を引っ張ったら駄目』
目前まで来た二匹を叱ると、一瞬びくっとなるが、伏せてこちらを窺うように思考を送ってくる。
『ごめんなさいなの』
『ふかく』
「帰りかな、アンジェ」
「はい。学校が始まりましたので、少し早めに終わるようになりました」
にこやかに、メイド服のアンジェが答える。
『ぬくいの、ふえたの!!』
『だいぞうしょく!!』
きっと学校が始まる事により、今まで子守りをしていた子供がいなくなった家庭が、保育所に子供を預けるようになったからだろう。保育所の予定員数も十何人か抜けて、三十人近くが増えているはずだ。広めに作った保育所だけど、手狭になってきているようだし、新しい保育所を設営しないと駄目かな。
タロとヒメは新顔が増えた事に大興奮で、きゃふきゃふぅおんぅおんと報告してくれている。楽しそうに報告するタロとヒメの背中に乗りながら、アーシーネも楽しそうだ。折角なので、皆で揃って家に帰る事にする。
部屋に戻っても二匹の興奮は冷めず、部屋の中でとったんぱったんとアーシーネとゴロゴロと転がりながら遊んでいる。リズもあらあらと言いながら、優しい目で見守っているので、私は夕ご飯までに出来る限り仕事を片付けてしまおうと執務室に向かう。先に帰っていたカビア達が作業をしている中、声をかけて合流する。
「あぁ、リーダー。お客様が来られていたわ。ユリシウス伯爵閣下……。いえ、もう爵位は剥奪されたのね。ユリシウス様の先触れがご挨拶に伺いたいとの事よ」
こちらに気付いたティアナが声をかけてくれる。
「ん? あぁ、もうこちらに到着したのか。早かったね」
「先方も大分急いでくれたようね」
そう告げながら書状を渡してくれるのを開く。丁寧な挨拶に到着の報告をしたい旨記載されていたので、明日での調整で返事を書き、外の執事に手渡す。
「法務の重鎮ですよね。どのような処遇にしますか?」
カビアが聞いてくる。
「現状だとカビアしか法務に詳しい人間がいないし、出来ればアドバイザーみたいな形で入ってもらえれば助かるかな。将来的には実務も担ってもらうけど、独特な対応をしている部分も多いから、まずはそれが本当にワラニカの立法上問題無いか洗い直してもらうつもりだけど」
カビアと色々調べて二人三脚で条例などを制定しているけど、無駄な物や重複があるんじゃないかとは考えている。会社の規約程度は作った事があるが、一都市の法制を責任者二人と数人の作業者で管理するのは不可能だ。せめて専任の人間が欲しい。ただ、すぐにそれを担当してもらえると楽観はしていない。
「そうですか、分かりました。二、三カ月様子を見て、少しずつ引き継ぐようにします」
カビアの返事を聞き、明日の訪問時に話す内容を組み立てていく。その後、カビア達が処理してくれた決裁書を眺めながらさくさくとサインしていると、扉の前が騒がしくなる。
「ただいま帰りましたー」
「戻りました」
チャットとレイが入ってくる。それぞれ、魔術学校と軍学校の方が終わったらしい。
「チャット、良い授業だったと思う。良い先生を揃えてくれてありがとう。軍学校は挨拶しか顔を出せなかったけど、授業自体はどうだったのレイ?」
はにかむチャットの横からすっとレイが前に出る。
「まだ触りだけですので、何ともは言えません。ただ、兵員教育に携わった者がそのまま編入されていますので、大きな問題は無いと考えます。私も、時間のある限り現場に足を運ぶつもりです」
「レイが見てくれるなら問題無いかな」
その後は四人と一緒にがやがやと学校の今後について語りながら、仕事を処理していく。一通り決裁が終わったところで部屋に戻ると、アーシーネは疲れたのかベッドでうつ伏せになって大の字に眠っていた。ちょっと腰が上がっているのはきっとまだ遊びたい欲求の表れなのだろうなと浮かんできた微笑みに眉を曲げる。
「おかえりなさい。お仕事は終わった?」
「今日の分は。明日、お客様が訪問の予定だよ……」
そんな話をリズにしていると、アーシーネが眠って寂しくなったのか、二匹がてくてくと近付いてきて、足元でくるりと丸くなる。学校も問題無く始まったし、次は収穫祭の準備かなと。




