第737話 良く分かる話
取り敢えず、ゲールデンに席をすすめると、恐縮しながらかける。
「状況が分かりません。すみませんが、ご説明下さいますか?」
取り敢えず開口一番、疑問を投げてみるとゲールデンにも分からないらしい。ふいっと皆で横を向くと、ルーマントがカタカタと震えながら、俯いている。まずは書状の確認かと思って、ゲールデンに差し出してみる。開き、中を読み進めると表情が固くなっていく。
「ルーマント……後で話がある」
「はい、ゲールデンさん……」
事の顛末としては、どうもルーマントが書状を改竄したらしい。そもそもこのルーマント君、ただのお供なのだという。西部管轄区局東方面という組織はあり、その中は代表の合議制で動いている。が、その上にはきちんと東方面局長がいるらしくて、その人が直属の上司らしい。日本の会社風に言うなら、塩ギルド社の西部管轄区支社の取締役社長がゲールデンとなる。その下の部長が東方面局長で、ルーマントは課長程度の話らしい。正直、対外的に何か言える立場じゃない。で、何故この子が供に付いているかというと、今回動いている隊商の責任者がルーマントなのだが、内務畑の人間で外務は初めてと言うため、ゲールデンがフォローに付いていたらしい。
「ご迷惑をお掛け致しました」
ゲールデン、冷静沈着ではあるが、平謝りだ。
「時間の無駄ではありましたが……。何故このような事を?」
「それに関しては、こちらの事情となりますので……」
まずの疑問と思って聞いてみたが、それに関しては聞かれたくないらしい。というよりも何か弱みになる事のようだ。はてさてと考えてみる。先程までの話での要求の最もたるは不当に塩を採掘しているなら回収すると言う事だった。何故塩ギルドが塩を欲しがるのかが良く分からなかったが、弱みというならそこに何かあるのだろう……。最近何か起こったか?
「台風……嵐……」
ふと呟くと、ルーマントがびくっと反応する。
「リズ、隊商って嵐の時、どんな状況になるかな?」
「重量物を積んでいても、飛んでいっちゃうって村に来た商家の人は言っていたよ」
のほほんと壮絶な事をリズが述べる。うん、私でも体を持っていかれるんだから、遮蔽物の無い場所で食らったら馬車なんて倒れるだろう。
「荷物に……トラブルがありましたか?」
そう告げると、ゲールデンが深く息を吐き、肩を落とす。
「そう……ですね。このような事態になったのであれば、きちんとご説明しなければ失礼に当たりますね」
そう言って語ってくれた内容では、ダブティア側からワラニカの中央部に運ぶ荷物と一緒に移動していたらしい。で、『リザティア』直前であの台風にがっちゃんこしちゃったと。結局隊商の荷物は殆どが汚損、倒れなかった馬車も吹き込む雨の影響で水浸しになり、商品として提供出来ないレベルになったと。で、今回の責任者のルーマントは真っ青と。ただ、ゲールデンとしては周辺の塩ギルドからかき集める事も出来るので、あまり大事とは考えておらず軽く慰めていたのが逆に不安を誘ったようで、功を焦ったルーマントが今回の面談に細工をしたというのが顛末らしい。聞けば納得出来るお粗末っぷりである。
「なるほど。話が通らないのも無理はありませんね。塩ギルドを前面に押し出せば、何かを飲むと思いましたか?」
追いつめるつもりはないが忙しい時間を返せと思ったので嫌味を混ぜてみた。案の定、ルーマントとしてはこの手の渉外交渉を知らないし、中で仕事をしている間は塩ギルドの力で無茶振りが通った武勇伝みたいなのを聞かされていたので、何とか失点を取り繕えないかと思った次第のようだ。私、良い面の皮な気がする。
「かといって、海水塩ではどちらにせよ商材としては使えません」
静かに語るゲールデン。ふむ、海水塩という形で公表している訳ではないが、塩ギルド側は見抜いていると。もう少し詳しい話をしてもらおうと、水を傾ける。
「過去、塩ギルドも海水からの塩分抽出は考えましたが、雑味が強く商材にならないという判定が出てからは試してはおりません。ある程度現場を任される人間にはどんなものかを味見させて海水塩を取り出したという話は詐欺だと認識させる慣行もあります。こちらで取り扱っている塩は一部その香りに近いものを感じたので、海水塩だろうと特定しました」
あぁ、昔の錬金術詐欺に誑かされないように知識を付けましょうみたいな啓蒙を塩ギルドもやっているのかと、感心した。
「やはり、香りの部分は大きな違和感となります。相手の求める商材を出せないのであれば、そもそも海水塩が有っても意味が無いという話ですね」
静かに語り終えると、この話は終わりという感じでさっぱりした笑顔を見せる。だが、私は少し考える。
「海水塩ではなく、純粋な塩であれば、商材になると?」
さてさて少し揺さぶりをかけてみようかと、悪戯心が頭を擡げてきた。実の無い話に突き合わされた腹いせじゃないよ? 交渉の内だよ。
そう思いながら、リズと二人を連れて、蔵に向かう。扉を開けると、びっちりと壺がこれでもかと並んでいる。
「これが……?」
ルーマントが良く分からないという顔で言葉にするのに、リズもゲールデンもこくりと頷く。私はコルクをひゅぽと抜き、さらりと細かな細粒を匙で掬う。
「お求めの品だと思いますが」
そう告げて、皆に手を出させて、さらりと乗せる。ルーマントとリズはそのまま、ゲールデンは匂いを確認し、小指でほんの少しを取り舌に極少々を振りかける。
「辛い!!」
ルーマントの叫びが響くのと、ゲールデンの表情が変わるのは同時だった。
「これは……。純度の高い塩ですね。香りも無い……。しかも、ここまで細かく砕かれている。どのような経路、製法で手に入れたのでしょう……」
そう問うてくるゲールデンの前でそっと唇に人差し指を当てる。
「入手法に関しては内密です。ただ、薬物的な手段で抽出している訳ではないので、余計な添加物もありません。純粋に塩です」
そう、純粋なNaCl、塩だ。ダンジョンに挑む前に鉱魔術の訓練をしている時、3.00目前で流石に飽きて色々試していた時に、鉱物を出せるのなら組成式がはっきりしているものなら出せるんじゃないかと試してみたら、出来た。と言う訳で、非常用にせっせと作り貯めた純粋塩、十五トン。これだけあれば、足りるだろうと思う。
「ふむ……。値段によりますが、実際に味わった上で判断するなら最上品でしょう。品質の保証担保を領主様に頂けるのであれば、十分に商材となりましょう」
お、この道のプロが納得してくれたか。品質の担保をこっちに依頼してくるのは薬物や混入品の警戒の為だろうけど、自分で作った物なので問題無い。他の壺は封印しているので、何かを混ぜられる事も無いだろう。
「では、交渉となりますが、海水塩の販売に関して、流通を許可してもらえませんか?」
私が問うと、すんなりと応が返ってくる。ここからまた長い交渉が始まると思って心の中で身構えていたのだが、肩透かしだ。それが表情に出たのか、苦笑を浮かべながらゲールデンが語る。
「元々、今回の面談は、海水塩の流通を認める事で何らかの益が得られれば良い程度の軽い話でしたので」
少なくとも、今回失う可能性のあった信用分程度で海水塩の流通は認められると言う事だった。というか、軽い。塩ギルド側にとっては脅威の筈なのだが……。そう考えているのも見透かされたのか、優し気な表情から冷静な表情に変えたゲールデンの言葉がつなげられる。
「海水塩が大量に流通に乗ったとしても、塩ギルド側は脅威足りえないと考えています。これは塩ギルド全体の判断です。少なくとも国単位での生産及び流通補助が行われなければ、少々の価格の優位は信用の前には駆逐可能です。また、流通基盤の無い対象が幾ら物を生産したとしても、移送の価格が商品代金に乗る事により、結局は敵足りえないというのが、判断です」
規模の経済を動かしている塩ギルド側に、小さな領主が挑んできてもシェアは取れないというのが判断根拠なのだろう。正しくそれは思う。遠方の方に運ぶには流通コストがかかる。それを用意出来ない『リザティア』では、価格競争で打ち勝てる輸出範囲が自ずと決まってくる。それを冷静に判断しているのだろう。
「それに私達の理念は、人の生き死にに関わる塩の安定供給です。それを欲望で乱すというなら、塩ギルドの総意を以って、対応します」
手段としては、ダンピング、こちらの輸出範囲への供給削減など、結構えげつない事を言われる。それを私のせいだと言われるのであれば、確かに無用の諍いを招きかねない。また現状で製塩手段を奪い取るつもりはないらしい。
「岩塩に関しても、確保はしておりますが、どこまで存在するのかは分かりません。そういう意味では、現時点で他の流通手段があると消費者が考えるのであれば、安心の元にもなります。将来、仮に供給源が尽きる話になれば改めてご相談するかと思いますが、領主たる方と争ってまで製法を手に入れるつもりはありません」
あぁ、冒険者ギルドとは役者が違った。きちんと強みと出来る事を判断しているし、立場に甘んじる事も無い。それにこっちの手札を自分達の強みに変える強かさももっている。こりゃ強敵だなと思いながら、ルーマントを見ると、しょんぼりしている。
「まぁ、人を育てるのは難しいというのもあります。今回ご迷惑をお掛けした事も海水塩流通販売の方に加味して頂ければ幸いです」
そう告げながら、また優し気な表情に戻ったゲールデンが手を差し伸べる。私も無意味に喧嘩はしたくない。まだまだ手札はあるし、塩に関してはもう少し考えるかと思いながら、その手を取る。これを以って、私の製塩所は塩ギルドに認められた。さて、契約書を書かねばと思いながら、侍従達に塩の壺を運んでもらうよう指示を出す。これで、敵か味方か分からなかった相手が、取り敢えず中立を保ってくれるのははっきりした。少しだけ心が軽くなったと思いながら、応接間に戻る事にした。




