第730話 難事が済んでちょっと一息
目を覚ますと、顔のすぐそばでタロとヒメがくんくんしていた。ベッドに前脚をかけて首を精一杯伸ばしている。二匹の基準だと、ベッドに乗ってはいけないという指示に対してのセーフラインはこの辺りらしい。
『まま、ぬくいのいるの!!』
『ぱぱ、ひろうこんぱい!!』
キャフウォフと小さな声で二匹が相談しつつ、よじよじとベッドに登ろうとしたところで、手を出して止める。
『だーめ。ベッドに登るのは駄目』
『ざんねんなの!!』
『むねん!!』
私が起きたのを知ると、二匹が頻りに舐めてくるので、撫で返す。若干朦朧としていた意識が戻り、首を上げると、こちらに気付いたリズが声をかけてくれる。
「あ、ヒロ。起きたの。良かった。ぐっすり眠っていたから起こさなかったけど、もう夕ご飯だよ」
「おはよう。夕ご飯と言う事は、二時間程度眠っていたのかな」
疲労困憊で眠ると、丸一日経過とか良くあるので、一応確認した。仕事で徹夜明けの土曜日の朝眠ったら、日曜の夕方で全く休んだ気がしなかった時の事を思い返してしまう。
「うん。あ、レイさんがさっき戻ってきたよ。大分風も収まってきたし。雨は止んだよ」
リズの言葉を聞き、ベッドから降りる。開け放たれた窓から外を覗くと、雨は止み、風も荒々しいものから、強風程度まで弱まっていた。空の雲の動きはまだ早い。厚い雲は大分薄くなり、微かな夕陽の赤も隙間から漏れている。もう暫くしたら、完全に通り過ぎるかなと胸を撫でおろす。
「流石に明け方から延々働いていたら疲れたよ。リズは大丈夫?」
「私は少し早く起きて、料理の手伝いとかしていただけだから、大丈夫。ヒロはちょっと働き過ぎ」
少しだけ唇を尖らせながらリズが微笑ましいものを見る顔で言ってくるのを確認して、和む。リズも式の時の影響か、神に祝福された花嫁として根強い人気を誇っている。きっとリズの手料理を振舞われた南門の兵達は吹聴するんだろうなと。詰めていた人間を確認しておいて、他の兵にも慰問しないと駄目だなと、心のメモ帳に記載する。
眠っている間の状況をリズから聞き出していると、侍女が夕飯を告げに来る。食堂に向かうと、『リザティア』待機組が勢揃いしていたので、やっと緊急時は越えたのだと実感出来た。
「じゃあ、大きな被害は出なかったと言う事で、食べましょうか」
そう告げて、食事を始める。
「レイ、領軍の方はどう? 大分走り回ってもらったけど」
「交代制が生きています。時間が来たら無理矢理でも引継ぎをさせて休ませたお蔭で、日常業務に影響が出る程では無いです。怪我人も治癒が完了した旨、報告が来ております」
本人も頭として、先程まで事務に現場監督に走り回っていたはずなのに、全く疲労を見せず涼しい顔をしている。というか、何か、艶々しているのは何なのだろう。生粋の仕事人というか、頼もしい限りだ。
「幾つか、現場で実施した案件があるから、後ですり合わせをしよう。カビアの方は……大丈夫?」
ふと視線を横に向けると、カビアがスープ皿にダイブしようとしたところをティアナが襟を掴んで何とか回避させている。
「もう疲労で動けないわよ。区切りって理解しちゃったから無理も効かない。商工会の方は顔を出して来たわ。ごねているお客様はいないようね」
ティアナの方が体力があるので、まだまだきちんとしている。文官肌のカビアにはちょっと酷な現場だった。
「ライバルの商家に事故に見せかけて火を放つとか、やりそうかなと思っていたけど、特になかったよね。倉庫街に厚めの兵を置いたのは勿体なかったかな」
私が最悪の想定を呟くと、レイが首を振る。
「諜報より話が来ておりますが、計画はあった模様です。ただ、警護が厳重なため、実施出来なかったという話ですね」
「首謀者は?」
「洗い出しは済ませております。現状では諜報網に気付かれますので手出しは出来ないですが、既に対処は開始しております。しっぽを掴んだところで引きずり出します」
レイがにこりと微笑みながら、中々壮絶な事を告げる。しかし、問題を起こしそうな輩に情けをかける気は無いし、貴重な諜報のリソースを食われるのは業腹なので滅べば良いと思う。
「あ、ブリューさん、定期連絡はありました?」
竜さん組も和やかな雰囲気で食事を楽しんでいる。ブリューが穏やかな雰囲気で口を開く。
「はい。『フィア』の方は影響はもうありません。こちらも峠を越したのを伝えたら、明日には戻るとの事でした」
「おみあえに、たかな、たくたん!!」
アーシーネが嬉しそうに言う。竜の皆さまも魚が大の好みになったようだ。
「じゃあ、一旦は区切りと言う事で。現場に任せて、皆は休んで欲しい。明日、『フィア』の皆が戻ってきたら、反省会かな」
色々思う事も、収穫も、後悔もあった経験だ。出来れば定例行事になりそうなので、生かしたい。そんな和やかな雰囲気で、食事を終わらせ、お風呂に浸かり、狼塗れになり、長い一日が終わる。
「ねぇ、リズ」
「何?」
「リズと一緒になって本当に良かった。大好きだよ。これからもよろしく」
まだ若干残っていた疲労がどっと出て、夢現の境界があいまいになりながら、ベッドの中でリズの耳元に囁く。返答をリズが告げてくれたようだけど、その頃にはもうすとんと暗闇に落ちていた。




