第729話 結局防災は日頃からの訓練で意識が醸成されるものです
まぁ、結論としては、戦争状態だった。
「姉十条下ル六区の民家で怪我人が発生しました。隣家の二階に放置していた植木鉢が窓から飛び込んだようです!!」
「状況は!?」
「破砕した際の破片を被ったようで、軽傷ですが範囲が広いため、家族が救助を求めていました」
猛烈な風雨の中、兵が数人で毛布で包んだ人間を兵舎に搬送してくる。現在、門に併設している各兵舎では救助活動の拠点になってもらっている。私は一旦南門で待機しており、何かあった場合のフォローと言う立場になっている。町の人数も増えて、薬師ギルドでも神術が使える人間が回されてくるようになったので、過剰帰還の時のための後詰としてへんにょりと報告を聞いている。まぁ、何かあったら、各門まで走らないといけないから、大変なんだけどね。比較的重傷者は南門に搬送するようには指示している。
「額切ってんな……。こりゃ血止めしないといけねえか。おーい、薬師さん頼む!!」
当直の兵士が状況を確認し、薬師ギルドの人間と連携を始める。ただ、処置室の方に向かった後は、少し状況が変化する。
「姉十条の辺りの責任者を確認してくれ」
対応に当たっていた兵が事務方の方に問い合わせると、事務方が帳面をぱらぱらとめくり、両腕でバツ印を描く。
「冒険者ギルド担当です」
「がぁ……。人数足りないからって、雑務を任せるって話だったが、質が悪すぎるぞ……」
うーん。大分頭に来ているのか、若干距離が離れているから聞こえないかもと思っているけど、声が大きすぎて聞こえちゃう。そうだよね。流石に千人からの兵士がいても、リザティア全域の調査なんて三日で終わらない。カビアが商工会とも根回ししたけど、人員不足は否めなかったので、渋々冒険者ギルドに頼んだんだけど……。
「きちんと仕事をしている人間と、いない人間がいるぞ、これ。それに、一旦仕舞っても、きちんと状況説明しておかないとまた出すに決まっているだろうに……」
がりがりと頭を掻き毟りながら、当直の兵士が不満げに叫ぶ。先程から運び込まれてくる怪我人の大概が、冒険者ギルドの管轄というのが拍車をかけているんだろうなと。自分の守るべき領民が不始末で怪我していれば、そりゃイライラするか。
「リズ、頼みがあるんだけど」
「ん? 何?」
「厨房で、夜食を作ろう。長丁場になりそうだし、イライラが募ってきている。このままだと、各地で不満が噴出しそう。美味しいものでも差し入れしよう」
そう告げると、リズが少し眉を顰める。
「南だけ?」
「いや。ここは偶々私達がいるから、リズにお願いしただけ。すみません、伝令。お願いがあります」
伝令を呼び、備蓄食料から夜食に出して良い旨の書面を作り、東西に届けてもらう事にする。軍の資材は徹頭徹尾、用途が決まっている。後で調整しないといけないけど、こりゃポケットマネーだろうなぁ。カビアとレイに相談しないとな。
そう思いながら、窓から外を覗くと、立ち込めた黒雲が微かに光を孕んでいる。時間的には夜明けになっているが、雲の層が厚いのか、そこまで明るくはない。日本でしか台風なんて経験した事が無いから分からなかったが、内陸の台風はとんでもない。途中の山脈で重りの雨を落としてきているからなのか、風がとにかくきつい。雨自体はそれほどの量は降っていないようなのだが、風の被害が続々と上がってきている。確かに、水の被害が出ないと言っていたけど、平地の台風をなめていたかもしれない。対応、ちょっとミスったかなと冷や冷やしながら、厨房の方に向かうリズを見送る。取り敢えず、美味しいものを食べて、元気を出してもらわないと、兵の皆のモチベーションが保てない。
「領主様!!」
若干意識を飛ばして自己嫌悪に陥っていたら、兵に呼ばれる。
「はい、なんでしょう」
「狼十三条で火災が発生しております。まだ火の手は小さいですが、この風ですので」
「うわぁ……。本日の火の使用は厳禁だって伝えたはずですが……」
状況の悪さに、ぽろりと口から零れたものに、兵が申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「本日を日中と解釈する者もいます。朝の用意の時間帯なので、これから増えるかもしれません」
その兵の肩を叩き、こくりと頷きを送る。
「詮無い事でした。流石に私も少しイライラしていたようです。申し訳ない。その分、ちょっと働いてきます」
「すみません、領主様自ら出て頂く事となりますが」
「消火が可能な程の水量を生む事が出来る人間がいないから良いです。重傷者が来た場合は、応急処置でもたせて下さい。終わったら、休暇と賞与を弾みます。危険手当は予算にも計上しているので、間違いないですよ」
「領主……様……」
嬉しがるかと思ったら、苦笑いで返されたので、若干不謹慎だったかな。それでも、何か美味しい思いでもなかったら、やってられないだろう、こんな現場。そう思いながら、扉を開けて外に出た瞬間、メタボな体が浮き上がりそうな風量に驚く。窓から眺めている比じゃない。さっさと風魔術で殻を作って、火災現場に向かう。十三条と言う事はそこまで北上しなくて良いか……。姉三六角は意味が通らないので、適当な単語で東西、南北は、北から条数を加算する形で住所を作っている。ホバーの出力を上げて、風に負けないように飛んでいくが、殻自体が揺らされて、物凄く怖い。もう少し、竜さんにイメージを習っておけば良かったと思いながら、現在の人間最高峰のスピードで、町の上空を真っ直ぐ進む。
風の中、一際明るい場所を見つけて、そのまま現場に降り立つ。周囲では、兵達が延焼を食い止めるため、周囲の燃えそうな物を移動させている。
「領主権限で、この現場の指揮権を接収します。指揮官は?」
「はっ!! テライミーです」
作業の指示を出していた人の近くで叫ぶと、ビンゴだったようなので、敬礼にそのまま答礼を返す。
「該当の家の中に人はいますか? 周辺の家は?」
「あちらに避難しています。周辺の住民も、今はまとまってそこで待ってもらっています」
テライミーが指さす先を見ると、心配そうな表情を浮かべて、火を見ている集団がいる。そこから離れて、小さく蹲っているのは火を出した人だろう。
「一気に鎮火します。水が大量に流れるので、もう少し下がって下さい」
そう告げて、人の囲いが大きく下がるのを確認し、リゾートホテルの小さなプールくらいの大きさの水を生み出し、そのまま落とす。めりめりという音と共に、炎が噴き出した場所もそれ以外も大きくたわみながら、水が家を蹂躙する。それを二、三回繰り返し、熱気を感じなくなるのを見計らって、テライミーの元に戻る。
「既に火が出ている現場なので、鎮火を優先しました。今件に関しては、私が責任を持ちます。住人の方には、事後、領主館の方に来てもらうよう伝えて下さい。それまでの間は、兵舎の客室で一旦休んでもらって下さい」
「分かりました。対応致します!!」
短く告げて、テライミーが、動き出したのを見送り、また、南門の方に戻る。
これを皮切りに大小、難事が出るわ出るわ。結局収まったのは、夕日が雲の隙間から出た頃だろうか。それまで十二時間近く、ぶっ通しで走り回った。間違いなく、防災教育と、防災訓練は必要。後、教訓としては、天災には勝てなかったよ、びくんびくんと言う事だろうか。動き過ぎて、ふらふらな頭で、どさりと、領主館の部屋のベッドに横たわる。窓からは、まだ強いながらも涼やかな風が、汗と煤塗れの体を爽やかに包み込んでくれる。それでも、人死には出さなかったから、痛み分けかな……。後の事は、レイとカビアに頼んだから、今は、もう、寝る。あの二人も頑張ってたけど、ごめん。リズが戻ってくるまでもたない。肉体労働きつかったよ……。おや……すみ……。




