第727話 善意だけで済まされない災害対策
「商工会への根回しは完了しました。歓楽街への通告も代行してもらえます」
徐々に荒れてきた空気ではたはたとはためくカーテンを眺めながら、カビアの報告を受ける。
「商売にとってはマイナスなのに、あっさりと話がついたね。もう少しごねるかと思ったけど」
台風が来るんだーって言っても、気象予報も無ければ誰も信じないと思っていた。私だって『馴致』が無ければ猫の言葉に従いますなんて言われたら、頭を疑うだろう。
「そこは式の時、神の祝福の噂が流れています。神の警告かもと考えれば町の人間で疑う人間はおりませんし、訪れるお客様もその辺りは知ってらっしゃいます」
「そっか。何にせよ、無駄が無いのはありがたい。後は温泉宿のお客様が問題かな……。高位の方が来られる予定は無かったと思うけど」
「そうね、貴族の宿泊は無し。豪商というまでも無い、そこそこ規模の大きな商家の人間は泊まっているけど、カビアが昨日の段階で話を付けてくれたわ」
ティアナが口を開く。
「荷物を運んでいるのなら、濡れると困る物もあるだろうしね」
「種子の販売ではそこそこ有名ね。あれも、濡れると問題があるから。少々の雨なら良いでしょうけど、風もとなると屋内で保管しておきたいようね。逆にありがたがられたらしいわ」
「もし、それで雨が降らなかったら、賠償ものだね」
苦笑を浮かべながら言うと、鼻で笑われる。
「商売人の決断は全て自らの責において成されるものよ。領主に言われて留まったのに、問題ありませんでした。賠償して下さいなんて、恥ずかしくて口に出せないわ。逆に台風が来る情報を使って、商機を見つけるくらいじゃないと生きていけないわよ」
ティアナが一気呵成に言い切ると、何故か拍手を送りたくなった。どこの世界も商売の道は険しいな。生き馬の目を抜くとは正にこの事だろうと思いながら、今では私も商売の主かと、人生の行先の混迷に笑いが浮かんできそうになる。
「じゃあ、人間に関しては問題無いと。後は門で出入りの際に、注意喚起をすれば十分。警告を無視してまで出入りするのに強制力は行使したくない。問題は雨と風による被害の方かな」
「建物は建てたばかりなので、問題は無いと考えます。飛びそうな物は建物の中に収容するように注意喚起しています」
カビアが指折り対応を述べていく。
「看板とかも仕舞ってもらってね。あの手の板が飛ぶと、思わぬ被害が出るから」
風魔術で飛んだ時にも思い出したが、実際に沖縄で台風で足止めされた夜に、人間よりも大きな看板がUFOのように飛んでいたのを見た。あんなの食らったら、木造家屋なんて貫通しちゃう。
そんな感じで注意点を洗い出して、傾向と対策を考えていく。台風には慣れていると言っても、現代日本の技術に守られているからであって、この世界で台風が来たらどうなるかなんて体験した事も無い。取り敢えず、竜巻とかが起こった時のために、窓の外側に閂をかけられるように設計したりと細かくは注意しているけど、何事も無い事を祈るしかない。
「では、商工会の方と農家の方々とも話をしてきます」
「あ、そういえばもう一点」
そうそう台風と言えば、大事な事を忘れていた。
「水門を閉めるけど、決壊の恐れがあるから、絶対に畑の様子を見に行ったら駄目。これは徹底させて。農家の人は心配するかもしれないけど、何かあった場合の補償は考えるから。軽挙妄動はくれぐれも慎んでもらって」
裏の畑の様子が気になるからで流されるとか、日本でもあるしなぁと。こちらの方が、機械が無くて苦労している分、思い入れも凄そうだ。
「あ、ヒロ」
二人が動き出そうとした時に、リズが声をかけてくる。
「どうしたの?」
「お父さんとも話をしたけど、帰る事が出来ないかもって、明日には猟も制限されちゃうよね。お肉、足りなくなるよ?」
あー。意識から漏れていた。非常食か……。確かに、原料の調達が出来なければ、流通がストップする。んー。
「カビア、保管庫から干し肉やベーコンなんかの保存食の放出準備をしておいて」
「市場在庫で回ると思いますが……」
「んー。商売っ気のある人が集まっているでしょ? 間違いなく売り控え、買占めが起こる。リズ、ありがとう、忘れてた」
そう告げると、リズが嬉しそうに微笑む。善意だけで領地運営なんて出来ないなと改めて思いながら、備蓄の放出と、再度購入時の適正価格帯、そして他のこまごました内容を四人で相談した後、二人が部屋を出ていった。
「やっぱり、二人共凄いね……」
「ん?」
ほぅっと少し悩まし気な溜息を吐きながら、リズが呟く。
「カビアはもう、何年もこんな事をやっているし、ティアナも領地経営をしていた身内がいるからある程度把握しているだけだよ?」
「それでも、ヒロの奥様として、何も出来て無いなって……」
しょんぼり顔でそう告げるリズを抱き寄せる。
「大丈夫、さっきだって、足りないところを補ってくれた。どうしても、視点が高所になるから、細かいところまでは追いきれないんだ。そういう部分を補ってくれたら助かる」
「でも、当たり前の事だよ?」
「当たり前を当たり前に生きるのは、それはそれで凄い事だよ。私の当たり前なんて、平々凡々としていた筈なのに、こんな事になっているしね」
そう告げると、苦笑が浮かんでくる。
「そっか……。ヒロも大変なんだ……」
「そう。だから、リズが助けてくれて嬉しい」
そう告げて、そっと口付ける。はためくカーテンの向こうでは、木々が微かに揺れる程度に風が吹き始めていた。




