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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第724話 カレー狂想曲

 膝の上にタロを乗せて、ヒメを撫でながらリズの質問に答えていると、ノックの音が部屋に響く。声をかけると侍女で厨房からの伝言のようだ。


「鍋が冷えたとの事です」


 窓から外を眺めると、少しずつ夕暮れが迫ってき始めている。外で仕事をしている仲間達もそろそろ帰ってくるかなと二匹を箱に促し、厨房に向かう。鍋に触れてみると、粗熱は取れて気温と同じ程度の温度になっている。ぐるりとかき混ぜると野菜達も煮崩れて角を失ったニンジンが微かにその姿を残す程度だった。イノシシの欠片を取って口に含んでみると、繊維質な部分だけが歯に当たり、噛むとじゅわりと野菜の甘み、そして鶏のガラスープの香りと旨味が口の中に広がる。


「スープの方はこんなものかな」


 誰ともなく告げながら、薬研に入った香辛料を嗅いでみる。複雑なスパイスの香りに自然と顔が綻ぶ。一旦、全てのスパイスをフライパンに移し、コリアンダーの実を薬研に投入してごりごりと擂り潰す。カルダモンやクミンも後に回した方が良かったかなと思いながら、特に揮発性が高いコリアンダーだけは後に残した。砕けるたびに、高い甘く爽やかな香りが徐々に広がるのを楽しみながら、擂り潰し終わった物を同じくフライパンに混ぜる。弱火から中火程度になるように火を調整しながら、乾煎りを始める。香りが若干飛ぶのは残念だが、クミンやコリアンダー、カルダモンは炒めた方が香りも顕著になる。芳ばしい匂いも付けたいので、飛び過ぎない程度に火を通す。

 鍋の方を再度火にかけておく。並行して残していた玉ねぎなどを炒めて、順次鍋に投入して、最後にスパイスを半分程度入れて蓋をして弱火で煮る。


「さてさて、あとは素揚げの方だ」


 侍女が仲間の帰還を報告してくれたので、そろそろ夕ご飯の時間が近付いている。料理人達には竈でナンを焼いてもらうようお願いする。昔はチャパティみたいなパンを食べていたと言う事なので、ナンの焼き方を説明すると納得したように次々と焼き上げていく。バターの代わりに混ぜたオリーブオイルが揮発する香りが立ち込める中、本日貰って来た夏野菜を刻み、素揚げにしていく。やっぱり、ズッキーニは油を含んで熱が入った時のあのじゅわっとした感じが堪らないよねとか思いながら、フライパッドに揚がった野菜を乗せていく。そろそろ良いかなとカレー鍋の蓋を開けると、暴力的なまでの香辛料の香りが広がり、強制的に胃が動くのが分かる。横で調理方法を見ていた料理人が生唾を飲み込むのが聞こえてきて、少し笑みが零れてしまった。軽くスープを掬い、味を確かめて、塩と魚醤で調整する。最後に軽く水溶きの小麦粉を投入して、一気に鍋底から大きくかき混ぜる。


「焦げ付かないように、底の方からかき混ぜてね」


 そう料理人に告げて、皿の縁に沿って素揚げを並べていく。全員が帰ってきたという報告を受けて、残りのスパイスを投入して、大きく大きくかき混ぜる。


「さぁ、完成だ」


 巨大な鍋をワゴンに載せて、皿にルーを注いでいく。夏の最中だというのに、ふわりと立ち上る湯気に香辛料の香気が混じり、待ちきれない感じだ。料理人に頼んで食堂にナンと一緒に運んでもらう。

 食堂では、厨房から流れた香りが広がり、欠食児童の顔をした面々が今か今かと待っていた。竜の人達もソワソワしているのが分かる。アーシーネに至ってはスプーンとフォークを両手に掴んで、涎を垂らさんばかりの顔になっている。ちょっとお行儀が悪い。


「お待たせ。さぁ、食事にしようか」


 私が席に座り、声をかけるが、皆が戸惑って動けない。食べ方が分からないかと思って、ナンを取って千切り、カレーをかけてから口に運ぶ仕草をする。その姿を見た面々が同じように真似しながら、口に運んだ。


「ん!? んー、辛い!!」


 リズが結構だばっとルーをかけたナンを頬張ったせいか、目を白黒させながら、はふはふと上を向きながらしーはーと呼吸をする。


「唐辛子も入っているから、ちょっと辛いかもしれないよ」


 そう告げると、ワインを口に含むが、水分に触れて余計に辛くなったのか、渋面ではふはふしている。


「あれ……。辛いけど……また食べたい……?」


 リズがくてんと不思議そうな表情になって、今度は少なめに口に頬張ると、ぴくりと表情を微妙に変えながらも徐々に笑顔に変わっていく。周りの人間も似たような感じだ。ドルは辛いのは大丈夫かなと思っていたが、花椒の麻の辛さはちょっと違うらしく、口を開いて呼吸をしている。


「これは、全く味の元が分かりません。複雑ですが、何とも食欲をそそる」


 そんな中、一人冷静に食べていたレイが微笑みを浮かべながら、賞する。


「香辛料の物流が盛んになってきたから、やっと作れたよ。色々な種や葉を使って作るスープ料理みたいな物かな」


 そう説明しながら、私も記憶よりも黄色いナンカレーを口に運ぶ。はむと頬張った瞬間広がるのは揮発性の唐辛子と花椒の辛み、それにコリアンダーの酸味が混じった甘い爽やかさだろう。その後に来るのは舌に触れて現れる、カルダモンやクミン達の甘みを帯びた香り、そして舌の後ろの方でウコンのほのかな苦味がアクセントになる。小麦粉の甘さとオリーブオイルの香りが混ざり合い、複雑玄妙な重奏曲を口の中で奏でる。溶け込んだ玉ねぎは存分に芳ばしさと甘みを、後で入れた玉ねぎはほのかな歯ごたえと清涼感を与えてくれる。イノシシの臭みは完全にスパイスが消し、その肉汁の豊潤な旨味と脂の甘さだけが純粋に舌の上で踊る。


「辛いのは慣れているつもりだったが……。これは別格だな……」


 ドルが驚きを露にしながらも、しーはー言いながら、次々と頬張っていく。


「あ、そこの赤いの唐辛子を擂り潰した物だから、お好みで混ぜてみて」


 そう告げると、ドルが試しにかけて、味の変化を楽しみながら、さらさらと調整していく。


「慣れたら、止まらないじゃん!!」


 フィアがパクパクと食べ続けているが、苦手なコリアンダー、パクチーの種が入っているのは内緒にしておいた方が良いかな。


「この揚げた野菜との相性も良いですね。ズッキーニもナスも瑞々しいです」


 野菜スキーなロットが素揚げを絶賛しながら、食べ進める。竜達も、初めての香りに面食らった様子だが、慣れてくると香辛料の複雑な香りに魅了されるように、食べる速度が速くなる。


「ふむ……。これで仕舞いか?」


 珍しくドルがぽつりと少し物足りなそうに声を上げる。


「パンもルーも残っているよ」


 そう告げると、嬉しそうにお代わりを告げる。それを契機に皆も次々とお代わりを口にする。


「不思議ね……。元々そこまで食べる方じゃなかったのに、食べた方がお腹が空くなんて……」


 ティアナが不思議そうに呟くと、女性陣がこくこくと頷く。


「あぁ、香辛料の香りが胃と腸を動かすから、余計にお腹が空くのかも」


「そんなん、太るやないですかー!!」


 チャットが叫ぶが、じゃあやめる? と聞くとそっと皿を差し出してくるから、苦笑が浮かんでしまった。

 結局、賄い用に残しておいたルーとナン以外は食べ尽くされ、珍しくポンポコリンの集団が食堂に死屍累々と転がる結果になった。やっぱりカレーは偉大だなと、日本で食べるカレーとは少し違うけど、懐かしい香りを楽しめて満足出来たとほっと息を吐く。米が収穫出来れば、カレーライスだなと改めて決心し、厨房で待ち望んでいた料理人達に食事にして良いと伝えに行く事にした。

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