第722話 けものかわいい
「さて、戻ろうか」
囲いの無い草原に吹く風に、涼しさではなく身震いを感じた辺りで、リズに声をかける。
「夕ご飯の準備をそろそろしないと間に合わないかもしれない」
「あ、さっき言ってた料理? でも、凄く時間がかかるんだね」
リズが話を思い出したのか、あっという表情を浮かべるが、昼下がりというタイミングに少し首を傾げる。
「あぁ。煮物みたいなものだから、一度冷やさないと味が染みないんだ。さて、タロー!!ヒメー!!」
二匹を呼ぶと、暫くして何? 何? 呼んだ? という感じでひょこっと現れ、はふはふ近付いてくる。そろそろ帰るよと伝えると、騙されたみたいな顔をしてちょっとびっくり気味に後退るが、にくきうマッサージのイメージを送ってあげると、ひゅいっと言う感じで近付いてきて、伏せて、首を差し出す。
『かえるの!!』
『きんきゅう、そうちゃく!!』
はっはっと舌を出して、運動した分とこれからのお楽しみで興奮した感情を冷ましながらも、しっぽはメトロノームのプレスティッシモのように極めて早く軽快に振られていた。
「本当に現金だ……」
あまりの即物っぷりに獣可愛いなと思いながら、首輪を装着する。
「ふふ。大人しいの。どうしたのかな?」
リズがヒメの首輪を嵌めながら、疑問を口にする。
「肉球をマッサージしてあげるって伝えたら、凄く期待しているみたい。偶には少しスキンシップの時間にしよう」
そう伝えて、来た道を帰る。屋敷に戻り、布を差し出して脚を拭こうとすると、待ちきれないと言わんばかりに、自分でお座りしてひょいっと前脚を差し出した瞬間には流石に噴き出した。可愛らしく、後脚を差し出す様は少し高貴さを感じさせなくも無かった。
部屋に戻って首輪を外すと、差し出した水をぱしゃぱしゃと美味しそうに飲み干す。少し落ち着くと、頻りに足元にじゃれつき始める。
『だっこなの?』
『もみもみ!!』
ヒメも同じく、リズにまとわりついているので、リズがどうするのという顔でこちらを見てくる。しょうがないかと抱き上げて、そっと脚先を手のひらで包む。水を飲んだせいか、先程拭いたにも関わらずじっとりと湿った肉球を軽く拭い、むにゅうっと少し強いかなという感じで押してあげると、ぴんっと耳を立てる。
『ふぉぉ!!』
『えつらく!!』
同じくリズに抱き上げられたヒメも同調して、きゅーんに近いような甘える鳴き声を上げながら、恍惚とした表情で舌をでろんと出しながらされるがままになる。前脚後脚と揉み終わっても離れようとせずにひしっとしがみ付いてくる。困ったなと思いながら、昔獣医さんに教えてもらった簡単なストレッチと揉み解しを実践してみる。
「リズ、前脚をこう伸ばして、少し開いてあげて」
「こう?」
リズも見様見真似でヒメの前脚を軽く開く。
『お? お?』
『ふしぎ!!』
色々と脚の稼働域のぎりぎりまで伸ばしてあげたり、腰から背中まで揉み解していってあげると、しっぽをぷるぷると小刻みに振るわせながら、感極まった表情で熱い吐息を漏らす。
『きもちいいの……』
『えつらくのきわみ……』
一通りマッサージもどきが終了して、そっと床に放してあげると興奮を冷ますつもりなのか二匹がお互いにグルーミングを始めるのをリズと二人温かく見守る。
私は貰った野菜の籠を抱え直して、リズにどうするか問うと、食事までは先程渡した税収表を勉強すると回答が返ってきたので、一人準備をしようと食堂に向かう。料理人達に、本日の夕ご飯の一品を私が作ると伝えると共に、発酵させていたパン種の使い方を少し変えて指示しておく。
無心に野菜を刻みながら、今日の視察の様子を思い出す。畑の様子は良かったけど、田んぼの様子がちょっと順調すぎる。リズには現状がそうだった手前、あんなものだと伝えたが、稲作だってそこまで手がかからない訳ではない。はてさてと思いながら、鼻呼吸を止めてタマネギを刻んでいると、頭の中で声が響いた。




