第721話 稲の対応とゆったりした時間
「実際にはどうやって対応するの?」
カエルと遊んでいるタロとヒメを眺めていたリズが立ち上がり、聞いてくる。
「ん? あぁ、畔を高く作っているでしょ。ここに水を注いで稲の下に水をもう少し深く張る形かな。そうすれば風が吹いても倒れないようになるよ」
「へぇぇ……。麦とは違うんだね。頻繁に水を張ったり、捨てたりしているからちょっと難しそう」
「根が吸収する空気を含ませる必要があったり、水を抜く事で根が水を求めてきちんと張ってくれたりと色々理由はあるけどね。元々は水場に生えていた植物だから、水には強いよ。ただ、長く浸けちゃうと腐ったり病気になっちゃうから、少しデリケートだけど。その代り、雑草を取ったりの手間が無いからトントンかな。農家の人も、水の管理だけで良いしね」
そう告げて、稲の長さを測り、深水の目安を農家の人に伝える事にする。その際に、鴨さん達も小屋に入れて守ってもらう事にしよう。どうも飽きたのかカエルが田んぼの方に戻ると、二匹はちょっと寂しそうに水面を覗いている。
「麦も風が吹くと倒れちゃって、収穫が減るってフィアが言ってたよ」
「あぁ、麦の方はもっと簡単。立てている柵に縄を張ったら、支えになるようにしているから、それをお願いしたら良いだけだよ」
「ん? あぁ!! 獣が入れないようにしているだけじゃなかったんだ、あの柵」
「色々複合的に意味は持たせるようにしているからね」
そんな話をしながら、麦畑の農家の人に挨拶に向かう。アマンダから改めて指示が入るだろう旨を伝えた上で、田んぼと畑の対策をお願いする。野菜関係も麦と同じく対応してもらうが、現時点で収穫可能な物はなるべく先に収穫してもらう。重量物が風に揺らされると、植物自体が傷ついてしまう。若干、いつもと作業の優先順位が変わる事になり、負担は増えるが領主からの指示と言う事で、実施してくれるようだ。アマンダにもその旨は伝えるので、正式な指示が正式な上層部から来たら順次対応をしてくれるようお願いする。
それからは畑の野菜を見学する事にする。種や苗を購入する際に、育て方も確実に確認するようにお願いしているお蔭か、どの苗も順調に育っている。特に気になっていたあいつは……。
「うわ、これ、緑の丸いのが可愛い」
トマトの苗も、夏の日差しを浴びてもうプチトマトくらいの大きさには育っている。もう少ししたら、トマト料理も楽しめるだろう。種も収穫出来れば、徐々にトマト料理を広めていくのも良い。トマト出汁のスープとかも懐かしい。
「これが出来れば、料理の幅もぐっと広がるよ」
「うわぁ……楽しみ。でも、凄く緑の匂いがする……」
苗に近づいたリズがタロやヒメみたいにくんくんと嗅ぐ。二匹も真似するようにクンクンと嗅ぐが強烈な緑の匂いに、ぴゅーっと帰ってくる。
「そのまま食べるのだと好き嫌いが出るかもだけど。料理に使うと美味しいよ」
他にも夏野菜達が順調に育っているのをキラキラした瞳で眺めて、散歩に戻ろうとすると、農家の人が籠に満載の野菜をくれる。あいさつ代わりだと言う事で礼を言って、貰って道を歩く。
「あ、ティロの実だ。うわぁ、この巻き菜立派……。ディールの実も紫が鮮やかだね」
ティロはズッキーニ、巻き菜は白菜とキャベツの総称、ディールはナスなのだろう。言い直すと、その言語で聞こえてくるから翻訳も面白い。これだけ夏野菜があれば、そろそろあれを作るとしようかな。折角交易も盛んになって材料も揃ってきたし。
「あ、笑っている。何か美味しい物考えたの?」
「うん。喜んでもらえるとありがたいかな」
そう言いながら、籠を担ぎ、草原の真ん中まで向かうと、タロとヒメの首輪を離す。
『さぁ、遊んでおいで』
告げた瞬間、目をいっぱいに見開き、ててーっと走り出す二匹。
「ふふ。嬉しそう」
「旅の間は休憩時間に走り回る事しか出来なかったからね」
二人で草原にかけて、少し変わった形の梨を頬張る。先程の籠の中に入っていた物だ。溢れ出る果汁が手と顎を汚さんばかりにジューシーで驚く。
「あはは。ヒロ、顎のところ凄くなっているよ」
何とか服に付かないようにと顎を突き出しながら、食べていくが、リズは慣れているのか器用に食べている。食べ終わって、水を生んで洗おうと思っていたら、二匹が丁度近くにいたのか、接近してきて顔をぺろぺろと舐めるのにはちょっと困った。
『うまー!!』
『かんろ!!』
味が無くなると、興味が無くなったようにまたぴゅーっと草原の方に駆けていく。その姿を呆然と眺めていると、リズがぷっと噴き出す。忙しい中のゆっくりとした時間が、爽やかにゆったりと流れていった。




