第718話 台風への対応の開始
「それならば、私達で向かいます」
食事の際に、先程の猫の件を伝えると、何事も無いようにロットが答える。
「ふむぅ。旅から帰ってきたばかりで悪いかなと思っているのだけど……」
「いや、この領地の責任者が、一番守るべき場所で指示を出さなくてどうする。領軍の人間を連れて行く。馬で移動出来るなら、間に合うだろう」
ドルが珍しく、否を先に伝えてくる。あるぇ? と思っていると、ティアナが澄ました顔でスープを掬いながら口を開く。
「リーダーもリズも働き過ぎよ。別に足りていないなんて誰も思っていないのに、過剰に手厚くして。鈍るわよ」
その言葉に、カビアがまぁまぁと宥めようとするが、ぶにゅりと頬を引っ張られる。
「カビアも家宰なんだから、きちんと諫めなさい。責任者がどしりと構えないで、ちょろちょろ現場で走り回るなんて。もう子爵よ。人を使う事を覚えさせなさい」
言っている事はきついなと思うが、目元は微笑んでいるので、気を遣ってくれているのだろう。
「計画は立てんと駄目でしょうが、資材は丁度現場にありますし。最悪、出来上がっている観光用の設備に避難してもろうて、人魚さんは沖に出てもらういう方法もあるでしょうし」
チャットがいうと、フィアもこくりと頷く。
「僕の名前の町だしね。きちんと面倒見ないと、心配で夜も眠れないよ」
くいっと頬を引き上げ、笑いながら言うフィアに、皆が和やかな表情になる。
「どうしても間に合わないというのであれば……」
ロッサが呟きながら、アーシーネ達の方を向くと、ブリューがこくりと頷く。
「力仕事が出来る人間から、先に移動するというのも手で御座るな。まずは、リーダーの計画次第で御座るが……」
リナがそういうと、皆の視線がこちらに向く。
「はぁぁ……。あれだけ積まれている仕事の上に、酷な話だよ。まぁ、今回ばかりは後ろを見る余裕も無かったしね。トトル達の件もある。頼む事になる」
そう伝え、頭を下げると溜息が返る。
「呆れた。命じなさいな。これでも部下よ?」
ティアナが言うが、譲れない部分はある。
「それ以前に仲間だよ。あの日そう伝えた。だから、私もやるべき事をやる」
そう告げて、食べ終わったカトラリーを揃えて、そっと右手側に置く。
「カビア、急ぎの仕事を抽出して。後、商工会に連絡を。情報元はぼかして災害の接近の可能性がありと言う事で、歓楽街側の調整を。併せて、アマンダさんに農作物への対応を出させて欲しい、水門の調整もあるだろうし。取り敢えず情報は猫さんという事だけど、野生の情報は侮れない。皆、協力して欲しい」
そう伝えると、おうと声が上がり、各自が銘々の持ち場に散らばっていった。私はカビアとティアナそれにリズを連れて、執務室に入る。
「とにかく、各ギルドとも連携して、町の中に人を誘導させないと駄目だな……。猟師の人や冒険者なんかは、出たままの人もいるだろうし……。間に合うかな」
「その辺りは各ギルドの責任で動いてもらいましょう。まずは告知からですね。日程は不明だけど台風が接近中の為、対処を始めて欲しいから徐々に詳細な日程や情報を出しましょう」
カビアの言葉にティアナも頷く。
「小出しにしていると思われても、今はしょうがないわ。確たる情報が分かる話じゃない。本当なら、気付けばもうそこまで来ている危機の話よ。まだ先に対処が出来るだけましよ」
「どうせ、将来的には痛くもない腹を探られそうだけどね……」
私が皮肉を伝えると、ティアナとカビアが苦笑しながら立ち上がる。
「関係各所に連絡してくるわ。侍従だけでは手が足りないもの」
「ん? 私が指示を出しに行くつもりだったけど……」
「子爵様? 決裁をお願い致します。朝の内に、優先度順にはまとめましたので」
カビアの笑顔に、ちょっとだけしょんぼりする。気分転換に動きたかったのにな……。
「私は?」
ほえっとした表情のリズにティアナが指を向ける。
「もう結婚したのだから、そろそろ仕事がどういうものか見ておきなさい。あなたの旦那様がどれだけ頑張っているか。それは無駄にならないわ」
そう告げると、二人颯爽と部屋を後にする。残された私達はぽかんとしながら、顔を見合わせる。
「さて、内容を説明するから、一緒に見ようか?」
偶には二人水入らずというのも良いかと、リズと一緒に決裁書類の片付けに追われる事にした。




