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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第三章 異世界で子爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第716話 夕ご飯と子供達の今後

 厨房から芳しい香気が流れる中、子供達が来賓席に座って、今か今かと期待に瞳を輝かせている。元々子供の順応性は高い。過酷な環境に身を置いていたとしても、助け出されれば、明るく変わる事は出来る。心の奥に何かの傷を負っていたとしても、時が癒してくれる。私が出来る事は、その時をかけがえのない、明るいものにしてあげる事だろうな。


「さてさて、おまたせ。食事にしようか」


 初めて会った時とは比べ物にならない程に身綺麗になった子供達から、声にならない歓声が上がる。王都から離れ、東に行くほど食生活のレベルが上がってきた。ワラニカの東の果てでどのような料理が出るのか、子供心にも楽しみなのだろう。ジェシカも控えめながら、チャットとリナに挟まれて、はにかみながら微笑んでいる。馬車でタロとヒメに接し始めてから、明るい表情が増えた。なんでも、将来はオオカミを育てる仕事をしてみたいと言っているらしい。アンジェにつけて、侍女兼飼育係になってもらうのも良いかなと。

 そんな事を考えていると、前菜として、サラダと鶏の胸肉のローストが出てくる。『認識』で寄生虫も毒も無いのは分かっているが、なまものを受け付けないので、妥協としてローストにしている。子供達は野菜には目もくれず、鶏へフォークを伸ばした。


「うま!!」


「柔らかい!! お肉だ!!」


 子供達の遠慮のない声が上がる中、私も一切れ口に頬張る。熱の通し方が難しい鶏の胸肉。すぐにパサパサになってしまうが、表面を焼き固め、ゆっくりと熱を通した胸肉はねっとりとした食感と共に、鶏の旨味を口の中に存分に溢れ出してくれる。かけられた柑橘の果汁が鶏の臭みを消し、重厚な旨味へのアクセントとなり、軽快な酸味で舌を洗ってくれる。粘度の高さと爽やかさが調和し、軽く塗されたコショウのかりっとした歯応え、そして破裂する香気が次、また次と誘惑してくる。

 お次はスープ。同じく鶏の骨を煮出したブイヨン・ド・ヴォライユに野菜の彩りが美しい。子供達も野菜嫌いではあるが、そのカラフルな色の調和に目を輝かせて、スプーンを差し込む。


「綺麗……」


「野菜も美味しい……苦くない!!」


 口に含んだ瞬間、脂を極力掬ったスープが素直に舌に味を伝えてくる。優しく滋味溢れると言うべき鶏の旨味が、軽く焼いて煮込んだ夏野菜の甘みと調和して合奏を口の中で繰り広げる。ただ、出来ればトマトが入っていればアクセントにもなって面白そうなのだが、まだ苗木を育てている状態なので楽しみはもう少し先だろう。その辺りは残念だなと思いつつ、昆布出汁を出してこなかったのは食べ慣れたものを子供達へ出そうとする配慮かと、厨房の思いを理解する。

 メインはイノシシの味噌漬け肉のステーキ。先程から、厨房から漂う香りはこれが元だろう。ナイフを使い慣れない子供達のために、既にスライスされているので、そのままフォークを刺して食べられる。


「うわ、イノシシっぽいけど、柔らかい。口の中で溶ける!!」


「あー、この味知ってる……。けど、初めて食べるのに……」


 子供達の疑問もそうだろう。移動中の保存食の中に、芋茎を使った芋がら縄を出した事があった。その際に味噌汁を味わっているので、味噌の味は知っている。ただ、それを焼いた事により、香気を増した状態が初めてという感覚を生んだのだろう。はむりと頬張ると、焼かれた味噌の強い香りがまず、鼻を抜ける。そこから続くのはイノシシの脂の甘み、そして、噛み締めた瞬間、丹念に叩かれ漬けこまれた肉からぱつりと弾けるように溢れる豊潤な肉汁。潤いとはこの事を指すのだと言わんばかりに唾液の流出をも超えて溢れ出る汁気に、口の中で窒息しそうな錯覚を覚える。

 最後には昆布出汁の麦粥。これに関しては子供達も旅の間に慣れたもので、はむはむと嬉しそうに食べている。


「王様みたいな食事だった!!」


「貴族って凄い料理を食べるんだ!!」


 食後は興奮ではしゃいでいた子供達だったが、一頻り騒ぐと旅の疲れが出たのか、一人、また一人と眠りに落ちていく。侍従達に目配せすると、そっと抱えて、ベッドに連れて行ってくれた。


「さて、皆、本当にありがとう。大変ではあったけど、これだけの人間が救われた事は喜ばしい事だと思う」


 静けさを取り戻した食堂でワインのグラスを掲げ、皆にお礼を伝える。


「困った時はお互い様だしね。良かったじゃん」


 フィアが明るく言うと、皆が微笑む。


「ジェシカだったか……。明るく笑えるようになったな」


 一番心配していたドルがその頬を緩ませ、そっと呟く。その手をロッサが静かに握ると、こくりと頷きを返す。


「何日かはうなされて御座ったが、日を追う毎に良くはなって御座るな。このまま経過を観察するつもりで御座る」


 リナがチャットを見つめながら言う。


「うん、仕事を覚えたいって言っているし、侍女のアンジェに預けるつもりだよ。飼育員はこれから必要だろうしね」


 そう伝えると、皆が微笑ましいものを見る表情を浮かべる。


「他の子供達はどうしますか? いつまでも領主館と言う訳にはいかないでしょう」


 ロットの言葉にカビアが口を開く。


「元々学校の構想に宿舎があります。今後の孤児への援助を見越して試験対象として遇して見ようと考えています」


「生活費はどうするのよ。働かせるつもりなの?」


 カビアの言葉に、ティアナが被せる。


「うーん。奨学金制度という物を立ち上げようと考えている。無利子での貸し出しで就業後に少しずつ返してもらう。公的機関で何年以上勤めた場合は、返済義務は無くなり、払った分も返ってくる。その辺りかな」


 その辺りの議論を進めて部屋に戻る。今夜は、アーシーネも素直にアスト達の部屋に向かってくれた。ちょっと寂しかったらしい。


「お疲れ様」


 リズが、食事を終えたタロとヒメを撫でながら声をかけてくれる。


「あまり背負わなくて良いと思うよ。助けたけど、これからの人生は子供達本人のものだもの。ヒロが一人で背負うものじゃない。もう少しだけ手助けしたら、後は任せれば良いよ」


 慈愛に満ちた瞳に吸い込まれそうになりながら、こくっと頷く。


「分かった。まぁ、制度作りからかな……」


 そう告げながら、そっとリズに近づく。


「出来れば、今は子作りの練習がしたいかも」


 韻を踏んでみたが、リズは目を開いた後に、くすくすと笑っただけだった。

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