第714話 指揮個体の季節と『リザティア』への帰還
「こいつだ」
八月二十二日は曇り。ノーウェの館で目を覚ました私達は、準備と食事が出来たら宿にトトルを迎えに行って、そのまま兵舎の牢獄に向かう。独房に入っている人間の名前を明かさずにトトルに確認してもらうと、一人の男の独房の前で止まる。
「こいつが、僕達を……」
それ以上は噛み締めた口の中から、吐く荒い吐息にしかならなかった。私はトトルを抱き寄せて、ゆっくりと背中を叩く。ノーウェを向くと、こくりと頷きが返る。
「リズ、テスラと一緒にトトルを連れて、宿に迎えに行ってもらえるかな。領主館前で待ち合わせをしよう」
「うん、分かった。荷物はお願いね」
リズ達が出ていったのを確認し、ノーウェが口を開く。
「他の仲間からこいつだって話になっていたんだけど、黙秘を続けていたのでね。助かったよ」
ノーウェの話では、捕えてからは一切口を開かなかったらしい。
「どうしますか? 必要であれば対処しますが」
ジェシカの件もある。正直、容赦をする気は無い。
「いや、うちも人材を集めたら可能だから。まぁ、何にせよ情報をもらえたのも助かった。処理を粛々と進める事にするよ」
昨日の内にトトル達から聞き出した情報はノーウェに渡している。後は戸籍情報と照合して、諸々の対応が済めば処刑だろう。
「今は『リザティア』に戻るのを優先してくれれば良いよ。君の場合、地元にいてくれる方が利益になるからね」
ノーウェがなんとも言えない表情で言ってくれるので、そのまま一緒に兵舎を出て、領主館でリズ達と合流となった。トルカ村まで向かう道中、タロとヒメを試験的にもう一台の馬車に乗せてみたが、子供達からも好評なようで構われて嬉しいのか、二匹とも休憩の度にはふはふと喜びを報告に来ていた。
『まま、おおいの!!』
『みっしゅう!!ぬくぬく!!』
そんな感じで、二十二日の夕刻にはトルカに辿り着き、宿に宿泊する。義兄夫婦には王都で買ったお土産を持参して、近況を聞く。そろそろこの地に降り立って一年が経過しそうだが、どうも数を調整されたダイアウルフがゴブリンを狩るので、そこまで増えていないのがノーウェの調査で分かったらしい。このままいけば、毎年発生していたゴブリンの氾濫も発生しないかもという話になってきた。もし、発生する気配を感じれば連絡をもらえるそうなので、『リザティア』の兵の訓練の為参加しても良いかなとは思う。あの頃は予算を行使する権限も無かった身だけど、今なら潤沢な予算で兵を動かせる。指揮個体を倒せる人材はちょっと育てないと駄目だろうけど。そんな感じでトルカを楽しみ、二十六日には『リザティア』に到着となった。
「うわぁ……綺麗な町……」
一旦領主館までと思って、子供達の乗っている馬車に乗り込んで、町を走っていると、子供達の口から感嘆の声が漏れる。
「王都より綺麗……。それに臭くない……」
ジェシカも目を煌めかせながら窓から外を眺めている。チャットとリナと一緒に過ごすようになってから、従来の姿なのだろう。天真爛漫な明るさが少しずつ戻ってきている。あの無気力な生きているかも分からない様子を見た身としては感無量だ。
「君達にはこの町で住んでもらう事になるよ。住む場所の調整が終わるまでは、領主館に滞在してもらうしか無いかな」
そんな話をしていると、五稜郭が見えてくる。
「あの丘の上の屋敷? うわぁ、あんなところに住めるんだ!!」
子供達の歓声に包まれながら、門を抜けて館のロータリーに入る。
「さぁ、ようこそ『リザティア』へ」
そう告げながら、馬車から子供達が降りるのを手伝う事にした。




