第709話 食事の準備
暴力的な虐待などは無かったか他の子供達に聞いていると、がらりと浴室のドアが開かれへにゃっと毛が寝たリナと若干おどおどしているものの生気が戻った女の子が出てきた。
「警戒されている?」
「いえ、元々の性格だそうです。正気は戻りました。後は継続的に見る必要があります。詳しくは後程」
リナがそう言いながら、女の子の手を引いて、奥の寝室に向かう。髪の毛を乾かすようだ。私はロットを呼んで他の子供達のお風呂をお願いする。もう一軒の方に戻ると、薪の焼ける匂いと微かに出汁の香りが混ざって、昔の田舎の家を思い出す香りになっていた。
「ごはんの準備はどんな感じかな?」
「粥はもう少しで完成するかな。持ってきた干物が水分を吸っちゃいそうだから食べようかって話になっているよ」
リズが食材の前で悩みながら答えてくれる。
「元々そこまで量を持ってきている訳でも無いし、先に使っちゃおうか。塩漬けの野菜と一緒に食べちゃおう」
「リーダー、水の追加をお願い出来るかしら。野菜を食べるなら、塩抜きの水が足りないわ」
ティアナが、急造したカメもどきを指さしながら言うので、追加で水を生む。
「子供達はどうですか?」
「今、男の子達がお風呂に入ったところ。体を冷やしているから、もしかしたら明日から風邪の子が出るかも」
ロッサに返事をすると、安心半分心配半分という表情になる。
「神術で治すしかないですかね。移動を考えると早めに動いた方がええでしょうから」
チャットの言葉に頷きで返す。治る病気はなるべく体の防衛機能に任せたいが、捕まったであろう相手の処刑の日程を考えるとそんなに余裕があるとは考えにくい。元々どこに戸籍を残しているかによるが、ノーウェの事だから移動しながら先方と調整している可能性は高いし、雨の中でも強行軍で移動しているだろうと考えられる。
「元凶はノーウェ様が捕らえているはずだから、結果が出るまでにノーウェティスカまでは到着したいかな」
「じゃあ、明日は朝一番で出るんだな。夜番はどうする?」
「両方の小屋、馬車の方。三人で前番、後番かな。雨が止んだら、一人ずつでも良いけど。今の状況だと、音が通らないから番をするしかないよ」
「馬車は二台あるが」
「テスラ達を一台の馬車に集めて、荷物が載っている方で番で」
「ふむ。後で伝えておこう」
ドルがそう言うと、そっとロッサの方に移動して軽く頭をぽんぽんと撫でる。どうしてもドルには『警戒』が生えない。重装を脱いだとしても、強靭な肉体が危険を危険と思わない認識が意識の底にあるらしく、かなり頑張ってみたがどうしても駄目だった。夜番が出来ないというのは若干コンプレックスになっているらしく、その分を他の人間、特にロッサに任せてしまっているのが不甲斐ないらしい。出来る事で貢献してくれたら良いから、誰も気にしていないのだが、得てして人間なんてそんな思考に惑わされるものなのだろう。
「かなり食事は絞られていたみたいだから、絶対にお腹いっぱいは食べささない事。胃が驚いて、まず下痢になると思う。あぁ……トイレ作るの忘れていた……。うーん……。もう後片付けしないでも良いよね……」
そう言うと、指示を出しているはずなのに、笑いが響く。
「リーダー、家だけで十分なのに、トイレとか。もう、超笑う」
フィアがけらけら笑いながら言う。
「テントと一緒だよね? 固めていない地面を掘れば良いよ」
「でも、雨が降っているよ?」
リズの言葉に私が反論すると、皆が首を振る。どうも日本人的感覚はやり過ぎなようだ。そんな感じで会話をしていると、部屋全体に優しい美味しそうな香りが広がり始める。忙しなく動いていて忘れていたが、空腹気味のお腹で胃が動き始める。
「さて、子供達が出てきたら食事にしようか」
そう告げると、皆が嬉しそうに頷く。さて、テーブルや椅子、それに皿なんかも作らないと駄目かなと、頭の中でイメージを組む事にした。




