第708話 トトルの告白
「家……だよね」
「家じゃん」
「家ですね」
「家やないですか」
「家よね」
「家だな」
「家です」
仲間がぽけーっと口を開けて、空き地に出来た家もどきを見ている。
「風で飛んでいくかもしれない家もどきだよ。取り敢えず、こっちが炊事用の棟。向こうはお風呂用。荷物運び込もうか」
そう告げて、がらりと扉を開き、中に入る。煙突の下に薪と鍋釣りを置き、バーベキュー用のコンロを設置する。
「煙は上に抜けるようにしたけど、換気は気を付けて。窓の外にも屋根は付けているけど、吹き降りが激しいから、軽く開ける程度で良いよ」
そんな説明をしながら、奥の寝室に予備の毛布を並べる。お風呂の後、こちらの家で食事をした後はそのまま子供達を寝かそうと思っているからだ。用意をしていると、家の外にガヤガヤとした声が聞こえ始める。
「ん。子供達が来たかな。鍋の用意は終わった?」
私が問うと、ティアナが頷く。
「子供達は食べていないようなのよね? 粥辺りから始める方が良いわね」
「うん。私達もそれに軽く焼き物くらいで良いかな。水、生んでおくね」
鍋に水を生んで、外に出る。子供達は真新しい家を見て、目を丸くしているのが分かる。
「家……で御座るな」
「もう面倒くさかったからね。さぁ、体が冷えたままだと食べても風邪を引いちゃう。先にお風呂に入らないと。向こうの家に向かって。一番は、リナとさっきの子。ロット、ローット、後で子供達のお風呂、手伝ってあげてー」
「はーい」
そんなやり取りをした後に、もう一軒の方に子供達を案内する。雨でびしょびしょであったが、屋根のある場所に入って安心したのか、子供達がへたり込む。私は、替えの下着含めて、リナに荷物を渡す。
「リズがまとめてくれたから、大丈夫だと思う。じゃあ、お湯入れるから、ゆっくりして。くれぐれも頼む」
「大丈夫です」
リナが軽く微笑むと、そっと少女を引いて、浴室に入る。私は、座り込んだ子供達にコップを作って、白湯を配る。夏の最中とは言え、雨を浴びた状態でいれば体も冷えるだろう。紫色をした唇の子供達が、ほうと息を吐きながら白湯を口にする。
「トトル、良いかな?」
雰囲気が緩んだところで、寝室に上がる段差のところで腰掛けていたトトルの横に座り、声をかけてみる。こくっと小さく頷いたトトルの頭を軽く撫で、そっと白湯を足す。
「今、食事の準備を進めているから。体を温めてから、食事を取って、ゆっくり寝れば良い。保護すると決めたからには悪いようにはしない」
「あの……ありがとうございます……」
やっと感謝の言葉が出る程度には落ち着いてくれたか。
「この間に出来れば、状況が知りたい。何があったのか教えてくれないかな?」
そう水を向けてみると、トトルがぽつぽつとこれまでの事を話し出した。この集団に関しては、南西の保守派の村の孤児院の子供達のようだ。ある日、訪れた商家を名乗る人間が商売に人手が必要だと言う事で、皆の身許を引き受けたらしい。
「会った時から変な感じだった」
商家というには荒い雰囲気にトトルは初めから不信感を抱いていたらしい。ただ、孤児院で過ごしていても先は無いし、食い扶持が減ると言う事で年長の者から追い出されたそうだ。始めは比較的まともに対応していた商家の人間も徐々に本性を現して、荒い対応になっていったらしい。食事は最低限、馬車には乗せず徒歩で王都まで移動したという話だ。
「それで、王都の商売が上手くいかなかったようで、そこから凄くおかしくなった」
王都の商売が上手くいかなかった商家の人間はスラムの方で人を集めて、東の方に移動し始めたようだ。どうも、東側で金の動きが活発だというのを聞きつけたらしい。この頃から、子供達への暴力や食糧配給が遅延し始めたのだと言う。
「夜は夜で、ジェシカを苛めているみたいで……。どうしたら良いか、分からなかった」
苛めているというのは……まぁ、暴行か。まだ、その辺りの情報は疎いのだろう。孤児という境遇もあったなら余計だ。そして、この地に着いた時に、全員が縛られて一カ所に集められたらしい。
「何か仕事をすると言って、大人達が木を切って、何かしてた」
スラムの人間を使って盗賊の真似事……だろうな。時期的に通りかかったのはノーウェだろう。完全武装の騎兵相手に素人がどうにか出来る物でも無かろう。不思議なのはこの子供達が回収されていない事なのだが……。急いでいたのなら、残党は無視する可能性はあるか。向こうも『警戒』持ちはいるはずだ。余計な事をするよりは自滅を狙ったのかもしれない。
「何とか紐を切ったけど、どうしたら良いか分からなくて……。残っていた丸太を置いていたら、馬車が停まってくれるかもって思って……」
そこからは私達の登場以後の話になると……。うーん、緊急避難の要素が多すぎて、怒るに怒れないか。
「事情は分かった。ただ、道に丸太はやり過ぎだよ。気付かずに踏んでいたら、下手したら死人が出る。皆で並んで声をかけるだけでも止まってくれたはずだ。どうしてこんな暴力的な対応になったのかな?」
「商家の人間がそういう計画を立てていたから……」
がぁぁ……。何も知らない子供が何かを成すなら先人に習うしかない……か。はぁぁ、面倒くさい。
「分かった。ただ、発生していなかったとしても妨害行為は罪として罰せられる。その覚悟はあるかな?」
「こいつらのリーダーは僕だ。全部、僕が悪い」
トトルの真摯な瞳に嘘も偽りも感じない。ただ、純粋な色だけがそこにある。
「分かった。情状酌量の余地もあるし、不問に出来るよう努力する。辛いのに長い話をありがとう」
私がそう告げると、力尽きたのか、トトルがへたり込む。一日遅れにはなるけど、処刑までは時間がかかるはずだ。ノーウェティスカまで連れて行って、向こうの言い分を聞いた上で、最終判断かな。そう思いながら、リナたちの長めのお風呂を待つ事にした。




